ツインテール襲来
キイチローが口を開いた瞬間、またガラガラと前方引き戸が開いた。古い学校らしく、戸の作りも古めかしく、大変威厳のある響きをおたてになられるのだが、この大き過ぎる音はもう少し何とかならないのだろうか。
「こんちはー。」
甲高い声とともに、そこに立っていたのは一人の女子中学生だった。…いや、こんな所に中学生がいる筈がない。ということは、この、よくて高校生にしか見えない童顔の少女も、大学生と言うことか。少女は、エミッチとは正反対の印象だった。顔はどう見ても幼い。くりくりとした大きな目、薄い眉。幼く可愛らしい顔立ち。明るい茶色の髪を、左右でまとめている。発展途上のツインテールといった趣だ。背が極めて低く、顔立ちと一緒に幼く見える要因となっていた。ジャケット、Tシャツ、ミニスカートと、シンプルないでたちだ。また、その甲高くアニメにでも出て来そうな声が、幼い印象を強調していた。
「やあ、佐藤さん。アニ研では、どうも。」
「こちらこそ、先日はどうも。」
豊田さんとやり取りするその声は高く、やはり大学生とは思えない。
「佐藤さんとはアニ研でも話したから、あまり今日説明する必要無いかな。」
豊田さんが腕を組んで言う。
「アニ研?」
キイチローが割って入って来る。
「アニメ研究部。彼女とはそこで先日会ったから。」
「どーも、佐藤陽子です。よろしく。」
満面の笑顔でキイチローに答える。
「ヨーコちゃんか…いい名前だ。アニ研にも入ってるの?」
また、「いい名前」攻撃が出た。豊田さんは苦笑していた。エミッチも笑っている。段々ヤツのキャラクターをつかんできたらしい。
「ヨーコでいいわよ。…先日アニ研に入部して来たから、今日は漫研にと思って。」
さらりと答える。随分決断力と行動力がある。鈴木は、サークルの雰囲気や人を見てから判断しようと思っていたのだが、彼女は「入る」と最初から決めているようだ。自分が決めた道なら、様子見せずに一直線、という性格なのだろう。
先程までキイチローの言動に苛立ち、ここに入部していいものか暗雲立ち込めていたのだが、女子二人の登場で随分と雰囲気が和らいだ。
「どう?一気に入部したくなった?」
キイチローがニヤニヤしながら聞いて来る。女子が増えただけで気持ちが傾いた心中を見透かされたようで、鈴木は少しむくれた。
「…で、あなたは?新入生の入部希望者?」
「ヨーコ」がお返しに聞いて来た。
「俺は清水貴一郎。俺は…まあ、面白そうな所に色々と首を突っ込んでいる段階かな。」
「ちょっと待て、入部すると決めているんじゃなかったのか?」
「いや、まだだったけど…。でもまあ、何だか鈴木っちとか面白そうなヤツもいるし、入ってもいいかな…。」
「面白そう?俺が?」
てっきり女子で決めたのかと思いきや、意外な答えに鈴木は意表を突かれた。しかし彼の屈託の無い笑顔を見ていると、ただからかっているだけでもなさそうだ。
「漫画を描きたいから漫研に入るって、当たり前のことをあれだけ真剣に言う辺りとか…」
「もしもーし、それ、私もなんですけど。」
「いやあ、鈴木っちったら、かつて見たこと無い真剣な表情で言うから…」
「お前と知り合ってまだ三十分も経ってないぞ。」
「…高校時代は描いてたの?」
エミッチが話題を変えた。
「…いや、描きたい気持ちはあったんだけど、部活とか受験とか忙しくて…。ずっと描きたい気持ちが溜まってて、それで。」
「そっか。私は受験中もたまに息抜きに描いてたけど…」
舌を出すエミッチ。
「みんなやる気マンマンだねえ。私、絵は遊び程度に描いたことしかないからさ…キイチローは、どうなの?」
「俺か?俺は、たまたま面白そうだと思って入ったのがこの教室だからな…当然、初心者だ。」
何故か偉そうに答える。
「今年は新入生がいっぱい入りそうだし、経験者もいるし、いいねぇ…」
いつの間にか後ろに来ていた豊田さんが、目頭を押さえていた。
それからしばらく、どんな漫画が好きだとか、この街の画材屋の場所とか、いい本屋の場所だとか、色々なことを話した。一口に漫画といっても世界が広いわけで、好みがかぶるというのはあまり無かったが。そもそも大学に入って初めてこの街に住む者も多く、全ての話が新しく興味深かった。
鈴木は嬉しかった。今まで受験の為と、自ら封じていた漫画の話をこれだけ好きに出来る。新しい知り合い。新しい知識。新しい通り。新しい店。全て白紙の頭に一から描き込まれていくようだった。