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2-1 街での出会い

ヴァロたちは青空の下、フゲンガルデンからソーンウルヒへ向かう街道を歩いていた。

街道はきちんと整備されていて、人通りが多かった。

ヴァロたちのことを兄妹とでも思っているのであろう、声を何度かかけられた。


城壁は拍子抜けするほどたやすく、通過することができた。

兄貴の手配してくれたランドスという男は門番となにやら数言話すとすんなり通してくれた。

元騎士団にいたヴァロからすれば複雑な気分だが、この場合歓迎するべきだろう。

「まだフィアがいなくなったのが知られていないのか?」

「まあね。まだ大丈夫みたい」

普通ならば朝にはフィアがいなくなっていることが発覚しているはずだ。

ここまで発覚を引き伸ばせていられるのはヴィヴィが何らかの方法を使っているからだろう。

「いつまでごまかし続けられる?」

「・・・もって今日の昼ぐらいまででしょうね」

「十分だ」

大体の時間がわかることは正直ありがたかった。

今日の昼までならば、ソーンウルヒの街まで通達が届くのは明日の朝になる。

本格的な網がしかれる前にヴァロたちは目的地までいける。

「当然でしょ。だてに今まで騎士団領に住み続けてはいないわ。

まぁ、あなたみたいな希少種がごろごろしていれば、話は別だけどねー」

「希少種って・・・人を動物みたいにいうなよ」

「・・・後は修道院までいくだけかな。

この使い魔を通して話せる時間、結構無くなってきたから、最低限の会話しかできなくなる。

とりあえず騎士団領を抜けたら連絡を頂戴。細かい場所を伝えるわ。

・・・それともしものときはこの鳥の頭を三回たたけば、連絡つけられるようにしておく」

「すまない。いろいろ助かった」

魔女に礼をいうことになるとは少し前のヴァロには想像すらしてなかったことだ。

「こちらこそといっておくわ。いろいろと振り回されたけれど、貴重な経験ができた。

・・・というかいろいろ楽しめた。旅の無事をフゲンガルデンから祈らせてもらうわ」

「ああ、またな」

「それじゃ」

そこでヴィヴィとの通信は途絶えた。ヴァロは振り返り、フィアと向きあう。

「少し歩くけど、フィアは大丈夫か?」

その言葉にフィアは黙って頷く。

騎士団のころなら馬を使えたため、それほど距離があるようには見えなかったが

徒歩で歩くとなれば結構な距離である。

一週間以上も牢で過ごしてきた少女を歩かせるには少し酷だろう。

彼女はただ黙って後をついていた。


これから向かうソーンウルヒの街は騎士団領の北の玄関にあたる。

街道は北の聖都、東のナリリアに向かう道が二手に分かれる。

古くから交通の要所とされ、騎士団領に身を置く商会ならば、大概ここに拠点、支部を持っている。

朝の出立の際、ヴァロの兄、ケイオスは旅の支度を整えておいてくれた。

いつものことながら見事な手際のよさである。

またソーンウルヒでは彼の商会の経営する宿を既に手配済みだという。

あまり兄に迷惑をかけたくなかったが、フィアのこともあり、ヴァロは厚意に甘えることにした。


フゲルガルデンから整備された道がひたすらまっすぐに続く。


フィアはいつの間にか歩き方が変だと気づいたのは、昼食も終わり日が傾きかけたころだった。

足を見せるよう言ったが、どうにも足を見せたがらない。

ヴァロは強引に靴を脱がせると足が血豆でぐちゃぐちゃだった。

ヴァロは自分の不注意に頭を抱えた。

ソーンウルヒについたら、馬車を借りるつもりだったし、城壁を抜けることで頭がいっぱいで

彼女の靴にまで気が回らなかったのだ。

少しの長旅でも靴は選ばなくてはならない。ましてそれが旅慣れしていない少女であるならなおさらだ。

ヴァロは強引にフィアを背負うことにした。

ヴァロ自身の悔いのあらわれでもある。


