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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕は俺になる

作者: Nicola Neely

 地毛が明るくてどうしても茶色に見えてしまう僕は、高校に入ってから髪を黒く染めた。

 そんな僕を見た君が驚いて理由を聞いたことも、染めた染めていないと先生たちと問答するのが面倒だからと答えたことも、僕はよく覚えている。

 だけど、本当は違う。そんな理由じゃない。

 君と同じ髪色に、カラスのように黒い色に、ただ染まりたかっただけなんだ。



「陽太、なんだか雰囲気かわったね」

 僕にそういったのは中学校での友達の一人だった。

 今日集まっている友達たちは中学の頃仲が良かったメンバーだ。その中で僕と同じ高校に進学したのは一人だけだ。

「そう?」

「うん。高校デビューっていうかさあ」

 友達が見ているのは僕の黒くなった髪の毛だ。デビューってほど派手な変化じゃない。

「俺、高校デビューするようなキャラじゃないだろ」

 どちらかと言うと大人しいと評されることの多い僕だ。その評価通りの中学生活を送っていた僕のことは、この同中の友達たちが一番知っている。

「あ、それ。ほら、俺、だって。今までそんな風じゃなかったもん。イメージ違うなあ」

「成長したんだよ、精神的に」

 僕がカラカラと笑っていると「誰が成長したって?」と言いながら肩に腕を回してきたやつがいた。

「佑月」

「陽太が成長したんなら、俺もだな。若干背が伸びた気がしない? な?」

 佑月。

 背が高い僕の肩に腕を回すものだから、背伸びの状態になっている。佑月は爪先でバランスをとったまま肩に回した手で僕の髪をかき混ぜた。

「佑月こそ変わんないでしょー」

「成長したんだよ、主に背が」

 佑月がカラカラと笑って、僕から離れた。そして先程まで僕の髪を触っていた手で、自身の毛先を摘む。

「陽太が黒に染めたし、俺は茶髪にしようかな」

「何言ってんだよ。僕が染めた理由知ってるくせに」

 二人そろって笑う。

 僕が髪を黒くしたあの日、佑月が言ったことを僕ははっきりと覚えている。

『そんな面倒で気にしてたんなら、俺が陽太とおんなじ色に染めたのに。俺はお前の髪の色、好きだな』

 あの日も佑月は僕の髪をぐしゃぐしゃにしたんだ。『おんなじ色なら、陽太も地毛だってもっと強く言い張れるだろ』と言って笑いながら。

 僕と佑月は違う。

 佑月は僕よりも背が低いし、髪は真っ黒で癖っ毛。クラスの中心にいて、いろんな人に囲まれて大声で笑っているようなやつだ。だけど、そんな佑月と血を分けて生まれた僕は、ひょろ長くて、茶髪で、黙って笑っているようなやつだった。

『双子の兄だって、おんなじ茶髪で地毛ですって。な?』

 二卵性双生児。それが僕と佑月の関係だ。友人でも、それ以上でも以下でもない。

 そんな似ていない双子の佑月は、僕の隣で摘んだ毛先を揺らしていた。

「じゃあ大学入ったら染めようかな。茶髪も似合うと思うだけど」

 僕も同じ動作を真似る。

「じゃあ俺は茶髪に戻そうかな」

 そして、顔を見合わせてお互いニッと歯を見せて笑った。

 そんな僕たちを見ていた友達が首を傾げる。

「佑月と陽太って、そんなに似てたっけ?」

 不思議そうな音を含んだそれに先に反応したのは佑月だった。

「ええ? どう見ても似てないでしょ」

 佑月がそう答えると、僕の心臓はぎゅっと縮こまる。だけど、僕は佑月の隣で同意するように頷いた。

「いや、見た目はそんなにだけどさあ、中身っていうの?」

 友達が僕の腕を指で押した。

「陽太、やっぱり高校入ってキャラ変わったよ」

「そう? 高校でつるむやつらが変わっただけだろ」

 僕の言葉に、佑月が隣で頷く。

「そうそう。陽太と俺でクラス別だし、遊び相手違うとなんか違うよな」

「そんなもんなの?」

 訝しげな友達が苦笑する。

「なんか、前より双子っぽくなったよね」

「なにそれ。元から双子だろ。な、陽太」

「うん。双子以外になったつもりはないよ」

 友達は「そういうことじゃなくってえ」とまた最初に戻りそうになった会話を、強引に別の方向へ持っていった。

 誰それが変わっただの、誰これが相変わらずだのという話に僕と佑月がケラケラと笑っているうちに、今日集合する予定のメンバーが揃ったらしい。立ち続けていた駐輪場から、ファミレスの扉へ移動する。大きなテーブルを二つ占領する団体だ。

