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K大漫研物語  作者: 北村 功至郎
始まりの日
7/21

豊田さんの世界

 豊田さんの家は、少し古いアパートの二階だった。

「まあ取りあえず中にどうぞ。あまり広くないけど。」

「失礼しまっす!」

「お邪魔しまーす。」

次々と入る面々。確かに広い部屋ではなかったが、本の多さの割にきちんと整理された部屋であった。

 漫研部員らしく多くの漫画があったが、数もさることながら範囲が広く、何故このラインナップにこれが混じる?というようなものもあった。総じて、鈴木が一度も読んだことが無いジャンルがたくさんあった。

 それもそうだ。今まで小遣いも限られていたが、受験勉強に明け暮れ、勉強のために漫画自体買うのを自重する傾向もあった訳で、大量の漫画を見ること自体久し振りなのだ。そこにここまで未知のジャンルが一同に会しているので、全ての方向が新鮮な出会いだった。更に、漫研の部誌がずらりと並び、未知の世界を更に色濃くしていた。

「…凄い…」

誰彼となく言葉が出た。

「ま、どれでも好きなもの読んでいいよ。部誌については、入部したら最新号はあげるからね。」

言いながら豊田さんはカバンを下ろした。皆無口のまま、思い思いの本に手を伸ばした。一人例外はキイチローで、電光石火で500ミリ缶を開けていた。プシュッという音が虚しく部屋に響く。

「あれ?みんな、飲まないの…?」

ついさっきまで酒やつまみのチョイスで盛り上がっていたのに、皆それを忘れて本に手を伸ばす辺りが漫研らしいや、と鈴木は笑いを堪えた。

「何だ…折角酒買って来たのに、飲まないのかよ…」

キイチローは、珍しく淋しげな顔をして一人ビールを啜っていたが、やがて、耐えきれなくなったのか、自分も一冊手に取った。

 鈴木は部誌を手に取って頁を繰り始めたが、あまりの厚さに時間がかかりそうで、まずパラパラとめくって画の印象を見た。自分くらいに初心者っぽいのから、プロ級に美麗なものまで多種多様であった。これを全て読んでいては、何時間も無言でただこの部屋に居ることになりかねない。そこで目次を開いて訊ねてみた。

「豊田さんのはどれなんですか?」

「え?私?うーん、これだけど…」

照れ臭そうに示した頁を開いてみる。


 そこには豊田さんの世界が広がっていた。真面目な性格らしくキチキチと描き込まれた画面。その前面で踊るキャラクターは、独特のディフォルメをされていた。鈴木はこれと似た絵を知らなかった。プロでも誰かと似た絵の人はいるし、この部誌を見ても、これは誰誰の影響を受けたな、と分かる絵もあった。しかし彼の絵はそうではなかった。適度に省略化され、可愛らしい。骨太でもある。一目で印象に残るものだった。

「何だか目の前で自分の漫画を読まれていると、照れますね。」

言いながら豊田さんは、いつの間にか用意していたウイスキーをあおった。

「でも、僕は豊田さんの絵、好きですね。何だかオリジナルで。」

上手い修飾も何も無く、鈴木は思ったことをストレートに口にしていた。

「…はは、有難う。」

豊田さんは照れ臭そうに笑って、またウイスキーをあおった。何だか顔が赤くなっている。

「…どれどれ?あ、ホントだ、可愛い…」

横から覗き込んで来たエミッチが呟く。

「確かにオリジナルですね。ううん、こういうディフォルメか…」

誰に言うでもなく、顎に人差し指を当てながら独りごちていた。

「ほかのは読まなくていいの?」

「いや、分厚くて時間かかりそうだから、今日はこれだけにします。」

「そーだぜ、みんな早く飲んで語ろうぜ。」

「あんたはただ飲みたいだけでしょ?」

キイチローは直ぐ様つっこまれた。


 その後、それぞれの飲み物を開栓し飲み始まったが、流石漫研に集った者どもと言うべきか、直ぐに他の漫画を読み始めたり、漫画談義になったりして、飲み会と言うよりただのだべりであり、アルコールはお茶の代わりといった趣だった。

「折角酒がいっぱいあるのに…」

キイチローは不満顔だったが、皆はそれぞれに楽しんでいた。


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