本人は当初かたくなに嫌がっていたのだが、気がつくとヴァロの背中で寝息をたてていた。

途中で通りかかった行商の人が、見るに見かねて馬車にのせてくれたのは不幸中の幸いだった。

フィアは膨れてヴァロと言葉すら交わしてくれない。

フィアとヴァロだけだったら、気まずい雰囲気だったろうが、

幸いなことに行商の人は人当たりもよく、世間話をしてくれた。


ソーンウルヒに着くと、真っ先にヴァロは行商の人に教えてもらったとおり、靴屋をたずねた。

その靴屋は思ったよりもたくさんの種類の靴を扱っていた。

フィアに買いあたえた靴は貴族の娘が使っていたのものだという。

何気に値ははっていたが、行商の人の話をすると顔見知りだったらしく、割り引いてくれた。

フィアは靴を買ってもらったことに、旅の疲れも忘れてはしゃいでいるようだ。

ヴァロの二三歩前をを軽快な足取りで歩いている。

「あまり動くなよ」

フィアの子供と変わらない姿にヴァロは思わずほころんだ。


気づくと街灯の下に見知った顔の男が立っていた。

「おう、ヴァロじゃねーか。もう聖都の任務はいいの・・・」

言い終わるのを待たずにヴァロは、無言で思い切り右手を引っ張ってその男を路地裏に連れ込む。

間髪いれず思い切り頭を小突いてやった。

「いってーな、いきな・・・」

「任務中だ。いきなり名前よぶな」

トランが言い終わる前にヴァロは早口でまくし立てた。

その剣幕に男は閉口する。

「今日の晩飯ぐらい一緒にいいだろ。例の聖都の土産話も聞きたいしな」

「わかったよ。宿に荷物を置いたらすぐにいく」

「約束だぞ。場所はそうだな、そこの店な」

看板には大きな口をあけた猫が描かれている。

名前は『猫の大口』というらしい。

どうやら大衆食堂らしく、中は人で混み合っていた。

気がつくとフィアがこちらの様子を眺めていた。

「仕官学校時代の同期。たく空気読めっての」

となりではフィアが笑いをかみ殺していた。

「なんだよ」

「別にぃ」

ヴァロは少し頭が

心のなかでは友人に悪態をたれつつ、フィアが機嫌を直してくれたことに安堵していた。


夕飯どきのため店は人でごった返していた。

目の前のテーブルにはご馳走がテーブル狭しと並んでいた。

フィアは目を点にして、目の前の料理をしげしげと見つめている。

これほどのご馳走を見るのははじめてなのだろう。

トランは宿に荷物を預けてくる間に料理を頼んでおいてくれたようだ。

「コイツは俺の同期でトランという。騎士団若手で一番の女ったらしだ」

「こら、一言多いぞ、この堅物が!」

「この子は親戚の娘でフィアという。

親戚で不幸があってな、北の山脈のふもとも村まで送るところなんだ」

「フィアです。よろしく」

フィアはそういうとうやうやしくおじぎをした。

事実を述べるわけにもいかないので、とりあえず親戚の娘ということにしておいた。

「よろしくなフィアちゃん、

にこやかな笑みでトランはフィアに挨拶をした。

「ほらさめないうちに食った食った。ここは豚の煮付けが絶品なんだ」

「ほら、トランもああ言ってる。食べようぜ」

「うん」

「今日はお前のおごりな」

「ひでえ」

「寮で何回、門限誤魔化したと思ってる」

手持ちの旅費は十分余裕はあったが、今回のフィアの靴の件もある。

これから何に使うか分からない。ここで友人から貸しを返してもらうのも悪くはない。

「ったく」

「で、まだおまえ彼女いないの?」

料理を片手にトランが聞いてくる。

「いない」

「聖都赴任したのに?聖都なんかいったらよりどりみどりじゃん」

「俺はそれどころじゃなかったの」

正直ヴァロはこの三年間必死だった。

実のところ聖都派遣というのは名ばかりで、訓練を受けていたというのが本当のとこだ。

何回師に殺されかけたわからない。彼女とかそんな余裕などなかったといっていい。

ヴァロは思い出して少し気分が悪くなった。