 自然と男子と女子でテーブルが別れ、僕は佑月の隣に並んで座った。

 我先にとみんながメニューを覗き込んで騒いでいるのを、僕と佑月は頬杖をついてそれを眺める。

「お前らなににすんの」

 向かい側に居る三人のうち、真ん中の友達が顔を上げた。

 その質問に佑月が口が開く。それを僕は視線の端でしっかりと見ていた。タイミングを合わせる。

「チーズハンバーグ、Bセット」

 ぴたりと揃った僕と佑月の声に、目の前の三人が豆鉄砲を食らったような顔になった。佑月ですら僕を見て二度も瞬きをした。

 僕だけが冷静で「びっくりした。ぴったりかぶったな」と、ニッと笑った。

 僕と佑月は違う。

 だから、僕は君になる。



 僕はおかしい。

 そう気づいたのは中学二年の夏だった。

 君がクラスメイトの女子と付き合い始めて、僕にこっそりとこう言ったあの夏だ。

『あいつ、結構スタイルいいのな』

 君の視線はプールサイドにいる彼女に向いていた。

 僕はあの時になんと返事をしたのか覚えていない。適当に当たり障りのないことを言ったような気がする。そうだね、とか。あんまり見ちゃ恥ずかしいよ、とか。

 あの時僕の胸に湧いたのは、美人な女子の水着姿に対するドキドキでも、彼女という存在を先越されたモヤモヤでもなかった。年頃の男子の誰もに湧くような、そういった類のものではなかったんだ。

 君は僕とともに生まれ、僕と共に生きてきた。

 だから、君は僕とともに死ぬのだとさえ思っていたくらいだ。あの時までは。

 それが叶わないのだと、そう思っているのは僕だけだと。そう気づいてしまった僕は、どうしようもない殺すことも埋めることも出来ない、湧き出てくるそれに溺れる寸前だった。

