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第9話




 「お姉ちゃん」



 ユリがあたしを呼ぶ声でハッと現実に帰ってきた。

 あたしはユリに何度呼ばれても気が付かないまでにトリップしていたらしい。

 ユリの表情は渋い。でも口の端にフロマージュの欠片が付いていて、それが深刻さを全く感じさせない。


 

 「ユウジ君と会って話してみたら?

お姉ちゃんは前から”ちょっとへたれてるところがカワイイ”なんて言ってたけど、ユウジ君に愛情の欠片もないあたしから見たら、頼りないしはっきりしなくてイライラする。」



 そうですよね、返す言葉もございません。

 最初はユウジだってちゃんと進捗をきちんと教えてくれてた。


 ”ユリの考えだっていうのをを伏せて、自分の意志だとして話しても理解を得られない。まだ時間が掛かる”

 ”弟は家を継ぐのを別にいいと言うけど、母は気にするみたいだ”

 ”婿っていうのを長男なのに外聞が悪いと姉が言う。父は何も言わない。見てるだけ”

 ”しょぼんとした顔文字のみ”

 ”姉の旦那に相談したら、ユリの考えてることも分かるけど、姉が怖いから協力はできない、でも隙を見て援護するとも”

 ”土下座する禿散らかしたおっさんの絵文字がひとつ”

 ”気疲れが激しい。俺が禿そう。毛根に違和感がある”



 「ケーキをおいしく食べる前に、邪魔するんじゃないよ!」



 あたしは携帯電話をソファーに投げつけた。



 「誰だ!ハゲ!ハゲ!言う奴は!

髪の毛の話題はデリケートだからって、マジで落ち込むくせに!このうすらハゲ!」


 「ユウジ君って禿げかかってるの?」



 ユリがゲラゲラ笑った。



 「さぁね!

シャンプーをちょっと前に流行った高い育毛シャンプーにするか悩んでたけど」



 ユリはさらにゲラゲラと笑い続けた。マジへたれ、どんだけ甘えんボーイなのか、情けなくてウケるとか年上であるユウジをケチョンケチョンに扱き下ろしながらユリは最後に溜息をついた。



 「お姉ちゃん、カラオケ行こうよ。

このままじゃお姉ちゃんも禿げるよ。ストレス発散しよう?」



 ユリ、あたしは禿げないよ。図太いの自分で知ってるから。というか、ユウジはユリの中で既に禿げてるのね。




**************




 あたしはユウジを待っていた。

 会社のエントランス付近で待つなんて芸当はできない。そんな大胆なとこしたらジロジロ見られて居心地悪いし、ユウジに迷惑掛かるし。だから、定時に上がってユウジの勤め先の会社の駐車場を不審者よろしく歩き回ってユウジの車を探し出した。



 こんな辺鄙なところに会社建てやがって!しかも第7駐車場まで建てやがって!どんだけ歩き回ったと思ってるんだ!ここまで来るのだってタクシー代ケチって駅から30分歩いたんだぞ!ユウジの帰宅時間が遅いことを知っているから歩いたんだけど。いい加減疲れたし、足も痛いしコンビニで買った栄養補助食品のバースティック1本じゃ腹の足しにもならず激しくお腹空いてるしね!



 散々脳内で悪態をつきながらユウジを待つこと1時間半。時間はもはや21時になろうとしている。何人の人に会釈をされ、お疲れ様です、と会社の人間の振りをしたのか。デカい会社は顔見知りでない確率の方が高いから不審者扱いをされなくて済む。



 ユウジに仕事の邪魔にならないように連絡をしていないことが仇となっているのか、なかなか現れない。あたしのストーカー度半端ないなと客観的に自分のしでかしていることに焦りつつ、伸びっぱなしで張ってきた膝をストレッチと暇つぶしを兼ねて上げてブラブラと泳がせた。


 さらに待つこと20分、やっとユウジが現れた。ユカリ!?と素っ頓狂な声を上げてユウジが現れた。そのひっくり返った声に内心ウケつつ、あたしはにっこり笑った。



 「遅くまでお仕事お疲れ様、ユウジ、あたしお腹空いちゃった。

ご飯、食べに行こう?」



 ユウジはだいぶくたびれていた。

 まだ月曜日なのにこれから4日間連勤できるのかと疑うくらいくたびれていた。はっきりしないユウジを罵りたい気持ちはもちろんあるけど、今日はそんなことが目的ではない。げっそりとした土気色の顔のユウジにそんなことしたらあたしたちの関係は間違いなく終わる。今日はユウジに自分をアピールしに来たのだ。癒し系の雰囲気美人なあたしを思い出して貰うために会社が終わった後、はるばるここまでやって来たのだ。



 「なんか、ユカリ、今日雰囲気違うね」


 ユウジはあたしの服装を上から下までザッと流し見た。

 今日は歩くことや、長時間待つことを考えて会社でも使えるスーツ生地の白いカプリパンツに紺色の地に白いラインの入ったジャケット、インナーにラメの入った白とベージュのサマーボーダーニット、ローヒールのローファーを選んだ。髪はいつもより背の低くなることを考えてゆるく巻いて後れ毛を残しつつ、シュシュを使ってサイドで纏めた。



 「爽やかでしょ?