「お前に好意を寄せてる女性多かったんだぜ。

同期のマドンナだったミランダとかいい感じだったじゃん」

訓練で何度か一緒したことがある。

真剣勝負で打ち負かして以来、何かにつけては勝負を挑まれた覚えがある。

「そうなのか?」

思い当たる節がないわけでもない、だが好意をよせられていたとは考えたこともなかった。

「・・・ほんとお前ってさ、鈍感なんだよな。こういうのどう思うフィアちゃん」

「・・・」

一人端のほうでもくもくと料理を食べていたフィアは、不意をつかれ言葉に窮した。

「大きなお世話だ。そういうお前は女に手を出してフゲルガルデン追い出されやがって」

昔からトランは手が早い。上司の愛人に手をだして飛ばされたと聞いていた。

「べつにぃ。俺はこっちのほうがいいし。騎士団領なんかよりも別嬪さん多いぜ」

騎士団領の女性が聞いたら、殴られそうなねたである。

「そういうやつだったよな、昔から」

ヴァロは半眼で友人を見やった。

「ただ、おまえんとこのモニカさんは別。あんな上司がいたらなぁ。うらやましいぜ」

「そうかあ?」

モニカ女史は騎士団領男性の憧れの的でもある。

聞くところによるとファンクラブまであるとかどうとか。

ヴァロにはどこがいいのかわからなかったが。

「酒は飲まないのか?」

「あいにく今晩は当直でね。さすがに酔っ払って夜間警備はまずいだろう。また別の機会にな」

「そうか」

女にはだらしない反面、仕事に関しては真摯に取り組む。

また同期の中でも屈指の剣の実力をもっていた。女癖がなければ騎士団の重要なポストについていたかも知れない。


トランと話しているうちに、人も徐々にまばらになってきたようだ。

どうやら昼間の疲れが出たらしい。いつの間にかフィアはヴァロに寄りかかるように寝ていた。

「お前もひっつかまえた娘と旅行なんざ、いいご身分だよな」

テーブルにある食べ物を頬張りながらトランは何気なく言う。

「・・いつからだ?」

ヴァロの食事の手が止まる。

ヴァロは目の前の男への警戒を引き上げた。

「やはりそうか。捕縛の話は一週間前から話題に上ってるよ。

お前の聖都派遣の大抜擢に反感をもってるのは結構多いからな」

この事件は予想以上に騎士団の中でも話題に上っているようだ。

「・・・どういうわけかは知らないし、聞かないけどな、

おまえ何でもひとりでかかえこんじまうのはやめろよ。見てるこっちがはらはらするんだよ」

ヴァロはふうと息を漏らした。

はじめの接触はこちらの様子を探っていたのだ。

友人にしてやられた感があり、ヴァロは頭を抱えた。

自分だけではなく周りも成長しているという事実を改めて実感する。

成長しているのは自分だけではないのだ。

「ヴァロ、その件とはまた別で少し気になる事がある」

「気になること?」

「この数日、なんか騎士団領が妙に騒がしいんだが、何か心あたりはあるのか?」

この男が自分の名前を呼ぶときはたいていまじめな話のときだ。

トラン外面に反して、妙に鋭いときがある。

「騒がしい?どういうことだ?」

確かに魔女の捕獲は一部では話題にはなっていたが、

それ以外は何も変わらない定常業務だったはずだ。

「聖都方面への書簡がここ数週間妙に目に付く。

ここ二三日の間に物騒な連中も何人かフゲンガルデンへ向かった」

聖都への書簡は伝書鳩をつかってやり取りされている。

警備担当のものなら、気づいてもおかしくないかもしれない。

「物騒な連中?」

「よくわからん。とにかく気配が異常に鋭い。遠目でみてても気づかれそうだった。

服装からして騎士団関係者ではなかったが・・・」

ヴァロは少し考え込んだ。

そんな連中は見たことはないし、フゲンガルデンでは大きなトラブルもなかったはずだ。

「俺の思い過ごしだったらいいんだけどな」

騎士団領から出るもの入るものほとんどすべてがこの場所を経由する。

トランがここへ配置されたのは、おそらくただの警備要員というわけではあるまい。