 だから、僕は。

 叶わないなら、君と一緒になってしまえばいい。そう思ったんだ。



「陽太ってチーズ嫌いじゃなかったっけ」

 帰り道、佑月が僕の隣で呟いた。

「この間、友達と帰りにピザ分けて食べてさ。そしたら案外美味かったんだ」

 嘘だ。

「ふうん。あとさ、パセリっていつも食ってなかったっけ」

 ファミレスを去る時、最後まで二人の皿に残っていたのは緑色のそれだ。

「最近はあんまり」

 嘘だ。

 佑月が僕の方を見て、すぐにまた前へ顔を戻す。

「ふうん。逆に俺はパセリ食えるようになってたりしないかな」

 佑月がニッと笑って僕の肩に腕を回した。佑月が背伸びをして、僕が少し背を曲げる。

「無理して食べなくてもいいだろ」

 僕が目を細めてはにかむと、佑月は僕から離れて人差し指で僕の頬を押した。

「いつも一緒だから気付かなかったのかもしれないんだけど」

 人差し指の方向を見ると、ニッと笑った佑月がそこにいた。

「本当に陽太、ちょっと変わったな。そういう顔の方が確かに陽太らしいのに」

 ぐりぐりと頬を押してくる佑月の手をどける。

「佑月、やめて。痛いって」

「――な、好きなやつでもいるの? そいつのタイプに合わせてたり?」

 手を引いた佑月がニヤニヤと笑っていた。僕はニッと笑い返す。

「好きな人はいるけど、タイプかどうかは分かんないな」

 さらっと僕が言うと、佑月の瞼が僅かに上へあがった。今の僕の答えで、何がそんなに引っかかるものがあったのかは分からない。

「好きな人、いるんだ?」

 佑月の声のトーンが変わったけれど、僕は普段通りを維持する。

「俺だって男子高生だよ。青春真っ只中」

 佑月。君は今、何を考えてるの。

「なに、そんなに驚いてさ。俺に好きな人がいるってそんなに意外だった? 佑月だって彼女いるじゃん」

 何人目か分からない彼女がいる佑月。

 対して僕は誰とも付き合ったことがないし、こんな好きな人の話だってしたことがない。

「陽太もそういうの、あるんだ」

 僕に遅れて、佑月も普段通りのトーンに戻ってきた。妙なトーンの高低差に、腕に鳥肌がたつ。

「そういうのって?」

「恋バナ。陽太が好きな人がいるって言ったの、初めてだし」

 佑月がいつもどおりの表情で笑っている。いつもどおり、僕の右側を歩いている。頭の後ろで手を組んだかれは「へえ、ふうん」と何に納得しているのか何度も頷いていた。

「なあ、誰? 同級生? 陽太のクラス?」

「同級生。だけど俺のクラスじゃない」

「誰のクラス?」

 君のクラスだよ、と答えるか答えまいか。少し、迷う。

 僕はニッと笑って佑月の頬を人差し指で押した。

 結論。

「内緒」

 両手をすぐにポケットに突っ込んだ。柔らかい感触が残る人差し指の先を親指でこする。

 佑月は家に帰るまで、僕の珍しい話題に興味津々だった。だけど僕はそれをのらりくらりとかわし続けた。

 結局家の真ん前まで同じ話題で佑月は僕に絡んでいた。僕が家の鍵をカバンから探している隣で佑月が唇をとがらせる。

「言わないって決めたら絶対言わないよな、陽太って。ほんと、そういうところ頑固」

「佑月みたいに口が軽くないんだ」

「なにそれ。軽くないし」

「軽いだろ」

 親がまだ帰ってきていない家の鍵をカラカラと笑いながら開ける。玄関は暗くて冷たい。

「はー、それにしても気付かなかったのが不思議だな」

 佑月が靴を揃えずに脱いだ。僕はその隣で揃えて脱ぐ。癖で、佑月の靴を並べ直す。

「何が?」

「陽太が変わった変わったってみんな言ってただろ」

 スリッパの存在を無視した佑月が二階へ上がっていく。僕も靴下のまま階段へ続いた。

 足裏が冷たい。

「佑月だって友達が変わったからだって言ってたじゃん。そういうことだろ」

「うん、俺もそう思ってた。クラスも別だし、陽太が友達と何してるかなんて知らないし。俺がいなかったらクラスの中心で笑ってんのかなって」

 佑月が一番上の段で立ち止まった。

「本当は好きな人が出来たから、変わったんだろ?」

 佑月が僕を見下ろしていた。三段下から佑月を見上げる。

「それがどうかした?」

 否定はしない。きっと佑月が思っている変化と、僕が思っている変化は違うけれど。。

「でも、その子がどんなタイプが好きかは知らないんだろ」

「うん」

 佑月が付き合う女子は、見事にタイプがバラバラだ。明るくさっぱりした素朴な子と付き合いだしたかと思えば、次はケバいくらい派手な化粧をした豪快な子だったり。

 そんな女子の中にも共通点はあるのかもしれないけれど、生憎僕には分からない。どういうつもりで女子を選んでいるかも知らない。

「それって、なんかおかしくない?」

 うん、僕はおかしい。

 そう吐き出したい言葉を心臓の奥へぎゅっと詰める。

「わからないなら、陽太は陽太のままでいいだろ。なんで、変わろうとしてるんだよ」

 短い髪をガサガサとかき混ぜ佑月は、僕を指差した。

「たとえお前が好きな子でもさ、そのまんまのお前を好きにならない子なんて俺は嫌だな」

 冗談が混ざった声だった。だけど、僕の目はまんまるに見開いていた。

「なにそれ」

 目が乾いて、二度、瞬きをする。

「なにそれ。自分は好き勝手に付き合ってるくせに」

 ぴくりと左の口角が引きつったのを感じた。僕の癖だ。治そうとしているのに、治らない癖。

 こんな癖、佑月にはないのに。

「あ、いや」

 佑月が指をふにゃふにゃと力なく曲げて腕を下ろしたのをみて後悔した。言わなければよかったって。

「ごめん、そういうつもりじゃ」

 そんなことを思ったのに、僕の引きつった口からは言葉がこぼれていた。

「僕がどんな気持ちで好きかも知らないくせに」

 どうしようもないから、こうなってしまったのに。

 零して落とした言葉をなかったことにするように、踏み潰すように、階段を一段あがった。そして、眉尻を下げて苦笑する。

「ごめん。俺、佑月みたいに告白する勇気なんてなくてさ。……佑月に当たったって仕方ないのにな」

「……告白、したらいいだろ」

 もう一段あがる。佑月の高さが近くなる。

「しないよ。勇気ないって言っただろ」

 佑月は何か気に入らない顔をしていた。

 君は、何を考えてるの。

「それに、俺、好きな人に振り向いてほしくて、変わろうとしているわけじゃないんだ」

 僕が君になったら、考えていることまで分かるんだろうか。

「こうやって、自分が満足しているだけ。俺は佑月と違って臆病だから」

 階段の終わりで並ぶ。佑月は階段側を、僕は廊下側を見ていた。

 隣に並んでいても、見ている方向は正反対だ。

 僕はずっと同じ方向を並んで向いていられると思っていた。だけど、それが叶わないことに気づいている。

「佑月は」

「……なに」

「俺は変わらないほうがいいと思う?」

 そんな問に、佑月は即答した。

「無理して変わる必要なんてない」

 僕が横を向くと、真面目な顔をした佑月を僕を見ていた。

 僕をまっすぐに見上げるその瞳には僕が映っていた。その僕は、目を細めて、微笑して、小首を傾げた。

「佑月は、変わらない僕が好き?」

 そして、もう心臓には収まりきらない涙を吐いた。

「好きだ」

 そんな他愛無い佑月の言葉が辛かった。だから、僕は真剣な佑月にあかんべえをしてやった。

「ありがと。でも、僕が変わっても佑月には関係ないだろ」

 佑月から逃げるように、僕は廊下を進んだ。自室の扉に手を伸ばす。

「変わっても、変わらなくても、陽太は陽太だろ!」

 そんな言葉、聞きたくない。

 だから、そんな言葉は、扉の外に追い出した。



 僕は変わりたいわけじゃない。

 僕は君になりたいんだ。誰のためでもない、僕のために。

 僕は君になって、偽物の僕の君でこのスカスカになった心臓を埋めたいんだ。

 君と一緒になったら、君の心も僕の中につくれるような気がして。

 この心臓から湧き出る思いに栓が出来るんじゃないかって。



 だけど、それが叶わないことを、僕は知ってるんだ。




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