1-3 対話
ヴァロがフィアのいる独房に出向いたのはちょうどお昼の時間だ。
ヴァロは給仕として、食事をフィアのもとに届けに向かった。
ヴァロは見張り役の男に少しの間、代わりをする提案をしたところ
喜んで代わってくれた。
「意外とあっさりいったものね」
見張り役の人間も本来ならどこかの部署の人間だろう。
交代制とはいえ、本来の自分の仕事が手につかないわけだから、
その提案はまさに渡りに船の申し出といったところだろう。
ヴァロたちが独房の中に入ると、一人の少女が独房の隅に居た。
「こんにちは、はじめまして。私の名前はヴィヴィ」
魔女の操る鳥は恭しく頭を下げる。
その姿を少女はまじまじとみつめる。
「・・・あなた魔女?」
その目は驚愕に見開かれている。
「ええ。私はこの結界の管理者をやってるの。
こんなところに同胞が来るなんて珍しいから顔を見たくなってね」
ヴィヴィは親しげに少女に語りかける。
「・・・あなたの名前、教えてくれる?」
「・・・フィア」
この質問はヴァロも何度もしている。
あっさりと話す少女をみてヴァロは複雑な気分になった。
「あなたはどうして・・・この結界の中でも使い魔を使えるの?」
「…そうね。結界の力を使っているといえば分かる?」
「結界における管理者の権限行使・・・本で読んだことがある。
この規模の結界なら・・・可能かもしれない」
フィアと呼ばれた少女は一人で納得していた。
「その通り。かなり優秀ね」
「優秀なんかじゃない。私は・・・落ちこぼれよ。だから・・・捨てられたの」
「まだ若いのになに言ってるの?あなたはまだこれからでしょう」
フィアの言葉にヴィヴィがあきれた様子で答える。
「ねえ、あなたはそれをどこの結社で教えてもらったの?」
その問いにフィアの表情がもとの硬い表情にもどるのをヴァロは見逃さなかった。
これではヴァロのときと同じだ。
「お姉さん知りたいな」
「・・・」
ヴィヴィは頭を抱えた。
「あなたの所属していた結社の名前を教えてくれれば、
できるだけの便宜ははかるわ。必要なら取引してもいい」
どうやらヴィヴィは聞き出す手段を会話をあきらめ、交渉に変えたようだ。
「見返りは保証するし、牢から出してあげられるかもしれない。
大魔女の名に誓って絶対あなたにとって不利益になるようなことはしない」
ヴィヴィとフィアは黙ってお互いをみつめる。
沈黙を破ったのは少女のほうだった。
「・・・仲間をあなたは売れるの?」
フィアの言葉がすべてを物語っていた。
彼女は幼くても一人の魔女だ。
「裏切られても・・・それでもあなたは・・・」
「・・・」
少女は答えない。
「愚問だったわね」
ヴィヴィは頭を振った。
彼女はこれ以上は彼女からは何も得られないと判断したのだろう。
「ありがとう、フィア。今日は久しぶりに同胞と話せて楽しかった」
そういうとヴィヴィは少女に背を向けた。
彼女から引きだせるものは何もないと判断したのだろう。
「あなたあの時私をつれてきた人よね」
ヴァロがその部屋を出ようとすると少女が声をかけてきた。
彼女の言葉はヴィヴィではなく、自分に向けられたものだということを知り少し驚いた。
ヴァロと少女の視線が合う。
「・・・なんであの時私を殺してくれなかったの・・・」
今にも泣き出しそうな眼差しで彼女はヴァロを見据えていた。
ヴァロは逃げるようにその部屋を出た。
ヴァロは魔女(?)と一緒に見張りをしていた。
見張りがもどってくるまであと四半刻ある。
周囲はお昼で目の前を何人か横切っていく。
「うまくいかないもんだ。同族のよしみで答えてくれるかと思ったけど・・・」
人気が無くなるのを見計らって、ヴィヴィがぼやいた。
「結社を知ることはそんなに重要なことなのか?」
「・・・まあね。所属していた結社が分かるだけでその魔女の魔法の系統がわかる。
系統がわかればどんな魔法を使えるのか知ることができるわ。
それに今回の場合彼女を捨てた結社、なにかひっかかるのよね」
そういうと魔女は何か考え事を始めたらしく、黙ってしまった。
窓から見える空には雲が他人事のように浮かんでいた。
どこかから聞こえてくる人の喧騒がすべてが他人事のようだ。
騎士団で流れている時間がここだけ切り離されたかのよう。
「・・・なあ、魔女ってのはみんなあんななのか?」
ヴァロはうわのそらで魔女に話しかける。
「あんなっていうと?」
「なんか生きることを投げてるって言うか・・・」
「そうね・・・あの子は特別。所属していた組織に捨てられたんだもの」
所属していた組織に捨てられたという言葉がヴァロに重く響いた。
「・・・魔女だって基本は人間よ。裏切られたり、捨てられたりしたら当然傷つくわよ。
