脱出劇1
床に落ちているもので使えそうなものは死体を含めても多くはない。盗聴を恐れて、物音も立てたくない。ならばとれる行動は多くはない。太ももに何か滴っている気もするが概ね気のせいであると信じることにする。
一応これまでもケフィア料理めいたものは宮殿で出たことがある。伝統料理だ、と言われたら喰うしかないので喰った。宮殿では飯時に行進曲を奏させているが、そのゆえんは好物でも嫌いでも嫌悪感の対象であっても同様に、同じテンポで食べるためだ。おかげで見ることや飲むことには抵抗が減ったが、さすがに今回の件はそれらを超えている。不快を通り越して憎悪に至るものだ。
そんなことはさておき。幸いにして髪留めに編み込んであった線鋸は気づかれてなかったようで、しっかり止まっている。そもそも線鋸はまだ表に出ていない試作品の域を出ていないものだ。我が帝国でほぼ産出しないオリハルコンを用いあるから、量産はできまい。構造としては鉄線に細いオリハルコン線を巻きあるものである。刃物の形状になっておらぬので、隠し持っているときに肌に密着させても安全である。今持っていかれてしまっている下着の中にも縫い込んであったのだが。
髪留めを裂いて取り出す線鋸。これと指輪を結合せしめて使用状態を作りえる。これを以てすればちょっとした鉄棒は切れる。つまりは檻の閂を損壊せしめることは可なりといえよう。しかもオリハルコン線を用いたることによってほとんど力を籠めずともだいぶ切れる。実際あっさりと切り落とせた閂。あっさり過ぎて少し拍子抜けした。量産したいな、これは。こうなれば行動は迅速に、である。しかし、被服もなしである。なんとかせねば落ち着かん。足音が大して立たんのは幸いであるが。
何か声を聞いた。近寄り来ぬ在様で、慌てて隠れるところを探すが見当たらない。やるしかない。こちらは没落士族であって忍者ではないのだが。壁を気力と根性で駆け上るようによじ登る。親衛隊の特殊演習で似たようなことは何度かやったことがあるが、なぜやったのかがわからん。おだてられた勢いだった気がする。その時できて以来、できるものはできるので、一気に上がって根性でもって天井に張り付く。体力は落ちているが幸い相応に体も軽い。過不足は差し引きゼロに近い。ゼロではないが。実際腕がプルプルしている。このままでは、いかん。




