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進化の系譜  作者: 数貴
一章 はじめて神様に願う時
16/37

何で今ここにいるんだ!

 僕は姉さんに出会うまで幸せを感じた事が無かった。

 僕には血のつながった家族が四人いた。

 父さん、母さん、兄さん、そして僕。

 生まれてすぐに僕は捨てられていて理由は今では知る事ができなかった。

 売られたのか道端に置いていかれたのかどちらかも判らない。


 さかのぼって記憶が残っているのは三歳になった頃に薄暗く石で囲まれて鉄柵で入り口がふさがれている牢屋のような部屋で毎日を過ごしていた。

 服は着ておらず、周囲あるものは布切れ一枚、食事は一日一食仮面をした誰かが運んできていた。

 毎日を同じ風景で過ごしていた。


 五歳になる頃鉄柵越しに仮面の奴が僕に言葉を教え始めた。答え方を間違えると小石を拾い僕へと投げつけてくる。


 それから二年後に言葉を覚えて僕のギフトが何かと仮面が尋ねてきた。魂に刻んであるらしいけどなんだか最初はわからなかった。でもその日僕自身についてはじめて考えた。

 僕は何でここにいるのだろうと…。

 仮面から家族に売られたときいても何も感じなかった。

 今生きているのさえ夢のようだった。

 そして考えていただけなのに僕の知らない言葉を僕は紡いでいた。

 それが真言だと言い残して仮面の奴はその場をすぐに去っていった。

 別の研究所にある施設が壊れてしまっているのを悔やんでいると僕にぼやいていたが、次の日から実験が始まった。

 どうやったらギフトを扱う事ができるか?

 僕のギフトは相手に一回でも見たい触れたら発動できる。

 効果時間はどれくらいか?

 見える時間と言うより期間で約一週間前まで見る事ができる。ただし亡くなる日に近くなるほど詳細に見えて、遠いほどおぼろげに見える。

 何度も何度も僕はギフトを使った。何度も何度も誰かの死を鉄柵越しに見ていた。

 見るのが僕の役目。殺すのは仮面の役目。


 十歳になる頃、目が覚めて鍵が掛けられてあるはずの扉が開いていた。恐る恐る外へでて縦横無尽へと広がる通路を何度も迷いながら当てのない経路を突き進んでゆく。

 まるで今までいて忽然と消えたように中途半端に残されている物がある、料理の最中、記載中の筆、部屋に半分だけともされた灯り、一体何があったのだろう?

 果てのない通路を通り日が差し込んでいる扉をやっとのことで見つける。扉の向こうから誰かの喋り声が聞こえた。

 この先は外なのだろうか?

 恐る恐る扉を開ける。僕にとって初めて知覚できた太陽の日差しであった。

 体をほてりさせ、ずっと屋内にいたせいか白い肌にヒリヒリと感じさせ、余りある眩しさにふらつき、まるで僕に外へ出るなと言っている様な気持ちにもさせた。

 目が慣れて周囲を見渡すと僕以外に少しだけ年上の少女がこちらを見てきた。


「あなたも牢屋にずっといたの?」


 少女の言葉にコクンと頷いた僕は話を聞くと全く僕と同じように生まれ、育って、捕らわれていたらしい。

 特にそれ以上喋ることの無かった僕達は風景を見渡していた。

 山の大地に鉛色の扉が隠されていたように寂しく添えられて、空は手を大きく伸ばしてもつかめないぐらい広く青く、ふもとは平らでやわらかな緑の草原が広大で、遠くに僅かに見える街並みは色彩に溢れている。僕の初めての世界は輝いていた。

