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第6話



 「ちょっと、お母さん、ややこしいよ」



 あたしはお母さんに呆れた視線を向けた。



 「だって、ユリちゃんが跡を継いでくれるって言うけど、お相手が次男三男とは限らないじゃない?

息子ひとりならそっちを継いで欲しいって思うものじゃない?

ユウジ君なら弟さんだって、お姉さんの旦那さんだっていらっしゃるのだし?」


 「お母さん、お婿さんって大変らしいけど?

男の人が苗字変わるって、意外と社会的にも結構偏見があるみたい。

婿入りした営業さんが結構大変そうだけど」


 「女の人が結婚するのは大変じゃないと思う?」



 お母さんはしたり顔で問いかけた。



 「そりゃ大変だとは思うけど、男の人がよその家に入るよりは問題ないんじゃない?」


 「バッカねぇ!

女だって、どれ程の手続きが必要だと思ってるのよ!どれだけ必要書類を取り寄せて、車、銀行、カード、()きれるくらい名義変更の連絡をして、書類を書いて提出して、仕事してるのに役所の時間内に提出するのに苦労したか!もう二度とやりたくないわよ。

いい?男の人がそれをしないのは単純に、プライドの問題と面倒だからよ。

女の人が同じように仕事をして社会進出してる今の時代に、男の人の名前が変わるのにどれだけの違いがあるのよ」



 お母さんは朗らかに笑った後で、急に真顔になった。

 急な表情の変化にユウジが固まるのが視界の端で分かった。



 「女の戦いほど恐ろしくて無様で意味のないものはないのに。

今だってユウジ君が説得してくれるって言ってるけど、”時間が必要だ”って言ってるし、これまで我を通そうとしてお母さんとお姉さんを説得できたことあるのかしら?

ユカリが”嫌”って言ってることで、どんな目で見られるか分からないような人にユカリをこれからも守っていけるのかしら?」



 あたしはハッとした。

 これは既にユウジ一家とのバトルの兆しなのだ。

 あの聞くに堪えないおどろおどろしい嫁姑戦争のきっかけなのかもしれない。

 嫁入りにはその一家の女性陣と仲良くできなければ、極力関わらないような人間関係を築く以外に平穏な生活はないと聞く。極力関わらないというのは既に一戦以上の戦いを経験して、それでも分かり合えなかったらの結果だ。お互いいい大人だから子供の喧嘩のようにはならない分、冷戦のようになって関係の修復は困難だ。ユウジは自分の親の跡を継ぐつもりでいるし、嫁に入る気でいるのならあたしは波風を立てないように上手く立ち回るしかないのだ。



 「ユウジ!」



 あたしはユウジをものすごい勢いで振り返った。

 何としてもユウジに守ってもらわねばならない。か弱い女ではない自覚は十分にある。しかし、それとこれとは話が違う。

 振り返ったユウジは明らかに項垂れていた。



 「・・・・」



 全く頼りにならない。

 ・・・チッ

 あたしは舌打ちを隠せなかった。ユウジは一瞬顔を上げて、あたしの表情を見るとますます項垂れた。



 「ユウジ君のお姉さんの旦那さんは、すっぽんぽんでいることになんの抵抗もなかった?

お嫁に行ったのよね?そこでも実家のように振る舞っているのかしら?」



 すっぽんぽんという言葉にさらに項垂れたユウジは、もはや旋毛しか見えない状態でボソボソと呟いた。

 掠れていて聞き取りずらかったけど、話を纏めると悲惨としか言いようがない状態だった。

 お義兄さんは自分の家とユウジの実家でのみ服を脱ぐことを了承したらしい。授かり婚だったから結婚することは決まっていたけど、決して揉めなかったことはなかったとのことだった。そしてお姉さんは孫の顔見たさに出先から急に訪ねてきた義父母に家族だからと気軽に裸で対応し、お義父さんが驚き、血圧が上がって倒れ、救急車を呼ぶことになった。お義父さんは大事には至らなかったものの、大切な夫が生命の危機を一瞬でも彷徨ったことからお義母さんにお姉さんは嫌われ、謝ることすらさせて貰えないとのことだった。お義兄さんはひとりっ子で跡取りながら自分の在所にはほとんど帰れない状態だという。それというのも母親から離婚をせがまれるからだという。



 「・・・・」


 「・・・・」



 あたしとお母さんは絶句してしまった。

 ユウジにかける言葉もない。



 「・・・そんなわけで、姉貴はよく実家に遊びに来る。

気が強くて、強情で、口が達者で口喧嘩で勝てたことは一度もない。

お義兄さんは・・・姉貴の尻に敷かれてて、俺から見ても奴隷さながらで哀れだ。夫婦円満みたいだけど、不思議でしょうがない。ただ、お互いに愛情があるのが救いだと思う」



 重苦しい沈黙が場を支配した。

 ほろ酔いでいい感じに頭が回っていたのに、酔いが一気に醒めた。



 お母さんがユウジの様子を窺うように、そっと聞いた。



 「ユウジ君のご両親は、お姉さんが旦那さんのご両親と関係改善をするように努めたのかしら?

