冗談にしては笑えませんな
目が覚めて喧騒があるこの街の朝。見慣れてしまった、聞き慣れてしまった日の出だ。
昨夜のソウ君はしばらく混乱していたかのように周囲を見回したり、ぶどう酒と水を間違えて飲んだりと彼らしくは無い。何かに気がついたような視線は忘れられない。ソウ君の目に映るものは私から見たら恐怖に怯えていた子供であった。
シャイン自身もそのことを何かしら感じたのか珍しくお酒を飲むのを切り上げて一緒に孤児院へと帰っていった。その時のソウ君はずいぶんとホッとしていた様に手をつないで帰っていった。
「考えてもどうしようもない事だな」
やるべき事をやってこの街から消える。私が次にやるべき順番サイリス公爵のもとへ地図を渡しにいくこと、前もって連絡もしておいてカーフ商館での会合となっている。
「ふう」
椅子に座ったままで眠たそうに目頭を押さえて首を振る、腕を上へと伸ばし大きく息を吐く。腰は重く立ち上がるのを拒絶しているかのようにゆっくりと体を立たせる。
これから朝食を取るために一階へ降りて注文をする。いつも通りの事のはずだが足取りも遅く歩幅も心なしか小さい。
何時からだろうこんなにも憂鬱な表情をしてしまうようになったのは。
食事を取る気力も出ないのか銅貨を二枚カウンターに置いてかごにいくつも添えられていたキープの実を一つだけ取り、食べ歩きながら出口へと向かった。
細胞を覚醒させるように輝く太陽を今の私はうざったく感じている。目を細くし見上げても気分はやはり上がらない。
チラッと横目を通るように誰かが私を見ていた。気配だけしか感じられないが今までと同じようにサイリスかペンターの密偵だろうな、分かってる今からそっちに行くから待ってろ。
僅かに見せた威圧行為により視線の先の気配が消え去った。特別なことをしてはいないが空気の揺らぎの変化を察知したのならばそれなりの人達なのかもしれない。
「けど意味がないな…」
相手に対して呟いた言葉なのか、自分に対しての述べた言葉なのか曖昧な表情を浮かべてカーフ商館へと歩き出した。
※※※
僕ははじめて神様に心から願った。
「―――どうすればいいの」
何故こんな事になっているのだろう。姉さんを殺す人物が分かった、それならその人物を殺せばほらもう解決だった。
簡単に考えていた、有力者との協力も得て自信ががあった、今までの経験もあった、けれどそれは間違いでただの慢心だと気がつかされた。
セイン・グロス…殺す人間のはずだけどこう甘く考えていたのは何故だろう。シャイン・フロウ姉さんはこの街では皆から好かれていた、街には多くの利益も出していた。それなのに姉さんを殺す人物がこの街にいると言うことをもっと考えるべきだった。
「クソッ―――」
いつもならここまで熱くはならない、知らない人物の未来で実験していただけだったから。もしかしたらサイリス公爵、ペンター侯爵からの殺しの指示ではなくセイン独断の偶発的、突発的な事故だったとしても現に死の未来が見えている今、未来を変えれる僕自身が不用意な行動はできないし一定期間拘束されてしまったら回避する事もできない。それにもし…本当に依頼されていたのなら……。彼らがどの様な先を見ているかは僕には分からなかった。
今の僕に見えた未来は、姉さんが刺される、セイン・グロスが刺す、人がいない教会で日差しが差し込んでいないで時間帯の未来だ。
何も出来ずにこのまま見ているわけには行かない、僕だけでやれることを考えなきゃいけない。
いてもたってもいられずに白い歯が目立つお店の主にしばらく休むと伝えて孤児院に待つ姉さんの元へと走った。
僕はいまだ大切な人の傍にいることぐらいしか思い浮かばなかった事に呼吸が苦しく感じ胸が締めつけられているようだった。
※※※
目的の商館の扉を開けると隅に整頓されて置いてある荷物にまぎれて目の前には一人だけポツンと複数のでかい長方形テーブル囲まれて天井は高く広大な部屋の中心に寂しげに誰かが立っている姿が見えた。
昼時の商会は稼ぎ時で人がごった返している印象であったのだが、とても静かだがたった一人の存在によって異質の雰囲気を出している。彼の目は釣り目で鋭く、痩せ型長身で張りが良い服装を着込み、白髪とヒゲが老けが目立たないような形に整えられている。体のどこかに守銭奴などと張り紙でもつけてくれればすぐに彼の名前が分かっただろう。
