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相談

 タレコミ、とでもいおうか。正確でない可能性もある方向で非常に危険な情報を手に入れた。阿片の密売買の情報である。まだ、誰にもそれを話していないし、相談もしがたいものであると信じている。

 当該する案件を掌する、『内務省統制委員会』を最初に動かしてしまうと、現在の国家情勢から考えれば最悪内戦になるだろう。内戦の阻止という意味では内務省警察がその基盤を安定させるまでは表に出したくない組織である。愛よりも美しいもの、それは統制である。国家は厳に統制されてあるべきなのだ。他種族国家である以上そうでもしないと、この国はわずかな衝撃で砕けてしまうだろう。それを阻止しない限りこの戦争には勝てない。厳しい統制は結局国家を疲弊させるのは承知の上だ。たとえそれで破滅しようともかまわない、戦争には勝たねばならない。

 で、あるからこれが本当かは、自分で確かめたい。案件が案件である以上は親衛隊に殴りこませるわけにもいかない。仕方がない。相談するなら、その土地出身の、あれだ、エーリカに相談するか。それが筋というものであろう。幸い明後日から2か月半の休暇である。そんなに休む必要があるかはわからないが、上が休まねば下も休みにくいとかいう都合である。


 執務室。今ここにはすべての大臣と再編されつつある帝国議会の議長2名、親衛隊の上級指揮官という帝国の中枢そのものがそろっている。たとえば今、この部屋のど真ん中で手榴弾が炸裂すれば、帝国は崩壊するだろう。帝国指導者の休暇前に行う打ち合わせのためにここにいるのだ。鉄鋼の配分が今一番の議題である。…根回しまでどころか実質的な承認は終わっているのだが、最終的な確認は行われなければならない。


 現在帝国では鉄鋼が不足している。正確には『増大する需要に対して生産量の伸びが追い付いていない』のである。高炉や反射炉もその稼働を限界に為している。さらに鉄鉱石自体は採掘量が減じつつある。それのために今いくつかの方策を立てている。しかし、それを実行するためには大量の鉄鋼が必要なのだ。

 第一に高炉や転炉の複数新設。安定して生産したりできるようになるには数年必要であるがそうでもしない限り生産量は増せない。試算によれば現状のままでは炉の点検もままならないため2,3年後には生産量は激減してしまうとのこと。2,3年以内には間に合うか微妙なのが恐ろしい。そもそもこの建設自体にも鉄鋼が必要である。

 第二に新規鉱山の開拓。これは帝国の無尽庫といわれながらも気候などの問題からあまり開拓の進んでいない寒地の島に見つかった、鉄鉱石を主として産出する鉱山を開拓する計画である。輸送力の問題から鉄道を建設するための測量はすでに始まっている。しかし、「鉄道」であるから良質な鋼材を大量に欲するのだ。しかしこれがないと、現状のわが帝国では大重量物を迅速に輸送することはできない。

 第三に代用材の使用、あるいは普及である。現在帝国では「樹脂」なるものを実用化した。これを陶器に混ぜ込むことで銑鉄程度の材料強度は可能であるとの報告はすでにあるので、民需はこれで代用させる方針で、すでに一定程度は世に出ているものだ。代用陶器製の焼き網はすでにこの宮殿の中でさえ使われている。当然官需でも代用可能なところはこのようなもので置き換えてゆくことになる。例えば鉄道省の蒸気機関車ならばボイラ脇の歩み板や給水温め器の外板、除煙板。内務省なら電信柱の横木や電信機の外枠など。

 結果として割り当ては以下のように決まった。商工省は現状の6割、鉄道省は現状の7割、内務省は現状の5割5分、軍需は8割9分。他は残余でやりくりという話である。ちなみにいうとそもそも軍需品は今のところ規模が小さいからのこの割合であって、重点を置いているわけではない。いや、置きたいけれども。本当の重点は鉄道であって、ほかでなかった。数年ならば、この条件でも(事故が増えるのは覚悟のうえで)もつという『悲壮な』覚悟の上での試算であったが。


 ここで大臣らは退出してゆく。まあ、最初から結論はあったので、形だけの会議だった。

 議会のほうは正式な再編が決まっていて、それぞれ東院と西院という形で出来上がることになっている。各市町村落から代議士を選任させる方針である。これは貴族など、これまでその土地の利害を持ち寄ってすり合わせを行ってきた者たちを排除したため、それらがすべてこの身に集中し国家運営に支障をきたす恐れがあったため、その土地の者から代議士を出してすり合わせをさせればよいという考えのもとに行われている。2院制めいているのは片方を勅選方式にすることで、学者などの意見を政治に取り入れる為である。選挙の期日を両院の議長になるべき人物と打ち合わせた。


 親衛隊のほうは現状としてようやく組めた野砲中隊と、既存の歩兵大隊の結節した訓練が始められるかどうかというところなので、何とも言い難い。歩兵1個大隊、野砲1個中隊、輜重に輓馬中隊2個、試験的な自走貨車中隊1個。これが親衛隊の総兵力である。別に本管中隊がある。ノリは独立歩兵大隊か何かだ。適度に演習を繰り返すように指示する。

