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「ここは?」
後頭部からの痛みで目を覚ましたレムルクは、自分が後ろ手に拘束されて転がされていることに気が付いた。
辺りを見回せばここは河原で、少し離れて底まで透けるほど澄み切った清流が横たわっている。ごろごろと河原を埋める石は大きくて荒く、村からかなり上流にまでさらわれてきたのだとレムルクは判断した。
「不覚……」
レムルクの眼前の砂利を踏みつけて数人の人狼の男たちが立っている。どいつもこいつもいかにも虚勢くさいひげ面で、頭の上には狼の耳がぴょこんと生えているのだが、今はしゅんとたれている。
男たちの真ん中にはでっぷりと太った中年の人狼男が一人、暴れるカミラを押さえつけるようにして小脇に抱えて立っていた。
中年は太い腹を揺するようにして怒鳴り散らしている。
「誰がこんな、どこの馬の骨かわからんような男を連れて来いと言ったよ!」
彼を取り巻く若いチンピラ人狼たちはおびえきって耳を垂れ、おろおろと体を揺するばかりだ。
「えっと、カウンターの中にいましたのでこいつがマスターかと思いまして……」
「違う違う! 良く見ろ、耳がとがっているだろ、こいつはエルフだ。俺は相手は見た目ただの人間だと教えたはずだが?」
「あ……」
「『あ』じゃねえよっ!」
中年は手近にいたチンピラの頭をはたく。怪力で知られる人狼族の一撃なのだから並のヒトなら頭がはじけ飛んだだろう。
しかし、自身も人狼であるチンピラは頭をさすりながらへらりと笑っただけだった。
「いてえよ、アルファ~」
そう呼ばれたことからも、威張りくさった態度からも、この中年の男がアルファなのだろうということは容易に想像がつく。なにしろ人狼はそういった『群れ』を構成して生活することで知られているのだ。
しかし分からないのはカミラをつれてきた理由だ。
確かに彼女は人狼だが、マスターと一緒に暮らしていたということは何らかの理由で群れからはじき出された、いわゆる『はぐれ狼』ということだろう。群れのしきたり等に縛られる必要などないようにも思える。
そしてこのレムルクという男は、実直というか少々足りないと言おうか、思ったことはすぐ口にする男である。
だから中年人狼に言った。
「その子は無関係でしょう、放しなさい」
中年人狼は薄ら寒いような笑いを浮かべてカミラを抱えなおす。
このときにはもう、カミラはあきらめきったように男の腕の中にだらしなく垂れ下がっていた。よほど悔しいのか唇はキッと引き結ばれ、瞳は涙で潤んでいるが。
中年男は脂ぎった指でカミラのあごに触れて笑った。
「あんたは人狼じゃないから知らないんだろうがな、この小娘の家は人狼の中でもトップクラスのエリート……あんたらで言えば貴族様みたいなものなんだよ」
「だからなんですか? その子をどうしようと?」
レムルクの背筋が凍えたのは果たして何の予感だったのか、中年男がカミラの頬を両側からつかむ様にして引き寄せる。
「俺のうちも貴族様でな、このガキとは生まれたときからの許婚だったんだよ」
「待ちなさい! そんな子供に何をする気なんですか!」
レムルクの予感は正しかった。男は小さな唇に顔を寄せたかと思うと次の瞬間には、幼い桃色のぽってりとした肉を裂くようにして自分の舌をねじ込んでいた。
「やめろ、人非人! 変態! ロリコン!」
思いつく限りの悪態をつきながら身をよじるレムルクはあまりに情けない。なにしろ怪力で知られる人狼族数人に縛られたのだから、拘束は簡単には解けないのだ。
それでもレムルクは抗った。精一杯に背骨を跳ね上げ、二足まとめられた脚をばたつかせて抗議した。
「許婚だからって、お相手の年齢も、感情も無視するのがあなた方のやり方ですか!」
その言葉に、あのマスターとの間に芽生えた友情が加味されていないといったら嘘になる。その瞬間にレムルクが思ったのはただ、『マスターならこの男に何を言うか』だった。
「その子を傷つけるような真似は許さない! その子は……カミラはあんたの性具じゃないんだ!」
それを聞いた男は唾液を飲み込ませるような嫌らしいキスを手放し、唇を大きく横に広げて笑った。
「誰も性具にしようなんて思っちゃあいない。俺の子供を生む大事な女だからな、きれいな洋服を着せて、うまいものでも食わせて、せいぜい可愛がってやるさ」
「なお性質が悪いじゃないですか」
その生活に自由はあるのだろうか。あのマスターが丁寧に作っていた、たった一杯のホットミルクよりも贅沢な愛情が、この男などにあるのだろうか……
「……あるはずがない」
「あん? なにが?」
「その子は『あなたの女』なんかじゃない」
「じゃあなんだよ、あのマスターの女だとでもいうのか?」
「そういう目でしかその子を見られないのですか」
「あ? そんなの、あの男だってそうだろ。こんなガキを嫁扱いしてさ、さぞかしマニアックな性戯を仕込んでいるだろうさ」
それはレムルクも長く懸念したことであった。あれだけべたべたと身を寄せ合うようにして暮らしている恋人同士なのだから、それなりの蜜戯があってしかるべきだと。
だが、今なら確信できる。あのマスターがこんな下俗な人狼と同質の愛情でカミラと接するわけがないのだ。だからこそカミラはあんなにもマスターを信頼しているのだろう。
いま、男の腕の中にぐったりと身をたらしたカミラからはいつもの無邪気さも、子供特有の小生意気さも感じられない。これが何よりの証拠ではないか。
「……マスターを……そしてカミラを愚弄するな」
いきなりにあからさまになったレムルクの反意を、中年男は笑い飛ばす。
「そんなに縛り上げられているやつに威嚇されたって、怖かぁねえよ。あんたはあの男の代わりに、ここでゆっくりとショーでも楽しんでくれや」
「ショー?」
「ああ、本当はあの男の……タカシマの目の前でこのガキを犯してやるつもりだったんだがな……」
その男の名が異界の響きを持つことにも、レムルクはさして驚きはしなかった。やはりあれが七勇者の一人だったのかと、妙な納得をしただけである。
不意に、レムルクはカミラに向かって語りかけた。
「カミラ、あなたはマスターが好きですか? 愛していますか?」
彼女は小さな頭を深く振って首肯した。
「ならば生き残りなさい。愛するものの死は、この世でいちばんの苦しみです。たとえどんなに汚されようと、どんな姿になろうと、あなたが生きている、それだけがマスターの心を慰めるでしょう」
このやり取りに焦れたか、中年人狼はカミラを地面に叩きつけるように横たえた。小さな彼女は、それでも唇を固く閉じて悲鳴ひとつあげようとはしなかった。
この態度に男はいきり立ち、右手でカミラの肩を押さえ、あいたほうの手をカミラの洋服の前立に差し込んで雄たけびを上げる。
「お望みどおり汚してやるよ!」
洋服を引き裂く音が川面を流れた。
……白く未熟な肌は、砂利石のくすんだ色合いの上では悲しいほどに、はえばえしかった。