「ようこそ。お待ちしておりましたノーレン・サイリス・フォン=リスタと申します」
「イルミスです、はじめてお会いいたしますが毎日のようにサイリス公爵の名声が耳に入ってきておりました」
「こちらとしても他国の人間の噂を聞きつけてお呼びし、ご足労させてしまい助かりましす」
「そちらの配慮もあり道中は整備されてこの街に逗留している時も毎日楽しくやらせていただきました」
「快適に仕事されていただいたのなら安心致しました。それでは早速ですが品物を拝見してもよろしいかな」
こういったやり取りを省略させてくれれば貴族をそこまで嫌いになる人物はいないのではないだろうかといつも思っていたりはする。
ゆるく縛っている組紐をほどき自分より背丈より大きく書かれた紙が一枚テーブルにも収まりきれてはいなかった。
地図を置くと予想されてこのテーブルが並べてあるのだろうが誰も座らない卓だと寂しい違和感だけが残った。
「こちらがまずこの街を中心とした地域全体像です。詳細はまた別にございますが主な国の使用目的は軍儀、閣議などで国全体の民をどう動かすかの相談をこちらで行うための地図と思ってもらっても構いません」
「例えばどの様な時だ?」
一拍を置いてから街の中央から十字に伸びている道をなぞりながら説明をしていく。
「例えば災害の際での全員を退却させる時のルートを決める時、他国から攻め込まれた時に対しての民全体の防衛指示などです」
「細かい所が載っていないのだろう?細い道から攻め込まれた時対応が出来ないではないか」
「えぇですからこれで指示を出すのは王や軍トップ存在や高官などの地位におられる方だと思います、その指示を中間管理職にまわしこちらはまた別の地図を見てから判断いたします」
「別の地図とは?」
「こちらですが数が多いですよ」
先ほどより小さいがそれでもテーブルに三枚づつしか置けず他のテーブルも移動させて九枚ほど正方形が出きるように並べた時点で他は重ねて別のテーブルへと置いた。そこから更に組紐を解き同様に九枚置いて並べまた余りを別へ置いた。ただし余りと言うには厚みあり二組合計で二百枚以上は重ねられていた。
「こちらが一部となります」
二組を見下ろしたサイリスは眉をしかめた様に二つを見比べて答えた。
「同じ地図が二枚あるが?」
「それは同じでは無くて所有権管轄地図と実質的財産区画地図ですね。書類上の土地、建物持ち主と実際の割り当てはこうであると言う誤差を記載してある地図です。全く同じになるというのが理想ですけど、やはり悪意は無くても以前から荷物置き場にしていたり、植えている木が自分の土地からはみ出ていたりと人々によって認識に差がありますから記載をしておきました」
再度見直して口に手を当ててしばらく考えていたのか違いを見つけたのか納得するように頷いた。
「なるほど」
「それとこちらには詳細な道筋や水の配置なども書いてありますので区画ごとに管理してある者に地図の写しを渡してください。全部を渡さなくても大通りまでの区画分までで十分でしょう」
地図に関しての説明が終わったので広げた地図を全てまとめてテーブルの上にサイリス公爵の前に置いた。
「ふむっ…えぇほんとに文句のつけようがないです。素晴らしいできですね」
「ありがとうございます」
今回の依頼に関してはやっと終了か。でもここからが問題なんだよね。
「それでは品物は確かに頂戴いたしました。遺跡探索の件に含めまして追加と報酬はどうされます?ある程度の望みのものならかなえますよ」
「物では無くて、どんな事でも良いですか?」
一瞬怪訝そうな顔をしたがすぐに微笑を取り戻し会話を戻した。
「私にできることなら地図にしても遺跡にしてもとても最良の形でございました。一商人としては恩人には投資をいとわないのですよ」
一商人としてね…ただ商人としての枠組みを越えているので守銭奴と言われ続けているのだろうに。それにこれからは交渉したいわけでもない、どちらかと言えば脅しに来ているのが今の私だ。雰囲気が一変して重圧感のある場へと変わる。
「一先ずはこの他の視線を消してくれませんか?」
「……悪いのですが私の護衛もかねていますのでこのままお話ください…それでひと気を避けるほどの話なのですか?」
サイリス公爵が腕を右手を軽く上げて隠していた護衛を悪いそびれもなく柱と天井から四人ほど降りてくる。全身は黒い服で覆われて目と体格ぐらいでしか誰だか判断が出来ない。
