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第3話



 大学を卒業してから5年、社会の中に身を置いてきた。

 いろいろな人から話を聞く機会もあり、恋愛や結婚という問題が非常に繊細でナイーブであることくらい理解している。




 家の事情で別れを選択しなければならなかった恋人や夫婦だって知っているし、道ならぬ恋に身を投じている人だっている。ヤンデレな彼なんです、ということで、よくよく聞いてみると束縛の激しいDVぎりぎりの関係だったりする。仕事や趣味に情熱を燃やして愛だの恋だのをないものとして、自分自身のスキルアップを望み、結婚しないという選択をしている人もいる。



 もちろん普通に恋愛をして、結婚をし、子供を産み育て、夫婦円満、パートナーに愛され続けて一生を終える人だっているとは思う。だがそれはごく少数だと思うの。人生には病気、事故、自然災害、人的災害などいろいろなアクシデントがつきまとう。




 日本には素晴らしいことわざがある。

 終わりよければ全てよし、または有終の美(を飾る)である。



 自分自身が終わるとき、つまり、死ぬ前に幸せであれば多くの不幸を経験したとしてもとっても良い気持ちで瞳を閉じることが出来るのだ。とてつもなくアバウトな解釈で引用だけど。



 かの有名なプリンセス、シンデレラ、白雪姫、オーロラ姫たちが”ずっと幸せに暮らしました”なんて一言で片付けられてしまっているが、実際そうとは思わない。実は王子様が途中で性機能障害となり、かのプリンセス達は熟れた体をもんもんと持て余していたかもしれないし、口臭や体臭、いびきに長年悩まされ続けていたかもしれない。浮気を疑って壮絶な死闘を何度も繰り広げたのかもしれない。

 ただ、彼女達の人生において、瞳を閉じる瞬間までの出来事のプラスマイナスを計算したらプラスだっただけかもしれないのだ。一生、ずっと幸せ、なんてあり得ないことだと理解している。




 あたしは今現在、好きなユウジを生涯のパートナーとして選択するつもりではあるが、人生が終わるときのパートナーがそうであるとは限らない。ただ、そうであればいいな、と思う。




 なぁぁあ--------んてごちゃごちゃといろいろ考えたって、将来のことなんてわからない。

愛だの恋だのというのは、他人に理解されなくても良い、独りよがりの部分が大多数を占めている。

 つまり、幸せになるのも不幸になるのも、自分の選択次第なのだ。









______________全裸で正座する男、ユウジをぼんやりと眺めながらそんなことを考えていた。












 事の発端は、と首を捻る。

 なぜユウジは全裸で正座をして、イチモツを股の中に収納し(無様で笑える)、男らしく、だけどどこか縋るような目であたしを見ているのだろうか。握りしめた男らしく掌が大きな手は、白くなる程に力が込められている。




 急に脱ぎだしたのだ。この男は。

 あたしは腕を組み、さらに首を傾ける。このまま首が捻り落ちてしまいそうだ。




 「意味わかんない」



 あたしは横座り(通称おねえ座り)を崩して、ユウジと向き合うため胡坐に変えた。本当は同じように正座がいいのだろうけど、冷静になるためにいつものポーズを優先した。そして、背中を丸め、掌で顔を覆って大きく息を吐いた。



 「・・・・」



 ユウジは先ほど、言葉を紡いでから無言を貫いている。

 きっと、あたしに考える時間や消化する時間を与えるためにそうしているんだと思う。

 この男は言ったのだ。




 ”うちの家族はナチュラリスト、つまり、裸族らぞくで、それを受け入れてもらえないと結婚できない。もちろん、ユカリにもそうなってもらわないと困る”




 あたしは色々聞いたのだ。あたしひとりくらい服を着ていてもいいんじゃないかとか、それを知って嫌な気持ちにはならない。だけど今日くらい見逃してくれないかとか、おいおい慣れるのではダメかとか、せめて下着だけでもとか、タオルを巻いてもとか、エプロンだけでもとか、条件を緩めつつ散々聞いたのだ。全部、全部、返事はNO!NO!NO!NO!



 小さいころに見たなんちゃらクイズの着ぐるみのおじさんが「のぉぉぉぉぉ~~~~~!」ってプラカード持ってるのが脳裏に浮かんぶ。やばい、現実逃避してた。



 「あ”ぁ”あ”!!」



 あたしはのけ反って呻いた。本当は頭をかき回したい。ぐっちゃぐちゃのめちゃくちゃに引っ掻き回して身悶えたい。そうできないのは、ここがユウジの部屋で、これからその家族に会う(予定)だからだ。



 「なんで今更!なんで!今更!」



 散々取り乱し、発狂し、身悶えするあたしに耐えかねたのかユウジが口を開いた。

心底わからない、と言うように。眉間に皺を刻んで。




 「何が、そんなに嫌なのかわからない。

ユカリは、ホテルで平気で走り回っていたし、裸で寝てたじゃないか。

大の字になってさ」



 「そ、それとこれとは、全く違うじゃない!

だ、大の字になって寝てたって、寝相が悪いんだもん。しょうがないじゃない!