まして今まで信じてきたものに裏切られたら・・・」
「人間・・・人間ね」
「・・・お前もそうなのか」
「・・・そりゃーね、意外?」
「まあな。俺は今までお前らはそういうのとは無縁な存在だと思ってた。
魔女っていうのはもっと・・・なんつうか・・・超越した何かだと」
魔女も人間だとは考えたこともなかった。
魔女は人間とは別次元の力を行使し、人間とは違った考えのもとに動く何かだと考えていた。
「こらこら、人を勝手に超人扱いするんじゃない。
私だってご飯は食べるし、排便もするわ。朝は弱いし・・・というかなに言わせてるのよ」
ヴァロはこのどこか抜けた魔女に笑いかけた。これがもし演技だとしたら舞台俳優にでもなれるだろう。
ヴィヴィは怒ったのか顔をあわせようとしない。
「でも・・・本当に超人だったらよかったのにね」
ヴィヴィのそのつぶやきはいつまでもヴァロの耳に残った。
ヴァロは自分の寮部屋で机に座り腕を組んでいた。
仕事もどうにか片付いて、
幸い空には月が出ていて、ろうそくも必要ない。
「・・・おい魔女起きてるか?」
使い魔の頭を小突いてみる。
「いきなり何よ」
その使い魔は胸ポケットから頭を出すと、机の上に降りてくる。
そのしぐさはまるで本物の鳥のようだとヴァロは思った。
「大魔女ってなんだ?フィアと話していたときに気になってな」
本当はどうでもいい話だった、ただ話して気を紛らわせたかっただけだ。
「その質問に答えるにはひとつ質問をしなくてはならないわ。
ヴァロは魔女の始まりの話を知ってる?」
「ああ。第三魔王クファトス=ルゥーが人間に自分の力を人間に分け与えたのが始まりだと聞いてる」
こんなことは歴史を少しかじった者ならすぐ分かることだ。
「そのとおり。魔女の起源というのは第三魔王が始まりとされる。・・・大魔女というのは第三魔王の実子なの」
「魔王の実子・・・」
魔王認定者というのは教会が魔王と公式に認定したモノたちのことだ。
その存在は人類の仇敵とれされ、その存在は疫災を撒き散らし、人類を未曾有の危機に陥れると言われえている。
現在魔王認定者は九名。四十年前に北の大地に出現したのを最後に確認されていない。
ヴァロは話には聞いていたが、御伽噺じみていて絵空事にすぎないと思っていた。
「大魔女の実力は歴代魔王認定者に匹敵すると聞くわ。
現在の魔女の社会ではいろいろな派閥があるけれど、大魔女を中心にまとまってる。
もとは三人いたのだけれど、今ではもう一人しかいないのだけれどね・・・。」
「魔女の社会か・・・」
その言葉にヴァロは怪物の作り出す社会など考えもすらしなかったことを思い知る。
自分は怪物とみなして彼女たちを人としてみていなかったのではないか?
「・・・なあ、死にたいって思えるほどのことってなんだ?
どうしてあんな年端もいかない少女がどうしたらあんな目をできるんだ」
ずっとまぶたに焼き付いて離れない。
見るんじゃなかった。見ちゃいけなかった。
ヴァロは心底そう思った。
あの少女はすでに死を受け入れている。
どれほどのものを見ればあんな言葉を発することができるというのか。
「あんたらの社会は歪んでいるよ。あんな少女一人を・・・まるで生贄じゃないか」
ここで自分が言っていることはただの八つ当たりにしか過ぎないであろうコトは
ヴァロ自身も分かっていた。
魔女と言うレッテルを貼り付け、彼女を見捨てているのは自分の社会も同じのなのだから。
「なんでだれも助けようとしない。どうしてあんな風になるまでほっておける?」
言葉にしている自分自身が嫌になってきた。それが起こる事は魔女の世界だけではないのは知っている。
自分が無力であることをあらためて確認するだけだ。
「・・・つらいのね」
使い魔を通して覗き込まれている気がした。
魔女の言葉にヴァロは少しだけ冷静を取り戻した。
「・・・ずっと考えてた。俺は彼女のために何ができるだろうって」
そして、自分でも驚くくらいその言葉はすんなり出てきた。
「俺はあの少女を助けたい」
「覚悟はできてるの?あなたのやろうとしているのは騎士団への反逆行為になるのよ」
「覚悟がなければ、ここまで悩みはしないさ」
ヴァロとヴィヴィはしばらく見つめあう。
その間は一刻にも感じられた。
「・・・よろしい。なら私も手を貸しましょう」
使い魔を通してだが、ヴァロは魔女が微笑んだような気がした。
「あらためてよろしく。騎士様」
魔女が手の変わりに羽を差し出してきた。
その光景は二度目だが、ヴァロに全く別の光景に見えた。
その手は仮初の手ではあったけれど、その日自分がその手をとったことはずっとわすれないと思った。
「よろしく、魔女殿」
それが今回の事件の本当の始まりだったと気づくのはもう少しあとの話である。