「まあ良いですけど。今回の追加報酬につきましては又地図製作の分の報酬も要らないですから私がこの街ですることを見なかった事にしてもらいたい」
「どういった意味ですか?」
すでにサイリスは感情を表に出さずただ人を射抜くような視線を私に向けて一挙一動を見逃さない様に何かの隙を見つけ出そうと敵意に近い感覚を遠慮なく向けていた。
「サイリス公爵は頷いてくれるだけで良いんですけど」
「これでも商家なもので簡単にはいとは頷けないのですよ」
「私はこの街の人を殺そうと思ってます」
更に私への警戒心が上がったのか左右にいる黒づくめの四人はピクリと反応を示してボソッと何かを喋っているかのように聞こえた。
「―――冗談にしては笑えませんな」
「冗談ではないのですけどね、責任はこちらが受け持ちますから」
「イルミスさん貴方はまだ酔ってるのではないのですか?」
サイリス公爵の顔は微笑をうかべていたが鋭い目を更に細くして私を哀れんでいるようにも見えた。
そんな目をされても仕方がないかのは判るが、次にする事が顔に出すぎだろうこの人は。
「正常ですよ。それで返答は?」
「……残念ですよイルミスさん、予定よりも早いですけど本当に残念です」
返答はサイリス公爵の手を挙げて人を払うような動作だった。
そして彼ら黒尽くめたちは動き出した。
しかし同時に私も唱える始める。
「千槍」
四人同時にショートソードを取り出し私に向けて振るってくる。私はそれを上へ飛んで避けるが二人が残り二人の肩を使い更に上へとのぼり前後から横なぎに振り払う。
『私は一つではなかった』
六角形のした亀の甲羅のような透明で色素が無くなったような膜がガチッとはじくような音を立てて剣をはじく。下の二人が何かをすでに唱え終わったのか木の板から木製で出来た鷲が召喚されて一見して五メートル以上の大きさの物がこちらへ真っ直ぐ回避できないスピードで突っ込んでくる。
『私の槍は千となる、私の魂は唯一つ』
突撃してくる方向へと手を伸ばしながら自分の肉体から火が舞い上がり炎化させた自分の肉体を幻影として見せる。木でできた鷲はそのまま陽炎へと突っ込んで一瞬で燃え尽きた。そのまま更に柱へと私へと飛び下の四人を見据えた。
『全ては強さを求めたため、すべては敵を払うため』
壁に着地したのを狙い済ましたかのように今まで隠れていたのか横から一人徒手空拳で私に向かってくる。幻影も用意する暇がないので身体強化させた腕で彼のこぶしを受ける。
「貫通」
すでに襲い掛かる彼は真言を唱え終わっていたのか一言それだけを述べて殴りかかってきた彼の拳からは強化させた肉体を関係ないように左腕を折られそのまま彼に更に上へと蹴り上げられた。
苦々しい顔を浮かべたが次を対処するために左腕に木の精霊をまとわせて折れた腕を固定させる。
『個の力は死を招き、集の力は生を受ける』
天井を破り三段構えだったのか更に二人の黒尽くめが侵入し緑色をしたオーラがまとわり付いているナイフを二人して私に突き立ててきた。
『貴方の思いを全て裂く、私は才能に挑む者』
そして”真言”全て唱え終わった私は七人の黒尽くめたちに向かって千の槍を刺し続けた。
まずは一番近くにいるナイフを持っている二人を空が見えている天井から頭、手、足、腕、肩、心臓、を狙うように各個に十ほどの槍を落とす。心臓と頭と片腕はそれぞれ防いだがそれ以外が突き刺さり地面へと縫い付けられる。
徒手空拳の者はそのまま私に挑み進んでくるので先ほどと同様の場所に視線で狙いをつけて誰の手も借りずに多数の槍が空間に生まれ投槍のような挙動を見せる。正面から彼は全ての槍を弾き、払い、回避して私に突き進んでくる。
そして拳を前に出して私を狙いを定めるようにこちらへと向かってくる、しかし一瞬私に突き進むスピードが増えたかと感じたがうめき声を上げてそのまま何かのバランスを崩したように下に倒れこんだ。落ちていく彼を冷たく見下ろしていると彼の背面にも十の槍が刺さっていた。
更に残りの四人の黒尽くめに向かって四方八方に浮かびだされた槍が彼らに向かって突き進み絶え間なく襲い掛かった。
大きい雨のように彼らに襲い掛かるが彼らは同時に半円球で全体を覆うように植物の結界を張ってそれを防ぐ。弾き、貫くことを許さない硬く、深い植物に対し何のお構いもないように百本、二百本、三百本と次々に植物に刺し傷を与え続けた。