 僕はその輝きが怖く、つらく、何も知らなかった。そして突然と涙が流れ出しその場へ立ち尽くした。

 今までの僕は何だったのだろう…

 これからの僕はどうすれば良いのだろう…

 何のために生まれてきたのだろう。

 自分自身の問いに答えが判らず更に寂しさがあふれ出してきた。

 するとふっと僕の体を包むように少女が僕を抱きしめた。


「安心して…大丈夫だよ。一人じゃないよ」


 少女も涙を流していた。僕と同じように触れて伝わる体は震えている。


「大丈夫…大丈夫…」


 ただし僕との違いは少女の優しさだった。ゆっくりと頭を撫でて、体に触れて僕の不安をさせないように必死に僕を救ってきた。


 泣いて、抱きしめられてどの位時間が経ったのか分からないぐらい僕は慰められていた。

 やっと落ち着いてきた僕に少女は気を遣うように喋りだした。


「名前教えてもらえるかな?」


 名前を名乗ったことは無かったけど仮面からどう呼ばれていたのは覚えている。


「ソウ…」

「ソウ君…うん覚えた!私はフロウよろしくね」


 フロウと名乗った彼女から呼ばれる僕の名前は優しさ澄み渡り、今まさに生を受けたように親しみをこめられて暖かく呼ばれた。


「……よろしく」

「うーん…じゃあソウ君今日から私の弟ね!」

「えっと?」

「私も一人じゃ寂しかったんだ。でもソウ君と一緒なら安心…かな?」

「何で疑問系なの」


 口が緩み小さく僕は笑った。年上の少女は僕が笑ったのを確認すると喜んだように顔をほころばせた。


「やっと笑ってくれたね!ほらほらそんなくらい顔してたらせっかく可愛い顔が台無しだよ」

「僕男だけど!」

「えーっと…でも可愛いよー」

「別に良いですけど…」

「それじゃあ遠くに見える街?なのかなたぶんそうだよね?あっちに向かおう。そうそうご飯と水も持ってきたから」

「それって盗んできたんじゃ?」

「借りたの」

「食べる物を借りるって」


 先ほどより大きく僕は笑った。彼女は顔を膨らませて怒ってはいないが仕方ない様な顔をしていた。


「それじゃ行こう?」


 僕に手を差し伸べてくれたのは彼女が初めてだった。僕に大事な物をくれたのは年上の少女だった。


「わかったよ姉さん」


 僕には血の繋がりは無い優しい姉さんが出来た。


 そして数日後僕達は家族として今の孤児院に入ることになる。



※※※


「はっ…はっ…」


 仕事を投げ出して僕は孤児院に待つフロウ姉さんの元へと走る。

 もっと早く教えておけばよかったと悔やみ苦しい表情を見せる。今から街自体から逃げ出せば今日の夜に殺される時間には十分間に合うが、追われてしまったなら何の解決にもならない。

 別の誰かにでも伝えておけばこうはならなかったのかな…?

 孤児院のみんなや姉さんには未来を変えるギフトとは伝えてはいても僕自身が手を汚している事は知らないし、知ってほしくはなかった。

 でも…それももう無理みたいだ。僕だけじゃどうにもならない。

 サイリス公爵にも頼めない。殺しの依頼なんてこの街に住んでいる僕では早々に出せない。

 家族だから…ちょっとだけ頼らせてください。

 お願いだから…。


「姉さん!」


 孤児院の入り口を開口一番に大きな声で叫ぶ。まだ訪れない未来だけども不安になっていた。


「どうしちゃったのあわてて?」


 大きな木おけに水と皿を入って一つ一つ丁寧に皿を布で拭いて並べていた。どこにも行っていない事に安心をして勢いのまま姉さんに近づく。


「仕事は休憩なの?」

「姉さん――。あ…その……」


 なんて言えば良いのかどう伝えたら良いのかさっぱり判らなかった。言葉にしようとしても声がはっきりと出ない。緊張、後悔、不安などを想像してしまってか最初の勢いもしぼんでしまっていた。


「あの…それが姉さんが…どうしたらいいかって…えっと違うんだ。姉さんがね…ごめんなさい…ごめんなさい………」


 頭が真っ白になって次にするべきことを忘れて泣きじゃくって謝っていた。

 もうどうしたら良いかわからないんだ。

 どうやって救ったら良いかわからないんだ。

 泣いていた僕をはじめて姉さんの前で泣いた時と同じように優しく抱きしめられた。

 

