その名はキイチロー
「あ、そ、そうです。」
唐突に現れたこの存在感のあり過ぎる男に気押されながら、鈴木は答えた。
「おお、やはり見学か。…名前は?」
「あ、私は鈴木健二と言います。」
「そっか、俺は清水貴一郎。よろしく。」
清水と名乗るこの男は軽く頭を下げた。鈴木も返した。
「…で?何でここに入部希望するのかな?」
好奇心で少し目を輝かせている彼に対し、鈴木は言った。
「漫画が描きたいからです。」
そう、ここ二〇一号室は、このK大学漫画研究部の例会の場所なのであった。鈴木の目的とは、この漫研の例会を見学し、入部するか否か決めることであった。
「はっはっはっ、そりゃ明快な答えだ!」
鈴木の答えがあまりに当たり前であったから、清水は笑った。
「…それで、この部は普段どんな活動をしてるんですか?」
清水の笑いをあまり意に介さず、鈴木は聞いた。
「ああ、それ?それについては…あちらに聞いてくれ。…豊田さーん!」
清水が大声で呼ぶと、奥の方から長身の男がつかつかと歩いて来て、言った。
「こらこらキイチロー、君も説明を受ける立場なんだから、混乱させないの。」
「はは、すいません。」
そこまで聞いて初めて鈴木は理解した。今までその大きな態度から先輩だとばかり思っていたこの男は、実は鈴木と同じ新入生であると。
「いや、悪い悪い。待ってる間、暇でさ。それに、教室に入って来る人にノーリアクションという訳にもいかないでしょ?」
全く悪気がなさそうに彼は言った。鈴木は心中「こいつは…」と思った。
二人は「豊田さん」から活動の説明を受けた。この、一際背が高く実直そうな先輩の説明は至ってシンプルであった。活動は週二、三回の例会。その場での活動内容は自由。言い換えると全く決まっていない。決まっているのは、一定の部費と、年に二回部誌を発行すること、文化祭では何らかの展示を行うこと。部誌すら、描くか否かは個人の自由なのであった。
「…まあ、全くの自由ということですね?」
「…まあ、そういうこと。」
豊田さんはまとめた。
「…面白い、全くの自由という所が…」
何だか知らんが盛り上がっているキイチローを尻目に、鈴木は少し引き始めていた。漫画を自由に描くというのはいいが、こいつと同じ団体に属するのは何だか、とっても、面倒臭そうだ…。