それにホテルで裸なのは、あたし達しかいないからじゃない。それにノリっていうか、テンションだっていつもと違うし、結局落ち着かなくって夜中に目が覚めてパンツ履く羽目になるし・・・

とにかく、日常では服を着ないなんて落ち着かないよ」



 「服を着ている方が窮屈だと思うけど。

それに、家族の健康状態が一目でわかるんだよ?父さんの肝臓の病気だって、母さんが発疹を見つけたのが始まりだったから、早期治療で完治したんだし。

大体、家族の体をいやらしい目でなんて見ないし、生まれるときは裸じゃないか。」



 「赤ちゃんはいろいろと羊水で守られてるんでしょ?

生まれてからは体温調節ができないから、衣服で調節するんだし、汗とかも服で調節しないと風邪ひいちゃうし、必要だからみんな服を着てるんだと思うけど?」



 「俺たちは家の中では服は必要じゃないから着てないだけだけど?

床暖房だってあるし、空気清浄器も除湿機も加湿器もあってこんなに快適なのに、服を着る必要ってある?部屋だって清潔だし、トイレに行ったらウォシュレットがあるし。

それにユカリはすぐに”太った”って騒いで、ダイエットだの解禁だの大忙しじゃないか。服を着てるからそういう具合もよくないんだよ。太ったって自覚しつつ、そのついた肉から目を逸らすんだ。裸なら自分の姿から目を逸らせないからスタイルだって、座る姿勢だって、所作だって綺麗になるよ。だって股を広げて座るわけにはいかないからね。猫背になれば腹が段になって見苦しいし、自然と背筋が伸びて筋肉がついて綺麗になるよ」




 あたしはグッと言葉に詰まる。痩せた太ったって騒がないのは騒ぐ必要のない、ストイックな女子や体形が変わりにくい女子、はたまた危機感が無かったり自分の体形に無頓着な女子くらいだと思う。




 「その度にさ、外食だってユカリは野菜ばっかり食べたり、こってりしたものは嫌だって言ったり。食べたいものも食べられないんですけど?

それに、そんな時はイライラしてて扱いにくいし。」



 「申し訳ございません」



 ユウジのやつ、この間のデートの時にあたしがから揚げと春巻きと担担麺を渋って、棒棒鶏とシュウマイと塩タンメンにしたのをまだ根に持ってるな。食べ物の恨みはなんとも恐ろしい。これはこれでうまいね、なんて言ってたくせに!



 「痩せたら痩せたで、ケーキとパフェ2個食いとかどうかしてるよ。

そんなことしてるから太ったり、痩せたりを繰り返すんだろ?」



 「返す言葉もございません」



 「大体、猫背になってる。

絶対服の中で腹肉が重なってるね!

俺には見えてる、ユカリの腹は三段腹だ!

もっと言えば、三段腹の跡までついて見苦しいね!」



 ユウジの目があたしの腹あたりを睨む。腹肉の重なりを今、正に体感していたあたしは、シャッキーンと背筋を伸ばした。ついでに胡坐の足を組み替えて、座禅タイプにした。この方が背筋が伸びる。




 なんだかユウジがえらく興奮している。こんなことは意外に珍しく、彼は飄々と物事を受け流す性質かと思っていただけにちょっと意外だった。

 かといって、あたしだって負けていられない。ここで謝ったら、すぐにでもワンピースを剥かれてしまいそうな迫力がある。




 「地震や火事が起こったらどうするのよ!裸で逃げるわけ?寝てる時だったら?

急な来客はどう対応するの?」



 「枕元やすぐに取れる位置に用意しとけばいいだろ?

カップ入りの下着だって売ってるんだし、ワンピースくらいすぐに被れるじゃないか」



 「そのまま死んじゃったらどうするのよ?

裸で発見されて、恥ずかしいじゃない」



 「別に裸で生活してる俺らだけが、災害に見舞われて裸で死ぬわけじゃないだろ?

風呂に入ってるヤツもいるし、トイレで尻を拭く前のヤツだっているだろ?ヤッてるヤツだっているし、手術中のヤツや、出産途中で動けないヤツだっているし、そんなこと言ったらキリがないだろうが」



 「屁理屈ばっかり!

おっぱいが垂れる!形が悪くなる!」



 「鍛えろ!」



 ユウジもあたしも最高潮に燃えている。

 ぼんやりと頭の隅に、このまま脱がないといけないんだろうな・・・と感じつつある。相手がユウジだけならまだいい。あたしが押し切ってしまえばいいだけの話だし、ユウジも二人の問題であればさっさと見切りをつけて自分ひとりが裸になってノビノビとリラックスをしているに違いない。これはあたしたちだけの話ではなく、ユウジの家族の話だからここまで頑なになっているんだろう。

 あたしは大きく息を吐いた。



 「もし、あたしがどうしても嫌だって言ったらどうなるのよ?」



 「結婚はできない」




 ユウジは表情を引き締めてはっきり、きっぱり言い切った。

 あたしの頭の中で、何かがブチリと音を立てて激しく焼き切れた。

 




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