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前編3

前編はこれで終わりです。

次回、中編です。

 雨の中進むのは、思ったよりも大変だった。

 けれど、大戦時代は必要ならば嵐だろうと、台風だろうと、それこそ雷が鳴り響き、豪雨やら猛吹雪の時も進んだ。


 果竪のサバイバル技術レベルは、実はかなり高かった。


「防水靴は基本です」

「うん」

「雨合羽も、防水加工はよりしっかりと行われているのが望ましいです」

「うん」


 山の中で野宿--なんて経験も結構あった。

 はっきりいって、果竪は一神放り出されても普通に生きていけるぐらいには、生きる力を持っている。


 玉環の靴もしっかりと防水靴にした果竪は、雨の中をひたすら突き進んでいく。

 この雨の中だと、馬を走らせるのも大変だろう。


 まだ明け切っていない空は薄暗く、けれどそれは同時に安心感も果竪達に与えた。


 ひたすら、土の道をテクテクと歩く。

 ここら辺はまだ道の整備が整っていないらしく、ぬかるんだ道が歩きにくい。


 町や村を繋ぐ交通網も、馬車で繋がっている所とそうでない所があり、馬車がなければ自分で馬を用意して走るか、歩きしかない。


「ここから十㎞ほど離れた所に小さな村があります」

「うん」

「そこから更に少し進んだ所から、峠道に入ります。ここを歩いて抜けるのには、二日はかかりますね」

「ふ、二日もっ?!」

「登山道を通りますからね。馬車とかそういうのが走れない道ですから」

「そ、そんな道があるの?」


 玉環が進んできたのは、当然ながら馬車が大量に通れる道だった。


「あるみたいです」


 実は、果竪は王都でも地図を仕入れていた。

 それは、王都近辺の登山マップだった。


 正規の道だけではすぐに見つかるかもしれないと、予め用意していたのである。


「ってか、登山って、あの登山よね?」

「あの登山です。それ以外にも知りません」

「で、でも、遭難とか大丈夫なの? 低い山でもあるって聞いたけど」


 玉環姫の心配に、果竪はう~んと考えた。



 大戦時代の経験しか無いが。


 果竪は山に登った経験がある。

 大戦時代、山道を進軍する事があったからだ。

 そして、途中で野宿した事もある。

 季節は、春夏秋冬と関係無かった。


 それとは別に。


 果竪は、一神で山に登った経験がある。

 季節は春夏秋冬と関係なく。

 一神での野宿なんて、いつもの事だった。

 敵に追いかけ回されて、山で追いかけっこ、かくれんぼもした。

 野生動物に追いかけ回された事もあった。


 山の中で食料を確保して、寝床を探した事もあった。


 霧に撒かれて、生死の境をさまよった事もあった。

 夜の山を彷徨った事もあった。


 冬山登山だってした事もあった。



 とりあえず、何が言いたいかと言うと。



 果竪は登山の経験が結構ある。

 経験値は高く、そしてそれに伴う知識も高かった。


 なぜなら、果竪は山に登る度にそれに関する知識を本やら神やらから学んだ。また、軍の山道進軍でガイドがいる時には、色々と聞いたりもした。

 幸いな事に、そういう相手や同伴者と共に山に残されて動き回る時に、色々と聞いたりもした。


 だから、果竪は登山技術レベルは実は結構高い。


 あと、果竪は方向感覚にとても優れていた。それは、幼い頃から野山を駆けまわって遊んでいたせいもあるだろう。

 そう--毎日の様に、遊んでいた。

 畑仕事や家の仕事が無い時は、ずっと、ずっと。


『果竪、ほら』


 父と母が笑っている。



『覚えて置いてね、私達の愛しい娘』



 思えば、不思議な村だった。

 田舎の小さな村。

 合計百名居るか居ないかの。

 村神達は気さくで、陸の孤島の様な場所だったけれど、閉鎖的な所も無かった。

 行商神の他には、時々迷い込んでくる他神や--萩波やその母親の様な者達も居た。どこからから、逃げてきた者達。


 村は、彼らを匿った。

 住まいを与え、食料を分けて、そしてここに留まるかそれとも出て行くかを本神に選択させた。


 留まるなら、村で生活する術を教え。

 出て行くなら、当分の食料を渡して送り出す。


『またおいで』


 そう言って、感謝する相手を送り出す。


『協力すれば何とかなるさ』


 そう言って、留まる者達には畑の一部を貸して共に耕した。


 普通、そこまでするだろうか。


『自分がして欲しい事をしなさい。自分がして欲しくない事はしてはならない』


 村長の言葉。


『忘れないで。例え、姿形がどうであろうと、助けを求めてきた者には変わりないの』

『常に、考えるんだぞ。自分の事、相手の事をな』

『大切なものを守れるようになりなさいな』

『犠牲は必要かもしれない。けれど--』


 父が笑う。母が笑う。


 皆が。


『その犠牲を、出す事なく事を収める事を常に考えなさい』


『全ての事の裏で生まれ泣いている者の事を、常に考えなさい』


『考える事を止めてはいけない』



 幸せになりなさい--



「果桜っ」

「え?」


 玉環にぐいっと腕を引っ張られ、果竪はハッと顔を上げた。見れば、玉環が心配そうな顔をしているのが見えた。


「ど、どうしたの? いきなり黙っちゃって」

「……いや、何も」


 果竪は小さな声で答えた。


「小さい頃の事を思い出していたの」



 思えば、恐ろしく美しい--傾国の美姫すら裸足で逃げ出す様な美貌の萩波とその母親が村はずれまで逃げてきて、そのまま村に保護された時もそうだ。

 普通なら、そんな美しい相手なんて厄介物扱いされるか、悪い所だと奴隷商神に売り飛ばされたりする。


 けれど、村は彼らを保護し、村で生きる術を教えた。

 白魚の様な滑らかな手をしていた萩波とその母に畑仕事を教え、家事仕事も教え--普通なら有り得ない。どう見たって、やんごとなき高貴な存在にしか見えなかったと言うのに。


 でも、村の者達は優しかった。

 最初は、萩波以外の家族を失い泣いていた萩波の母も次第に笑顔を見せるようになった。村の女達は多くの家族を失った萩波の母に同情的だったし、どこか男に怯える萩波の母に村の男性達は極力近づかないようにしていた。


 果竪の母は最も長く側に寄り添っていた。


『大丈夫、大丈夫よ。もう、ここには何も恐いものは居ないわ。それに、貴方には息子さんがいるわ。苦しくても、どうかあの子の為に生きて。あの子には、貴方しか居ないの。だから、悲しい事、苦しい事は私達が受け止めるから』


