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K大漫研物語  作者: 北村 功至郎
始まりの日
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始まりの日の始まり

  一 始まりの日


 上気した春の香りが鼻腔に飛び込んで来る。春だというのに少し暑いくらいの陽気。街並み全体がその空気に包まれて霞んでいるかのようだ。

 鈴木健二は、大学へ向かおうと自転車にまたがり、川端を行こうと思い立った。少し遠回りだが、川沿いの桜並木を見ながら走ろうと。

 この時期の川端はまさに桜のトンネルであり、一面濃淡入り混じった桜色で染められていた。しかし川端は観光地ではなく、あくまで通りであるため日常に溶け込み、皆当然のように自転車で行き交う気安さがあった。押し寄せる観光客の人ごみをかきわける煩わしさもないため、彼はそこを気に入っていた。

 川端の通りに入る角を曲がると、視界が一面桜の霞となった。どこまでも続くかと思われる桜並木に満開の花々。陽気が川の湿り気を帯び、桜に染め上げられたのか、甘やかな香りが風となって全身を洗う。うらうらとした陽光にも照らされ、これ以上の心地良さはない、と思った。

 情景と陽気に浸され、鈴木の気分は段々と高揚して来た。彼には今日、学校で一つ目的があった。そこへの期待と不安の入り混じった気持ちが、この陽気ですっかり陽の方向に転換されていた。しかし、その目的を果たす前に、大学の長い講義を二、三受けねばならない。大学の講義は高校に比べ非常に長く、受けるだけで疲労すら覚える気がした。よし、と気合を入れて川端の空気を胸いっぱい吸い込み、鈴木は自転車を加速させた。


 そして講義はあっと言う間に終わった。


 目的に向けての高揚感が短く感じさせたのか、疲労の余り意識が飛んだのかは定かではないが、兎にも角にも終わった。今日の彼にとってはあまりそこは重要ではなかったのだ。

 数分後、教養学部A棟。教養学部の本拠地でもあるが、各学部の教養課程の講義も行われているため、この辺りにはいつも統一性のない人だかりがある。夕方に差し掛かった今は、ちょうど今日の講義が終わったであろう学生どもが、サークルや自宅へ向かうのか、それぞれの方角へ分散し移動している慌ただしい時間帯であった。西日が古臭い窓からギラギラと強く長く差し込んで来て、その眩しさに目を細めつつ、鈴木は目的の教室へ向かった。

 A号館二〇一号室。A号館の他の講義室と特に変わりのないこの部屋が、彼の今日の目的地であった。中からあまり物音が聞こえてないため様子が窺えず、黙っているとただ緊張感だけが高まっていくようだ。しかし、そうしていても埒が明かないので、彼は意を決して教室前方の引き戸をガラガラと開けた。

「よう、こんちは。見学?」

 声の主は、何だか派手な男だった。自己主張の激しい眉。極端な二重。長い睫毛。少し垂れ目気味で、左目の下端にはポツンとほくろがある。色男と言っていいくらいだが、それよりもまず顔の濃さが前面に出ていた。真っ赤なシャツを必要以上にはだけさせ、黒いジーンズを履いた脚は無意味に組まれていた。


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