「大丈夫。姉さんがソウ君を救ってあげるから」

「…ごめんなさい…ごめんなさい」


 昔と何も変わらない、いつだって慰めてくれる。

 僕は他よりも賢いと思っていた。

 要領よく、夢は見ないで、現実的な意見を通し、大人に負けない知恵がある。

 そう思っていただけの甘えていたただの子供だった。貧乏で、無力で、大人に護られていた。孤児院のみんなに、姉さんに護られていた。


「私は弟の事は信じるし助けたい。隠されるのも悲しかったよでも頼ってくれて今は嬉しいんだ。だって私も一人じゃ寂しいからね」

「……ごめん」


 一人で何でも叶えられると思っていた。勘違いしていただけの餓鬼だった。


「だからね泣くときは一緒に泣いてあげる。悩むときは一緒に悩んであげる。嬉しい時も一緒に喜びたいの私は」

「…ごめんなさい…うん」


 僕は正しくはない方法で姉さんを救おうとした。姉さんは正しい行動で僕を救おうとしている。

 僕以外の答えがあった。それを僕は今まで無視をしてきた。

 姉さんに会うまでは僕は諦めていた。

 諦めてはいけなかった。ただ一緒に話をするだけでよかった。

 姉さんの腕の中で溢れる涙をこらえるように目を閉じて、それでも溢れる涙を優しい手で拭ぐわれた。


「家族だから当たり前だよ、弟が困ってたら傍にいてあげたいの」

「うん。……僕も…僕も一人じゃ寂しい」


 見開いた目は真っ直ぐに、僕ををうれい、愛し、傍にいる。

 僕達は家族だ。

 実感した体が火照り、涙も止まって、頭がすっきりしたように気分も同時に軽くなった。


「一人よりも二人のほうが絶対良いからね」


 二人で考えたらもっと良い考えが浮かぶはずだ。


「救いたいのに救われちゃったよ…なんだかあべこべだ」


 僕が姉さんを救わなくても良い。誰の手だとしても姉さんが救われたらそれで良いんだ。

 姉さんが姉さん自身を救っても良いんだ。


「ふふん、それは私が綺麗で素敵なソウ君の姉さんだからね」

「うん知ってる…ありがとうもう離してくれて良いよ。それで姉さんに聞いてもらいたい事があるんだ」


 僕にとって姉さんは救世主だ。

 姉さんにとっての救世主になりたかっただけだった。

 悩む必要も、うらやむ必要もない。

 大切なのを護るのは一人ではなくみんなで護ったほうがそれはきっと素敵だ。


「えぇ聞くわ」


 …でも僕は遅かったみたいだった。


「ご歓談中に申し訳ないなお二人さん」


 入り口から壁にもたれながらパチパチと嫌味のように拍手を送られてきた。今日だけは見たくはなかったその卑しい顔を、その鍛えられていた腕を、その姉さんを突き刺した剣を…。


「何で…」


 その時は太陽が沈んでいる時であるのを僕は知っていた。しかし今はまだ太陽は真上で街を、僕らの世界を日が差し込んでいた。


 セイン・グロスは剣を携えて孤児院へと現れた。


「急に予定が変更されちゃってねえごめんなぁ。折角の良い話している最中で悪いねぇ」

「何で今ここにいるんだ!」


 今ここにいるのは知らなかった。

 姉さんをかばうように前に出て手で塞ぎ隠し、歯をかみしめて緊張しながらも体に力が入った。


「今ここに?はっ噂には聞いていたけど予知能力者だったっけか。でもまあ俺が何でここにいるかわからないのならそれもまがいなんじゃないの~?」

「それは…」


 奴がどこでどう来るのは見ていなかった。

 僕が知っていた事は彼が教会で姉さんを夜に剣で殺すこと。


「悩んでるなぁ少年。別に少年に用があるわけじゃないんだし判ってるだろうけども教えてやろうか?」

「お前の話なんて聞きたくない!!」

「すっげえ敵意むき出しって感じだなあ。この前とは全く印象が違うけどこっちのほうが良い顔してるぞ」

「――――」

「少年の事は知ってたからな。にしても教育しようとしたけど失敗したからかこうなってるわけか…」

「…失敗?」

「いや別に?こっちの話だ。つまり予知で見ちゃったわけだ?俺がシャイン・フロウを殺すのを」


 何が起こっているかがわからなかったシャインに向けられたがふに落ちない顔で疑問符を浮かべていた。

 それでも僕が警戒しているのがわかっていてるのか奴を姉さんも探るように見定めていた。


「えっと…私を?」

「そんな事はさせはしない!」


 絶望する未来なんか見たくはない。

 失う世界を掴みたくはない。

 僕の希望を守りたい。

 彼の言葉をきかせたくは無かった僕は明らかな殺意で向けて彼をにらんだ。


「なるほどなやっぱりか。少年よ後学のために神の信徒であるこの俺が教えてやるが予知って言う未来を見るのに重要な事はいつ?どこで?なにを?したかが重要になるがもう一つ知っておかなきゃならない事があるんだよ」

