プロローグ
千年に及ぶ暗黒大戦が終結してから、まだ数年。
けれど、後に水の列強十ヵ国として名を轟かせ、その地位を揺るぎないものとする国々は、建国して間もなくとも、また神材不足だろうとも、既に強国の片鱗を見せていた。いや、もう片鱗というレベルではない。
特に、十ヵ国はそれぞれ諜報活動も得意だった。
いや、むしろ得意だったからこそ、彼等は周辺の争いに巻き込まれずにすんだと言ってもよい。
暗黒大戦が終結して、全てが丸く収まったわけではない。平穏で居られたわけでも無い。暫くの間、不安定な時期は続き、その時代は『争乱期』と呼ばれる事となる。
それを、特に大きな戦いを経験する事無く--むしろ事前に防いだその力こそ、『諜報』である。
各国共に優秀だった。
むしろ優秀過ぎた。
情報収集能力の素晴らしさ。
ただ、取捨選択はまだ下手だった。
彼等は、凪国国王にまつわる一つの事件を本国へと知らせた。
その後、彼等は凪国王妃が行方不明である事を知らせた。
それを知れたのは、やはり後の水の列強十ヵ国の国々だけだった。
そして断片の情報を繋ぎ合わせる能力に長けていた。
「凪国王妃が行方不明」
「それはまさか」
彼等--各国の王達は、同時に叫んだと言う。
「後ろから凪国国王が襲いかかる無体に嫌気がさして家出したのかっ?!」
最初に、凪国国王が王妃に後ろから襲いかかって大喧嘩したという情報がそれぞれの国にもたらされていた。
その後、凪国王妃が行方不明と知らされた。
彼等はその二つの情報を繋げた。無駄な情報統合能力である。
凪国の権威が地に落ちる以前の問題だった。
とりあえず、各国に放たれていた凪国の諜報員達は、自国と自国の王の名誉の為に潜入先の諜報員と殴り合いの乱闘事件を起こしたと言う。
そして--
「私を非難するつもりですか?ならば、この中で『一度も奥方や恋神、婚約者の後ろ姿にムラムラ来なかった者、または後々絶対に来る筈も無いと誓える者』だけがこの私を非難すれば良いのです」
そんな凪国国王の台詞に、凪国国王を幼児趣味の変態ロリコン鬼畜大魔王と罵っていた他の国々の罵声はピタリと止んだ。
各国の上層部女性達の冷たい眼差しを余所に
「すまない、俺が悪かった」
妻の後ろ姿にムラムラ中の某国の王は言った。
「俺にはとてもそんな事は言えない」
妻の後ろ姿に既に襲いかかった某国の王は言った。
「貴方を責めるなんてとても」
決行五秒前まで来ている某国の王は言った。
「そうです。女に全く興味がなく、むしろ結婚も春も遠い貴方に妻が出来たなら、きっと私達にもそういう相手が出来る筈です」
現在独身者である王達にもそう言われ、凪国国王は至極満足げに頷いたと言う。
その時、果竪が居なくなってから久方ぶりの楽しそうな笑顔を浮かべていたらしいが、凪国上層部は悲しくて仕方なかったと言う。
ダメだ、この王--。
それだけ、王は疲れていたのだろう。
だって、本当ならばもっとずっと早くに見つかると思っていたから。
敵--果竪は手強かったのだ。思いの外に。
だが、それも当然。
だって彼女は、凪国の王妃なのだから。