せめて、お義父さまを驚かしてしまった謝罪をお姉さんとしたのかしら?」



 ユウジは溜め息をついて、緩く首を振った。



 「向こうのご両親は姉貴と話し合いをして、和解できなかったらしくて、親が謝りに行っても受け入れて貰えなかったらしい」



 あたしは何も言えなかった。

 何が”うちはちょっと(・・・・)変わってる”だ。

 女の嫁入りは一生で滅多にお目に掛かれないような大イベントだ。ここで躓くと人生がガラリと変わってしまう。女の結婚生活その後云々は男次第で良くも悪くもなる。そんな重要なことを今、知ってしまった。幸せな緊張感に包まれていた昨日の自分に教えてやりたい。期待するなよ、と。



 「ユウジ君はそれをユカリに話すつもりがなかったのね。

あたしがユカリにそれを聞いていたとして、諸手を挙げて賛成かって聞かれれば、賛成できないわ。どんなにガサツで野蛮な娘だってだって大切なんだもの。

今だって、その問題が解決してからだって思ってる」


 「・・・はい」



 ユウジの声は哀れなくらい、掠れて細かった。

 ユウジもガサツで野蛮っていうとこ、フォローしてよ!神妙に頷かれるとか切なすぎるでしょ!



 「でも、お婿に来るって言うなら、話は別だけど」



 よっぽど婿が欲しいらしい。

 ここぞとばかりに優しげな声を出したお母さんにあたしは呆れた視線を向けた。



 「でも、それにだって条件があるのよ。

婿入りでユウジ君のご両親の心象を悪くしたら、ユウジ君のご両親とユカリとの関係だって拗れるし、そうなるとユカリの苦労は目に見えるし。すっぽんぽんにならなきゃいけないのかっていう問題もあるし、ユウジ君自身が解決できないとユカリの母親として賛成はできないわ。

でも、全て解決した後には一家総出、土下座覚悟でそちらのご両親からユウジ君を貰いに行くわよ」


 「お母さん・・・」



 ちょっと感動してしまった。

 お母さんなりに解決しようとしてくれているのだ。あたしに負担が少ない方法で。

 そんなにあくが強い人なら、あたしが苦労するのは目に見えている。今でも立場が弱く、頭が上がらないユウジが嫁姑間に挟まれるのは分かり切っている。お父さんが次男でお父さんのお兄さんが両親をしっかり見ていてくれているお蔭でお母さん自身は嫁姑の問題はない。自分の姉の聞くも涙、語るも涙の壮絶苦労話を知っていて(何回も警察沙汰になった)、自分達の老後の心配をしているのだ。土地、家、財産、墓、その他諸々。



 「お婿に来たってね、大丈夫よ。大切な跡取りだもの、大事にする。

ちゃんと老後の蓄えだってしてるし、介護が必要になったら施設に入ることに抵抗はないし、無理な同居は迫らないし、二人で新新居を構えて家庭を築いて貰っていいのよ。

もし、共働きをして子供を見て欲しいから同居したいって言うのも、もちろんそれも構わないけど。その場合は、多少のお金は入れて貰うけどね」



 やばい。

 お母さんに感動した。そこまで考えて言い切ってくれるなんて、ただの小太り節約専業主婦じゃなかったみたいだ。あたし的にはお母さんの案に乗りたい。是非とも。ユウジのご両親に土下座してもいい。問題があって苦労するということが分かって嫁に行くなんて、どれだけ自信家で強気なんだろう。離婚の理由が当人でなく、家である場合も多いというのに。



 「ユウジ」



 あたしは菩薩の微笑みをもってユウジに極力優しく声を掛けた。

 旋毛しか見えない、心が傷だらけで今にも砕けそうに見える、悲しいあたしの彼氏を。


 顔を上げたユウジは青い顔をしていた。

 呆然として、心ここに非ずといった状態で。


 にっこりと優しく微笑んだ。

 ユウジの心に優しく響くように。



 「お婿においでよ。

あたしと結婚しよう」





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