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3/6

 レムルクは確信した。このマスターこそが七勇者の一人、いまだ異界に帰らず逃亡を続けている者なのであると。

 しかし彼を糾弾するには証拠がなさ過ぎる。

「かならずや尻尾をつかんで見せますからね」

 こうして彼は、その酒場日足しげく通うようになった。

 件の少女――カミラに匂いを嗅がれることにはもう慣れた。彼女は酒場に来る人すべての匂いをチェックすることにしているらしい。

「もういいでしょう。今日は朝のうちに行水しておきましたから、何もにおわないはずですよ?」

 自分の腕に張り付いた少女を引き剥がしてレムルクが微笑めば、彼女は少し首をかしげて不思議そうな顔をした。

「匂いのない人なんていないよ?」

「それは行水後なら石鹸の匂いがするし、汗をかけば汗臭いでしょうからね」

「ん~とね、違うの」

「何が違うんです?」

「心の匂いは石鹸で洗っても落ちないの」

「はあ? それはどんな匂いなんですか」

 少女はそれ以上を答えるつもりはないようだ。レムルクに対する興味を急速に失ったかのようにふいと顔を背け、ちょうどカウンターで飲み物を攪拌ステアしていたマスターのもとへと駆け寄った。

「ねえマスター、レムルクさんの匂いがね……」

 後の言葉は自分を抱き上げたマスターの耳にだけ吹き込む。

その意味ありげなしぐさに焦れて、レムルクはたまらずに口を開いた。

「なに? 僕の匂いがなんですか!」

「ん~、内緒~。ね、マスター?」

 小首をかしげたカミラの頬にマスターが軽く唇で触れる。そしてひどく艶っぽく首をすくめて答えるのだ。

「はい、内緒ですよね、カミラ?」

 だからレムルクはますます焦れる。

「僕の匂いがどうしたっていうんだ! 客に対してその態度は失礼だろう!」

 マスターはそんな言葉をするりとかわして、ちくりといやみを返した。

「高級酒の一本も頼んでくれるなら上客扱いもしますがね、いつもいつも酒といえばいちばん安いラキノ酒、ひどいとき注文もせず水いっぱいで明け方までねだる客の、どこを『お客様』と呼んであげればいいのでしょうか?」

「うむむ、仕方ないだろう。将軍だったころのように贅沢はできないのだし、老後のたくわえというものがな……」

「へえ、明日死ぬかも知れぬ軍人が老後とか、笑えますね」

 それは確かに、先の大戦の後から永く平和は続いているが戦争はいつまた起こるやも知れぬ。それほどにこの国と近隣の国の関係は緊張を孕んでいるのだから。

 本当に戦争が起これば兵士は国家の安全を守るために矢面に立たねばならぬ。文字通り人盾となるのが彼らの職務だ。その兵士が老後、たくわえを食らいつぶす時まで生きていようとは、それこそ笑い話だ。

「カミラも笑って差し上げると良いですよ。哀れな軍人の心を少しばかり慰めておやりなさい」

 この言葉に笑い出すかと思いきや、カミラは小さな手のひらを開いて、自分を抱いているマスターの両頬を挟み込むように打った。

「そういうこと言っちゃダメなの。そういうこと言うマスターは悪い子なの!」

 その様子を見ていると、さすがのレムルクもひどく不安になる。

 この少女は先の大戦のときに戦火を避けて逃げ出した人狼族の娘で、体が弱くて足手まといになるとの判断から仲間に捨てられたものだという。マスターは縁あってそれを拾い、愛情をかけて育てているのだというが、これが通常の『親子関係』を超越しているように、レムルクは感じるのだ。

 ことあるごとに触れるほど頬を寄せ、囲むように腕を回して抱きしめるそれは、恋人同士のしぐさだ。

「あの~、もしかしてマスターってロリコ……」

「あ゛あ゛? ロリコンだあ?」

 急に野太く低められた声に驚いて、レムルクが身を引く。

「ああ、う……いや、あまりに仲むつまじいものですから……」

 それに対し、マスターは何の戸惑いもなく答えた。

「ああ、俺はこいつを娘としてじゃない、いずれ妻となる女性として手元においているからな」

「じゃあやっぱりロリ……」

「やだねえ軍人ってのは考え方がえげつなくて。こんな子供にナニをしようっていうんだよ……」

「え? しないんですか?」

「当たり前だ。子供時代というのは誰にでも一度きり、ならばその子供時代を精一杯楽しませてやらないでどうする」

「はあ……正論ではありますが……」

「いちばん愛する女性だからこそ健全な子供時代をすごし、健全な思春期を迎え、そうして一人前の女性に育ってほしいじゃないか。ただの性具じゃないんだからさ」

 マスターは腕の中の『女性』を見下ろしてにっこりと笑った。何の邪心もなく、ただひたすらな愛情だけがその表情にはあった。

「この子を傷つけるようなものはすべて排除する。それがたとえ俺自身であっても!」

 柔らかだが深い決意に揺らぎもしない表情。

 だからレムルクには、彼にかけられる言葉など一つもありはしなかった。


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