 萩波の母は、果竪の母に一番懐いていた。


『果竪ちゃん、果竪ちゃん』


 そのせいか、萩波の母は果竪をとても可愛がってくれた。もしかしたら、失ったという娘を果竪に重ねていたのかもしれない。


 とても美しい神だった。

 とても綺麗な神だった。


 彼女が亡くなった時、萩波は本当に悲しんでいた。

 泣いていた。

 そう……彼は泣いていた。


 そんな彼を、村は優しく包み込んだ。


『あの子は……一神でも生きていけるかしら……』


 萩波の母を見舞おうとした果竪は、萩波の母と自分の母の話し声に気付いて足を止めた。物陰から、聞いていた。


『大丈夫--私達が鍛えてるもの』


 そう言った母に、萩波の母は嬉しそうに微笑んでいた。



 それから……ああ、そうだ。

 それから、更に多くなった。


『今日は山登りだ!』

『ほら、食料集め、しないと今日の夕飯抜きだぞっ』

『衣類を縫うのはね』

『燃料造りはな』

『この道具はこうやって作るんだぞ』



 そう……沢山教えてくれた。

 まるで、一神でも生きていけるように。


 村の子ども達は、等しく教えられた。



 そして、それを利用して生き延びたのは--二神。



 村が滅ぶよりもずっと前に村を出た萩波と。

 村が滅び、萩波に保護された果竪。



 といっても、果竪は覚えが悪いから、知識としてはあっても全然上手くいかなかった。

 萩波は、その知識を更に発展させて、みんなから尊敬されていた。


「果桜?」

「なんでもないよ」



 本当に、どうして同じように村で学んできたのに、こうも違うのだろうか。


 それを神は素質と言うが--分かっていても悲しいものがある。



 ただ、今の果竪は一神では無い。

 一緒に行くと決めたからには、何が何でも玉環を無事に彼女の望む場所に送り届けないと。


 それから、果竪は物思いにふけそうな自分を律し、玉環の手を引いて歩き続けた。

 防水加工のランタンにしておいて良かった。


 軍時代、戦いで役に立たなかった果竪だが、物品の整備などは手伝ってきた。だから、一応サバイバルに必要な代物の扱いは知っている。


「……玉環姫?」

「……ごめんなさい、ちょっと」


 玉環の呼吸が荒い。

 そりゃそうだ--と果竪は思った。


 果竪も箱入り生活になってからは、体力の衰えを一段と感じていた。

 それでも、農作業を行っていたから、衰えが少しは緩和されているのであって。

 けれど、玉環は閉じ込められていた方が長かったと言うし、ましてや追っ手のかかった逃亡生活を送る羽目となっている。

 慣れない逃亡劇が彼女にもたらすストレスや疲労は凄まじいものがあるだろう。


 それに、この大雨の中、辺りもまだ薄暗く、しかもぬかるんだ道を歩くなんて余計に疲れろと言っているようなものだ。


 これで喜べる相手はかなりのドMである。


「……少し休むか」


 果竪は休憩を提案した。

 それに、ぬかるんだ道を歩き続けるのもそろそろやめたかった。

 確かに大雨が上手く自分達の姿を隠してはくれるが、ぬかるんだ道を歩くという事は、そこに足跡を残しているようなものだ。


 まあ、ここら辺の交通が馬だけでなく徒歩という事もあって、足跡もそれなりにあるから、自分達の足跡が増えてもそれほど目立つ事は無いだろう。


 とはいえ、分かるものであればそれが新しいものかどうかはすぐに判断出来る。


 ただ--。


「……」


 果竪は考えた。

 出来るならば、どこかですぐに休んだ方が良い。

 そして、ぬかるんだ道以外を歩くべきだった。


 でも、ここらで休める所は地図には存在していない事も果竪は知っていた。


 そして、玉環を休ませるなら。

 果竪は思いの外消耗の激しい玉環を見つめる。


 当然だが--きちんとした場所で休ませた方が良いのは、考えるまでも無かった。


「……」