ね、ユウジ、ラーメン食べに行こう?あたしもうお腹ペコペコ!」



 本当はペコペコなんてかわいく表現できる次元ではない。食べ物を持っていたら今、この場でガツガツとむさぼり食べたいくらいお腹が空いている。時間が遅いからラーメンと餃子で我慢するけど、チャーハンだって食べたいし、デザートにアイスクリームだって食べたい。



 「分かった。

俺も腹減った。ラーメンいいな。」



 ユウジを急かして、車に乗り込む。ユウジの車はクロスオーバーSUVだ。少し段差があっても今日は楽々乗り込める。どこのラーメン屋に連れて行ってもらおうか、と頭の中のラーメン情報を検索していると、ユウジが話しかけてきた。



 「ユカリがいてびっくりした。

メールくれれば、もっと早く帰れるようにしたのに。待っただろ?」


 「待ってないとは言わないけど、ユウジと3週間会ってないと思ったら、会いたくなって来ちゃった。

疲れてるみたいなのにごめんね」


 「いや、俺もユカリのこと気にしてたし」



 ユウジが照れたようにはにかむ。

 そんなことよりほかに気にする事あるんじゃないの?ほら、教えてもいない駐車場の車の前で待ってることとかさ、ストーカーっぽい行動とかさ。そんなはにかんでないで、ちょっとは考えたらどうなの。駅の改札や会社のエントランス付近で待っているのとは訳が違うんですよ。怖がられるのは本意ではないけど、そういう行動をとった自覚はある。



 今日はあえて結婚という言葉や、それを連想させる言葉は自分から口にしない。ユウジは疲れているようだし、これは久々に癒しモード全開でいかねばならない。ユウジはユリも扱き下ろしていた通り、甘えんボーイなのだ。面倒くさいことを避ける傾向にあるし、おだてられるとどこまでも上に登っていくヨイショされたい体質なのだ。上手く舵取りしていかないと、すぐに脱線するところもあるから非常に綿密な作戦を立てる必要がある。



 「迷惑じゃなかったなら、良かった」



 あたしは安堵の息を吐きつつ、そのままストーカー的な行動には今気が付いてくれるなよ、とユウジと同じようにはにかんで、どこのラーメン屋へ行くかの相談にさりげなく気を逸らした。




 餃子は止めた。炭水化物(麺)×炭水化物(餃子の皮)は太る。その代りチャーシューと野菜を増したラーメンをガッツリ完食した。ラーメン屋さんでは3週間話をしていないせいで最初は多少ぎこちなかったものの、5年間の付き合いという長さが親しみという感覚を思い出して、たわいもない話をしながら楽しく食事ができた。



 「今日はユウジの顔が見たかっただけだから。

帰りは遠いし時間が掛かるから、そこら辺の駅で下してくれればいいよ。できればうちの最寄駅の沿線がいいけど」



 時間も既に23時に近いし、ここから1時間かけて送って貰って帰らせるのは申し訳ない。そもそもあたしが勝手にしたことだし、駅からはタクシーを使うからとユウジに告げた。でも、ユウジは首を振った。



 「いや、送る。夜遅くて危ないし。

それにユカリともっと話したいし、伝えなきゃいけないこともあるから」


 「じゃぁ、それは週末話そう?だって、ユウジが家に着いたらたぶん1時超えるよ?

明日に響くじゃない?まだ4日連勤残ってるのよ」


 「なんとかなる」


 「ならない。ユウジの仕事の邪魔はしたくないの。

帰りに居眠り運転で事故したり、スピード違反で捕まったり、そんな事になったら嫌なの。あたしは大丈夫」


 「ユカリ」



 ユウジはあたしを宥めるように肩を叩いた。



 「だってユウジ、顔色良くないし。早く休んで欲しい」



 あたしたちは車の中で押し問答を繰り広げた。

 両者一歩も譲らず、時間だけが過ぎていく。もどかしくなって、あたしは別案を告げた。



 「じゃぁ、うちに泊まって。

家族いるけど、ユリ以外はもう寝てるし、シャツも洗ってアイロン掛ければ間に合うし、足りないものはコンビニで補充して。客間にお布団用意するから。

そうじゃないと、あたしここからタクシーで駅まで行って、電車乗るから。急がないと終電行っちゃう」





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