ヴァロは情報部がトランを欲しがっていたと聞いたことがあるのを思い出していた。

「さて、自分もそろそろ夜間警備の交換の時間だ」

トランはすっと立ち上がり、勘定を手にした。

「今日は俺のおごりでいい。その代わり、全部終わったらきちんと話せよ」

「ああ」

そういってトランはヴァロたちのもと去っていった。


「不思議な人ね」

店を出たところで、フィアがヴァロの背中でつぶやく。

「起きてたのか」

「そっちのほうがヴァロたちに都合がいいと思って」

「お前な・・・」

友人にまでしてやられて、こんな少女にまで気を使われ、ヴァロは渋い顔をした。

面子とか気にしてたら軽く自己嫌悪になりそうだ。

「足は大丈夫か?」

「大丈夫、だから歩けるよ」

「だめだ、旅は今日で終わりじゃない。明日もあさってもある。少しは自重しろ」

「・・・はい」

フィアのその声はしょぼくれた猫を連想させ、ヴァロは笑いをかみ殺した。


ヴァロは宿に着くと、そっとフィアを寝かしつけた。

寝かしつけてそっと立ち去ろうとしたとき、背後から急に声が聞こえてくる。

「ヴァロ、私ね。あの廃屋であなたに会えたとき、

本当はすごくうれしかったの。笑っちゃうでしょ」

ヴァロの背後からフィアがつぶやくように話し始めた。

彼女の言葉を聞くのははじめてだったので、ヴァロは聞き入った。

「あの廃屋でずっとこれまで生きてきたことをたくさん考えたの。

今までみんなにできるだけ迷惑かけないように、できるだけいい子でいようと努力したつもりなんだけど

・・・結局私は落ちこぼれで、仲間の輪には入れなかった」

ヴァロは黙ってフィアの言葉を聞いていた。

「だから、捨てられて思ったの。

これは自分への罰なんだなって、今まで生きてきたことへの罪なんだなって」

生きてくだけが罰なんてそんなわけがあるかとヴァロは言いそうになったがすんでのところでこらえた。

「ああ、これで私の人生も終わりなんだって思えて。

少し痛いかも知れないけど、この人が私の人生を清算してくれるんだろうなって。

私の人生は意味なんてなかったけど、この人の生きてく足しにぐらいにはなれるかなって」

この少女はあの時小屋に逃げ出さずに、たった一人で殺されるのを待っていた。

まだ生まれてから十年ほどの少女が、どれほどの仕打ちを受ければこんな考えができるようになるのか。

魔女に偏見がないといえばうそになる。

ただそんなことを通り越して、ヴァロは心底頭にきていた。

ヴァロはいらだちから近くの柱を思いきり拳で殴りつけた。

「ふざけんな」

誰かのために死ぬとかそんなんじゃない。彼女は死ぬ理由が欲しいだけだ。

自分が騎士になったのはこんな少女の命を刈り取るために騎士になったんじゃない。

まして踏み台にして、駆け上がるためではない。

「ふざけんなっていったんだ。お前の命なんざ欲しくねえし、

俺はお前の都合のいい死神様なんかじゃねぇ」

拳からは血が出ていたが、痛みなどどうでも良くなるぐらいヴァロは激情に駆られていた。

「だれにも必要とされてないなら俺が必要としてやる。

たとえお前が望まないって言っても、重病でも棺おけから引きずり出してもこきつかってやる。

生きる理由がないならいつでも俺がつくってやる」

フィアは清算と言った。

しかし、ヴァロは知っている。この少女は生きようとしている。

少女はあの時生きようとヴァロの手をとったのだから。

「・・・ありがとう」

表情は見えないが、声が震えていた。

魔女が感謝の言葉を送るなんて聞いたことがない、きっと気のせいだ。

ヴァロはそう自分に言い聞かせ、ソファーに横になった。

振り返ればこのときが転換点だった気がする。


魔女たちの襲撃があったのはその夜のことだ。


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