「ご、ごめん、ね」


 玉環は自分が足手まといになっている事は理解していた。ならば置いて行けと言うべきだろう。自分さえ居なければ、彼はこんなに苦労をしていない。


 けれど、玉環は果桜の手を離す事は出来なかった。彼女にとって、果桜だけが彼女の命綱も同然だったからだ。そして、酷く安心出来る。


 不思議だと思う。

 出会って間もないのに。


 本当に、どうしてなのか。


「玉環姫」

「か、果桜?」

「ちょっと失礼」


 果竪は、玉環に背負わせていた荷物を背負う。

 そして、玉環を抱き上げた。


「えっ?!」


 まるでお姫様の様に抱え上げると、そのまま歩き出した。


「ちょっ! えっ?! いや、重いから下ろしてっ」

「大丈夫ですよ--米俵より軽いです」

「こ、米っ?!」


 果竪は、大戦時代には荷物運びもしていた。

 野菜の詰まった籠、魚の詰まった籠、冷凍肉その他を運んだし、米俵をせっせと運んだりもした。だって果竪が出来る事など、そういった力仕事ぐらいだったから。


 ただ、最初は馬鹿正直に運んでいたけど、途中からは文明の利器に頼る様になったが。


 その後--王妃になってからも、大量の大根の詰まった籠は運んだし、必要とあらば荷物運びをしたりしていた。周囲からは止められたりもしたけれど、そこは断固拒否。できる限り、出来る事は続けていた。


 なもんで、果竪は同じ年代の少女からすると力はある方だった。


「というか、玉環姫はとても軽いですから大丈夫です」


 果竪はにっこりと笑った。


「で、でも」

「それに、玉環姫はとても頑張って歩いてくれましたからね。元々はこんな風に歩いた経験も殆ど無いと聞いてますから大変だったと思います。私はこういうのには慣れてますから大丈夫です。それより、玉環姫が動けなくなった方が問題ですよ」


 そう言って歩き続ける果桜に、玉環は顔を伏せた。


「……ごめんね」

「どうして謝るんですか?」

「だって、私、本当にお荷物……私が、強引に貴方を巻き込んだくせに」

「玉環姫って……意外にネガティブですね」

「ネ、ネガっ?!」

「すんごいポジティブな神だと思ったんですけど」

「わ、私だって落ち込む事ぐらい」


 玉環が顔を真っ赤にして騒ぐが、果竪は気にせず口を開いた。


「そうそう、そっちの方が玉環姫らしいですよ」

「わ、私らしいって」

「ポジティブな玉環姫。苦しい時、辛い時に笑うのは難しいですけど、でも私、そういう風に元気な玉環姫の方が見ていて安心しますし、好きですね」

「へ?」

「元気の無い玉環姫は私も悲しくなります。それに、辛いのに無理してるのもね。大丈夫、私も辛くなったらきちんと言います。言わないのは、辛くないからですよ」


 果竪は柔らかく微笑んだ。


「先はまだ長いんです。それに、私だって玉環姫に助けられる事が沢山あるかもしれませんしね」

「……」

「あと、女の子には優しく--ですから」


 それは果竪の父親、村神達の教えである。ただし、男の子に対しての教えだった。


 ただ、今の過竪は男の子である。


「……果桜って……」

「はい?」

「なんでそう……」

「玉環姫?」


 玉環が顔を真っ赤にして俯いている。

 熱も出てきたのだろうか?


 と、果竪が思ったその時だった。


「果桜みたいなのを、タラシって言うのね」

「はっ?!」


 なんか今、思い切り侮辱された?


「わ、私以外の子にもそういうのしちゃダメだからねっ」

「はい?!」

「誤解させるでしょうっ! こ、こんな、優しくて、頼もしくて……っう」


 なんか喚いているが、結局黙り込んでしまった玉環に果竪は首を傾げた。

 その後、せっせと歩いた事で峠道の前にある村に辿り着いた果竪は、その村の宿屋付き食堂で食事をとることにした。

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