 ちなみに野砲は単脚砲架の駐退器つき半自動水平鎖栓式である。開脚砲架で要求していたが、適切な材料が得られず折損が相次いだため、やむを得ず単脚にしたものである。大仰角化が図れないため、射程は長くできないし落達角は小である。落達角が小であると榴弾の破片の及ぼす効力は大なるときに比して劣ったものになってしまう。無理くりに落達角を大きくするには装薬の減装で射程を変えることになる。まあ暴露目標であれば榴散弾の曳火射撃を使用すればよいし、榴散弾の場合は反対に落達角は小あったほうが危害範囲を増すものだ。その辺は一長一短ともいえるか。


 それらの打ち合わせの終わった後、よっと立って、姿見の前まで行く。そこに映るのは自らの親衛隊の勤務服に身を固めた大元帥たる帝国指導者。堂々として傍若無人にさえふるまって見せる、国家の指導者だ。軍衣のホックを解き、ボタンに手をかける。全く何かに魅入られたかのように鏡の中の自分から目がそらせない。この瞬間が、好きで、そして、嫌いだ。上からボタンが一つ、また一つとはずされていく。7つのボタンがすべて外れて、その下からシャツとチョッキ、ネクタイが覗く。そのまま軍衣を脱げば、そこにいるのは最近の過労にやせ衰えたちっぽけな青年だ。この落差が、嫌いだ。こんな落差を作り上げたこの世界が、大嫌いだ。


「閣下。」


 後ろから呼びかけられて、振り返れば、そこにエーリカがいた。そういえば呼びつけたのだった、忘れてしまっていた。いそいそと軍衣を羽織って、応対する。


「長く見なかったが、息災かね?」


「閣下…」


なぜか嘆息されてしまうが、それは問題でない。前置きなどは、どうでもよい。


「相談がある。寄れ。」


目つきが、変わる。政治の中で生きてきたものだ、面構えが違う。愉悦。こんなのが手元にいる愉悦だ。惜しむらくは願掛けも兼ねて、女には手を出すまいと決めていることだ。そうでもなければ、彼女に触れていたかもしれない。


「阿片、だ。阿片の話だ。心当たりはあるかね?」


「存じておりませんわ、それが?」


「貴君の街で密売買されておるといううわさを聞き付けた。阿片は撲滅されねばならぬ。撲滅するために専売にしたのだ!それの歯向かう連中がいるなど!もう許せぬ!ただでさえ独立気風の強いところだ!これまで多くのことに目をつぶってきた!だがこれは!これだけは!赦すわけにいかない!」


思わず語気が強まる。だが、止められない。


「閣下、それはひどい侮辱です。我々は―」


思わず机をこぶしで打った。思ったより大きい音が鳴る。


「知ったことか!帝国は!戦争の間だけでも!強固でなければならない!ならば!ならば断固とし!、断固として!腐敗を粉砕せねばならない!それには向かうものは、ありとあらゆる手段で排除せねばならない!何なら自ら部隊を引き連れて街を焼き払ってくれよう!」


そこまで叫んでようやく落ち着いてきた。熱量が体から去ってゆくような、ちょうど風船がしぼんでいるような感覚。怒りに膨らんでいた感情がぴったりと身の丈に合う大きさまで縮んで来るような感じ、とも言えようか。

上がった息を落ち着かせようとするが、旨くはいかず、どもるようになった。


「だ、だが、その情報が嘘であったなら?と、と、取り返しがつかないだろう。だから、私はこの目で、確かめて来たいと思っている。何か、手はないか?」


望んでもいなかったが国中いたるところの公共施設に肖像画の掲示が義務付けられてしまい、さらにはあちこちに銅像が建てられてしまったためお忍びでも行動は難しい。なお今度は勲章の図案にもなってるらしいし、硬貨や紙幣はすでに出ている。だから、このままでは手詰まりだ。

 エーリカの不安ともつかない感情に揺れた目が、定まった。目が座ったとも言えようか。


「ええ、いいでしょう、閣下。でしたら、私にすべてを、御委ねくださいませ。」


何を、と思う間もなく、唇を奪われた。机越しであったはずだが、どうしたことか一瞬で距離を詰められたのだ。これだ、これが怖くて誰一人寄せ付けたくなかったのだ。目は、閉じようにも閉じられない。彼女の眼しか見えない。そして、口には何かが流し込まれている。それから逃れようとする舌を追い逃げられないように引きずり出される。

 どれほどの量を飲まされただろうか、嚥下した数を数えることは途中からしなくなった。ようやく唇が離れた。その刹那の瞬間(とき)を、純銀の橋が彩って、淫靡さを増す。思わず後ろによろめいて、倒れると思ってもないところで頭を打ち付ける羽目になった。


「いたたた」


打ち付けたところを撫でたときに感じた違和感。最近の激務と、その間を縫って行っている戦闘演習によって荒れた髪が、不思議になめらかで、そして長かった。長さは戦闘帽からはみ出さない長さのはずだったが、はて?そうして、手を見ると袖が余っていて、きれいに整えられたような指だけがのぞいている。有刺鉄線をいじっていたり焼けた撃ちガラ薬莢が当たったりして荒れていたはずだがそれもない。ふいと見上げると、エーリカがどこから持ってきたかわからない手鏡をもって、こちらを見下ろしていた。綺麗なまでにエロい笑みだ。鳥肌が立つ。そして、その手鏡に映っていたのは、身の丈に合わない軍装をまとっている黒髪の少女の姿だった。


「閣下。さあ、こちらへ。」

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