準備はしてあるか?
僕の一日。
三人で共用して使っているベットから目を覚ましてから隣の二人を起こさないように上にかけてあるねずみ色のブランケットのこすれるようなわずかな音も立てないようにこっそりと皆が寝静まっている寝所から這い出る。
日もやっとわずかに昇りその明かりを頼りに台所まで場所を移し深い桶を二つ持ってから外へと出て行く。
外に備え付けられていた手作り感溢れる木の車輪の荷台にそれを乗せてこの街の共有井戸まで段差に気をつけながら進んでいく。桶に水をいっぱいに入れてまた孤児院の台所へ戻り再度別の桶を持って井戸へと水汲みの往復をする。
何往復か続けていたら気がついたら眠たそうに台所で椅子に座りながらジャガイモを剥いているシャイン姉さんとスープを煮込んでいる管理のおばさんがいた。
「おはようございます」
他の子供達を起こしてはいけないからなるべく小声で、それでも二人には聞こえるぐらいの大きさで挨拶をする。おばさんは返事を返してくれたが、シャイン姉さんは返事をするのも億劫そうだがジャガイモを持っているほうでひらひらと手を振り挨拶をした。昨日のお酒が残ってるかもしれない。
蒸かしたジャガイモ一つと味気のなさそうなスープをその場で素早く食べてやっと日が全部出た頃に孤児院を後にする。出掛けに「いってきます」と言うと「体に気をつけてね」と見送った。自分の体調を気にしてください。
石畳をひいてある広い道を走り抜け圧迫感があるような高い建物も通りこれから商売を始めるような露店をひろげ商品を並べたり磨いていたりと僕と同じ様に道を走っている小間遣いもたくさんいる。
また昨日の余韻が残っている旅人や夜通し飲んでいる席や景気よく客寄せをしている露店もあって今が朝なのか夜なのか判らなくもなったりしそうだ。
目的地に着いたのか足を止めてこれからテーブルや椅子の配置を並べ始めているおじさんに挨拶をする。
「今日もよろしくお願いします」
「おう!よろしくな。早速だが今日は鳥を使うぞ。キーファ商会に買い付けを今から行って来るから火を起こして準備していてくれ」
今日も白い歯がさわやかだ。
「はい承りました」
鳥なら血抜きはしてあるだろうからここで捌くかもしれない。簡易的に作ったカウンター兼台所の上に包丁を差してそのままにしておく。さて何で焼こうか?
鉄板、鉄網焼き、串焼きとかがあるけどお客さんに見えにくいかもしれない。
うーん・・・ブロックを組んで串を刺して回しながら丸焼きにしようかな。何時できるかが判り易いし匂いと見た目でお客も来るかもしれない。けどお客が多かったなら火が足りないから二つ作らなきゃいけないかな。急がなきゃ。小さく切り分けられてたら他のに切り替えなきゃいけないしすぐに準備しないと。
近くのお店の石屋に声をかけて幾通りか注文もする。道に火の後が残らないようにレンガをひきその上に炭を置く。肉を固定するためにブロック石を三段対称に積み長い串がブロックの間通るように石屋に削ってもらう。
こうやって焼くために二つ設置して先日使った鉄板と網も準備をして水を汲みに往復すると店主が鳥を木箱に敷き詰めて帰ってきた。隣には荷物運びを手伝ってくれたのか同様の箱を持ってきている商会の人間もいる。
「準備はしてあるか?」
「大丈夫です。鳥は血抜きがしてありますか?してあるなら僕も捌くのを手伝います」
「いや皿代わりになる野菜を見繕ってきてくれ」
青銅貨幣を一枚投げ渡された。緑の野菜がやっぱり映えるかな?