数多の槍が串刺し続けていると何かが事切れたように植物が枯れ木のように朽ち果てていきその中に彼らは見えた。
四名はすでに力尽きて倒れている者、こちらを見上げ剣を落とし絶望する者、最後まで力を振り絞り膝を付きながらエーテルを放出するため片腕を上げている者、そして目をつむった者だった。
私は戦う力が尽きかけている彼らに遠慮なく残りの槍を突き刺してゆく。
※※※
眺めることしか出来なかった私は埃が舞い散るその広い部屋の中で先ほど渡された地図を握り締めながらひざが崩れ落ちていた。
目の前に広がるのは多くの槍。
部屋いっぱいに槍が埋められていて地面を見ることも難しいだろう。私を護衛していたはずの七名は合図をしても何の動きも見せなくなっていた。
「私を消したら地図を書き換えて自分の土地を増やす貴族がやりそうなことですよね。そう言う予定でしたか?」
「馬鹿な!こんなあっさり…」
どうしようもなく一変した状況にろれつが回らずただ呆然としているこちらへとイルミスが近づいてくる。
「小ざかしい知恵を働く者に必要なのは力が一番有効ですからね。サイリスさん別に貴方を殺したいほど恨んでるわけでもないのですよ、ただ私の言うことの聞いてくれればそれで良いそちらにしても都合が良いはずだ」
都合が良い?何てことほざくのだこの若造は!こいつは今何をしているのかわかっているのか!この私を見下しあまつさえ言うことを聞けなど――。
「二つ名持ちは確かに強いとは知ってるが…なぜだ!集めてあるこいつらは他国の宮廷魔術師を圧倒できるほどの数と質の強さを持って今まで敵を退いてきた!だがこうも呆気なく。それに貴方はギフトを……」
「ふに落ちないあなたに理屈を説明する暇はないし、危害を加える気もないただ頷いてください」
遠くへいっていた意識をすぐさま戻して商人としての損得勘定を思考させる。皮肉にも生死の判断とお金の判断は彼にとっては何時ものやり取りなのであった。
……彼の交渉を私は飲まなければ殺されるのは確実、ならば頷こうあの世でお金があるとは限らないのだから。
「―――」
口惜しいが仕方がない何ともいえない表情を出しながら私は頷いた。
「明日にこの街を出るから安心してもいいですよ、今後この街に来ないですし」
まだ交渉の余地はある。とは言っても悪徳商品の値下げの余地でしかないのが苦しいがな。
「こんな事を軽々しくしておいて…一切信用が出来ない」
「そうだね魔法証明しておいたほうが懸命かな?けど軽々しく命を奪おうとしたのはそちらが先でしょう?」
こちらとしても二度と貴様に会いたくはないとなれば魔法証明を記載してもらったほうが良いだろう。ふと見るとイルミスが古ぼけた紙に何かを記載してこちらへと渡す。
渡された物は魔法証明書であり本人の名前、証明する人物の名前、魔法封印する者の名前、認証内容が記載されていてこの街にはから出たら二度と入る事はできないと言う旨が記載してあり、また受理した人物はイルミスに関する全ての事を黙認を認めなければならない。などと記載してあるのを確認をして空白であった受理する者の名前に私自身が記載をしていく。
「貴様の発言を聴いて行動を見れば誰だってこうするしかなかろう」
少なくとも今回の件が終ればもう関わる事はない。安堵もあるが異質な強さを持った彼を味方に出来なかった事は見極めが甘かったとしか言い様が無かったのが悔しかった。
「今のことではない私がこの街に着てからずっと殺そうとしてたろ?イラつかせる様な監視の目それはあんたらの犬だろ?」
確かに貴様を始末しようと雇ってはいたがしかし…
「物事が起きてないのなら私は貴方を殺してはいないと同じだ。貴方に対して暗殺を頼んだ覚えはない」
まだやってはいないことの責任に対しては私は何も取れない、取られたくない。しかし認めなければ納得しないかもしれない少しばかりの反抗心は商人の意地であった。
「まあ良いけどね。それに次の状況によっては関係ない人まで殺すかもしれないしからな」
「…それで一体誰を殺すのだ」
さっさと殺して出て行ってもらいたいのは確かだが、その始末する相手が私か私を驚かせるような名前でないことを願うしかない。
「それは―――」
私は彼の言葉に頭を抱えた。
一体何を考えているのだこいつは。