「……」


 何となくはわかっているのか僕は口には出せないでいる。


「それはどのようにだ。見た未来は俺がこいつをどの時間帯で、どの場所で、どう殺したかを知っているはずだがじゃあそれまでの過程は?っと未来を見る長さも重要になるんだよ。僅かな時間しか見えないのならそれなりの対応でどうにでもなるからな。まあだからこそサイリスに頼んでたんだろうけどな。当てが外れて悪かったなこっちが優先順位が高かったんだよお偉いさんには」


「優先順位なんかで…」


 優先順位なんかをつけるお前達は何様のつもりだ!みんなに価値をつけるなんて間違ってる!


「おいおい年上に教えてもらったらありがとうって言うべきだろう?近頃の子供は教育されてねえなあ」


 姉さんの手を掴み裏口へと向かって行く。セインの話はもう聞きたくはなかった。


「逃げよう姉さん」

「わかったわ」


 大広間から台所への扉を開き彼の視線から遠のくように体が早く動いてゆく。


「おいおい逃げんのか?面倒なことさせんなよ。それに逃げてるから殺されてんじゃねえの?」


 もう彼の言葉に返事が返ってくる様子はなく、呆れたように頭をかいているが口がニヤリと汚くゆがんだ。


「しょーがねーか時間も掛けてられないからな」


 偽名のセイン・グロスは自分自身の真言を唱え始めた。


『貴方を不変な掟で戒めよう

  私の愛は鎖である、ゆえに貴方は幸福である

   全を束縛する生の道を、運命のない滅びの道を

    この世界はゆがんでいるから、私の世界は私だけの物だから

     神のみ私を咎めれられる、なぜなら私は鎖なのだから』


 太い鎖が広間中に床に、天井に、壁に、空中に無数に生まれた。


「テミス・ジシバリ」


 姉妹二人を追うように扉から這いより、重苦しく動く鎖の音が、鎖同士が擦れる音が、似ても似つかわしくない交差する動きで猫が獲物を襲うように素早く動いていた。

 鎖が追いかけた先に何か重い物が倒れるような音が二つ響く。


「はっ!少年!もう一つ間違っていることを言ってやろう!」


 離れている姉妹に聞かせるように、倒れたものを見に行くようにセインはゆっくりとそちらに向かって歩いている。

 広間を抜けて台所に入り、その更に奥の扉の前には鎖で縛り付けられた姉妹が倒れこんでいた。


「それはだな自分自身のことを予知できないからだ。お前がいなければ別の結末だったかもな」


 セインは身動きが取れないソウを足で踏みつけてしっかりと自分の話を聞かせるように笑いながら声を下へとたたきつけた。


「離せよ!」


 精一杯の抵抗か彼の足を噛み付こうとしたが簡単に避けられてしまった。


「それじゃあお嬢さん?少年の命は助けてやるよ。だからって別にお嬢さんの命をとろうと思ってるわけじゃないただ少し首輪をつけるだけだ」


 そいつは姉さんを今日殺すからここにいる。絶対に奴から離さなきゃいけない。


「信じないで!!」

「うるせえなあ。ただの無能が気張ったところで何も出来ない、さっさと子供は寝ていろ」


 僕の首を絞めて体全体を空中へと浮かべる。鎖で縛られた体は身動きがとれず、力も入らない。

 何の抵抗もなく簡単に奴の思うがままになった。苦しく嗚咽をはくが彼は辞めはしない。


「あぐっ…がっ」

「やめて…乱暴はやめて!」

「付いて来るならやめてやるよ?」


 駄目だ駄目だ駄目だ――。


「行くから!付いて行くから…もうやめてよ……お願いだから」

「そうらしいぞ無力な少年?幸運にも神様はお前を見ているみたいだな。この場から生きてやり過ごせるみたいだぞ」


 見上げる僕を面白がって更に口をゆがめる。

 嫌だ嫌だ嫌だ―――。

 行っちゃ駄目だ姉さん!


「早く離してあげて!もう良いでしょう」

「そうだなっと…っとと」


 彼に壁にぞんざいに投げられて体全体に衝撃が走った。

 姉さんが彼に文句を言っている。対してセインはどうって事のないような態度を見せている。

 もう何をいっているか朦朧もうろうとして聞き取れてなかった。


「ちくしょぅ………」


 ここで僕の意識は途絶えた。

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