「わかりました行って来ます」
そのまま店主はカウンター兼用台所へ入り鳥を捌いていった。僕は顔見知りの露店へと別の木箱を持って走った。
「すみません鳥に合う野菜ありますか?」
「おう坊主遣いか、それならレタスやキャベツも良いがテンスだな」
テンスとはレタスの亜種ではあるが瑞々しさと自然に正立方体のサイコロの形を作る野菜で表面を一枚剥ぎ取っても丸みを帯びてはおらず全ての皮が正方形の特徴があり皿代わりとしては申し分がないが、野菜としては苦味も甘みもそれほど無く癖が無さ過ぎて一般的には野菜として食べられる物ではなく濃い味付けをした物を巻くための食べ物として主流である。
「わかりましたそれを青銅貨幣一枚分頼みます」
「まいど。じゃあ六個…いや七個だな」
少しサービスしてくれたみたいだった。店主に負けないように白い歯を見せてニカッと笑った。
そのまま戻るとすでにお客がテーブルへ付いていて今か今かと待ち望んでいた。すでに鳥捌いた鳥を焼いていて表面が焼けたら長包丁で表面を薄く切りそして串を回す、また焼けたら切って回すとそれを繰り返していた。
「野菜は横においとけ。それと他の鳥を捌いてくれ。あと酒が必要な奴もいるから葡萄酒在庫が切れないように見ておけ」
ここからは考えてる暇は無かった。店主が焼いた野菜を添えて肉を出して、お酒を運んで、鳥を捌いて、人が消えたらテーブル片付けて、水が切れたら汲み直して、お客が道を尋ねたら案内して、街の情報がほしい人の交渉をして―――。
気がついたら日が落ちそうだった。
この場所の利用期間は日の出から日が落ちるまで。急いで火を落とし掃除をする。鳥は丁度はけきっている、一日の消費量の把握は店主は完璧だった。野菜は追加で購入してきたのだが二玉ほど余ってしまった。今度は消費量を確認しないとな。
元の何もない状態になると今日の仕事は終わりである。
「お疲れ様でした」
「おう。また明日な」
わずかな金銭を店主から手渡しされる。今日の分の給料だ。貰ったらすぐにバックへと放り込んでこの場所を後にする。
このまま孤児院へ帰るのがちょっと前までの僕。
最近の僕は姉さんの場所へと行く。
サイリス様の遣いの者が気がつくと僕の隣にいた。姉さんの居場所を教えてくれる。
一回だけコクッの僕は頷いて指定された場所へと向かって走る。
けど最近は聞かなくてもわかるイルミスさんの宿で食事を取ってる事が多い。今日もそれは同じだった。
宿までは走っても五分もかからなかった。入る扉を開き入り口から姉さんを探す。
いた。
今日は姉さんとイルミスさんと後知らない二人がいる。一人は尻尾があるから魔族だと思う。もう一人は剣士かな?
姉さんがこちらに気がつき手でそちらにまねていている。イルミスさんも気がついたようで軽く手を挙げる。
何だろう何か引っかかる。
彼らに近づいて初顔もいるので会釈をして自己紹介をする。
「姉さんにイルミスさんこんばんわ。それとお二方はじめまして僕はソウといいますよろしくお願いします」
「セインだよろしく」
「こちらこそよろしくアルロンと呼んでください」
剣士の方は酔っ払って適当な態度だが、魔族のほうは顔が紅いものの意識ははっきりとしているのか丁寧に会釈をしてくれた。
「今日はまた何時もより多く飲んでませんか?」
テーブルの置かれている惨状を見て僕は呆れてしまいそうになった。大人は何でこんなに飲むのだろう……皿の上にまで積み重なっている木のコップ、テーブルの上にはつまみすら埋まっている状態で置かれていた。
イルミスさんはそうした呆れ顔に気がついたのか誤解?をとこうと説明をしてくれた。
「すまないな。今日やっと私の仕事も終わってな。盛大に飲もうと言う話になって気がついたら……なんかすまん」
姉さんも似たようなこと前に言ってたな。お酒のむひとはなんで気がついたら飲んでたとか言うのだろう。
「仕事が終わったんですねお疲れ様です。ちなみにどんな仕事してたんですか?」
「あー悪いが内容は伝えられん。とは言え調べたらすぐにわかるかも知れないがな、後は明日に約束の品を渡して終わり」
そういえばペンター侯爵を尋ねてきたのだった。だったら今やってくれること手伝ってくれるかも?姉さんに近い人が護衛やってくれたほうが僕としても安心する。でも……なんだろう僕はここに来て変な違和感がある。
僕の視線はセインと名乗った酔っ払いの剣士の剣に向けられた。
あの剣はどこにでもあるような剣。
この剣もどこにでもあるような剣。
鞘から抜いたらどうなるの?
その剣はもしかして僕が知っている?
その剣は姉さんを刺した剣?
「どうした?剣に興味あるのか?」
セインがふらつきながら鞘を握り僕の目の前に突き出してきた。
「やだーソウ君が野蛮になっちゃう~」
嘘泣きをし始めた姉さん。
「いや~男はやっぱり剣だよな。魔法も良いが剣一つで身を立てる無謀だけどロマンはあるよな」
まるで自分は剣士ではないように遠い目で憧れと無謀を同居している彼だった。
「あの少し抜いて見せてもらっても良いですか?」
了解して頷いたセインはゆっくりと鞘から抜いて木の床に突き刺した。
「あっ」
どこにでもあるその剣が。どこにでもあるその腕が。
知っている。その腕とその剣を!
僕の記録がこれから起こる先の事を直接脳から視覚へと知らせた。
姉さんが文句を投げかけた言葉の先に、シャイン・フロウ姉さんを突き刺したその人物は彼だ。見えなかったはずの人物が鮮明にあってはならない未来と一緒に見えた。
目の前に居るセインと名乗る男のせいで。
「大丈夫?」
剣を抜かれてからしばらく放心状態だった僕にアルロンが優しく気を使ってくれる。
「すみません驚いてしまって」
気を緩めるな。考えることを止めるな。セインは敵であり殺さなければならない。しかし今の僕に彼に勝てるのか?僕が今できる事はなんだ?
確実に姉さんを助けたい。どうすれば良い?セインの情報を引き出す?何で姉さんを殺す?説得はできる?
セインも剣を納めてから、向いてないってこともあるさ。などと言ってぶどう酒を飲みなおしていた。
「意外にも自分自身が怖がりだった事にびっくりですよ」
「わからなくもないですよ?はじめて火の魔法を使ったとき自分の手が燃えてしまうんじゃないかとびくびくしてたのは良く覚えてます」
アルロンは実体験のフォローを入れてくれる。怖がったわけではないのだけども勘違いしてくれるのなら好都合だった。
「今でも私は手はやけどしてますよ」
セインも笑いながらフォローを入れる。大丈夫だ落ち着けば普通に話せるはず。僕の感情を殺して飲み込まれないように不自然ではないように。
「そう言えば皆さんってどのような関係ですか?」
僕は姉さんが気になる年下の弟。そう演じてきたし、そうなることを望んでいる。そうなることを憧れている。
「私の事はもう話したかもしれないけど視察官みたいなものかな」
イルミスさんは信用をしたいけど……。セインとどう言う関係かがわからない。ほかの二人がどう言う言葉を発するかが問題だ。
「えぇ姉さんと仲が良いのも存じています」
「あれそうなんだ?残念だなちょっと二人で抜け出そうとか言っちゃおうとか思ったのに」
セインはどこにでもいる酔っ払いだ。どうして彼があんな事をするんだろう。
「えーこんなのが兄さんになるとか嫌です」
「おぉーい!子供に言われると結構つらいぞその台詞」
「冗談です」
「私の話してるのに私がのけ者とか寂しい!」
テーブルの突っ伏して顔が真横になりながらほほが膨らんでいる。
「ははっ。私とセインさんは臨時でパーティーを組ませてもらっているだけですよシャインさんとの接点とはいってもイルミスさんを紹介させてもらったぐらいですね」
「ぐらいだよねなぁ。そうそうえらーい人から宝物探して来いって無理やり押し込まれてな」
「一人はいませんけどね」
「れっきとした貴族様ですからね。後未成年でお酒を飲んでる大人に絡まれるってのはあれですからね」
男性人全員の視線がシャインに向けられた。やっぱり普通の人で僕らとなんらかわりがないようにしか見えない。
「何で私見るのよ」
「ちなみに偉い人って?」
あれ?でも姉さんに指示を出してるのがペンターさんだったよね。
イルミスさんに出してるのもペンターさんかサイリスさん。
もしかして……。
それに答えたのはアルロンだった。
「私達はサイリス公爵から依頼を受けましてね」
返ってきた言葉は予想内の言葉ではあるが起きて欲しくなかった現実でもあった。
「えっ?!」
どうしよう。
僕の思考は停止した。