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第1話

 



「結婚しよう」


 彼、ユウジにそう言われた時は、現実味が湧かなかった。


 ユウジと付き合って5年経ってるし、ずっと一緒にいられたら、なんて思っていたから言われた時はつい頷いていたけど、どこかでこのままかもって結婚を諦めているところもあったから、浮ついた頭では夢か現実かよく分からない。その後に続いたよく分からない的を得ない言い訳のような話しは、浮ついた思考の上を通り過ぎた。帰宅してリビングのソファーに座りこんでからも、結婚うんぬんかんぬんの全ての思考が上滑りしている。



 「お姉ちゃん、お帰り。

遅かったね、お父さんもお母さんも寝ちゃったよ」


 妹のユリがひょっこりとキッチンから顔を出す。

 口からチーズ蒲鉾が飛び出ている。

 チーズ蒲鉾を見ている視線が気になるのか、食べる?と聞かれる。



 ぽよんぽよんと上下揺れる柔らかな肌色のマーブル模様のチーズ蒲鉾を横目に見ながら首を振る。

 なんだか現実味がなくて、思考がふわふわしている。



 「何?元気ないじゃん。今日デートだったでしょ?喧嘩でもしたの?」


 「そういう訳じゃないんだけど・・・」


 「浮気疑惑?」


 「いや、結婚しようって言われて、」


 続きを話そうとしたらユリの口から悲鳴が上がった。キャーーーー!だがギャーーーー!だがよく分からない花の女子高生らしからぬ雄叫びだった。



 「やったじゃん!!やっとじゃん!!とうとうじゃん?

 三十路前におめでとう!なんて?なんて言われたの!?すごいじゃん!」



 ”やっと”とか、”とうとう”とか、ユリがあたしとユウジの付き合いに対してどう思ってたのか丸わかりで、横目でユリを睨む。

 まぁ、お父さんやお母さんからも”長すぎる付き合いは別れる。さっさとキメろ!但し、デキ婚以外で!”とかなんとかいらない心配をされていたのだけど。



 「なんてなんて、普通にだけど。でもさ、あたし達、もう5年も付き合ってたわけよ」


 「意外と長いよね」



 あたしは頷き、腕を組んだ。

 思考を口に出すことで、上滑りしていた思考がだんだんまとまってきた。



 「そう、意外と長いの。

お互い実家っていうのもあって、半同棲とかもしてないじゃない?

でもって、泊りに行ったり来たりするようなお付き合いはしてないじゃない?

旅行には泊りで海外にも国内にも行ったけど、あたし、外で会ってばっかりで彼の素をよく知らないのよ。家でのあたしと外でのあたしって結構違うと思うんだけど、そういうのも知らないんじゃないかって思うんだよね」


 ユリは少し考えるように視線を右上に向けた。

 そして、嬉しいだけの話ではないと踏んだのか、何とも微妙な表情であたしの隣に腰を掛けた。


 「そんなもんじゃない?実家暮らしのカップルなんて。

お姉ちゃんがさ、”ピンクのパジャマを着たあのオッサンの数え歌を歌わないと湯船に浸かった気がしないんです”なんて告白は不要でしょ。

それにさ、今までフィーリングが合ってたんだから問題ないじゃん?」


 「・・・・。

ユウジはうちでは何回かご飯を食べたりしたじゃない?」


 「そうだね。毎回すき焼きだった」



 ユリはお腹が空いているのか、すき焼きを思い浮かべた、食い意地の張った表情を隠しもしない。それを呆れながらも横目で見る。いちいち構っていたら、話が進まない。



 「あたし、一回もユウジの家に上がったことないの」


 「・・・マジ?」




 あたしは大きく頷いた。

 あたしが気になるのはそこなのだ。

 ”ずっと一緒にいれたらいいな”という結婚願望は正直、結構強くあった。

 結婚という波はあたしの友人を第一波が大学を卒業したらすぐさらい、第二波が25歳位をさらっていった。今は三十路前にって頑張ろうとするあたしたちが第三波に乗ろうとしている。



 一回も彼の家に上がったことがないというのは、普通であれば歓迎されていないのではないかと考える。何か理由があると思うのは仕方ないだろう。

 ユウジはお姉さんがいるとしても、長男だし、弟もいる。うちはあたしとユリの二人姉妹だけど、婿を取るという考え方がない以上、嫁に行くものだと思っていた。その嫁に入る予定の家に一回もお邪魔したことがないというのはどうも腑に落ちないのだ。プロポーズまでされるような仲なのに。



 あたしはユウジが好きだ。だから、できれば今回の第三波に乗りたい。

 いや、ここで乗らなければ27歳の今、結婚式の準備や妊娠から出産までの時間を考えて体力等、余力が残らない。二人で生活をしたことがないのだ。しばらくは二人きりを楽しみたい。

 さらに子供を授かるとも限らない。たぶん大丈夫だと思うが、不妊治療を視野に入れたり何かと考えることが多いのだ。



 ・・・ふぅうううう、あたしは大きな溜め息をついて首を振った。

 勢いで結婚するには、歳と共に余計な知識がついてしまって考えることが多い。

 唯一の救いは、二人ともしっかり仕事をしているから金銭面での不安がないことか。



 「でもさ?

今度の土曜日に、ご飯に招待されたんだよ」


 「いいことじゃない?行くんでしょ?」



 ユリは首を傾けた。何をそんなに考えることがあるのか分からないのだろう。若さは羨ましい。

 今まで招待も何も、ユウジの家すら見たことがないのだ。あたしの存在は知っていてくれているだろうが足踏みもする。きっと何かしらあるに違いないのだ。そして今日はそれが証明された日でもある。



 「まぁね、でもさ?ユウジに言われたの。

うちは少し変わってるって」


 「ユウジがすっごいマザコンで、いちいち”あーーーん”ってしてもらってるってこと?」


 「・・・そうとは限らないじゃない」



 その可能性もあるのか。

 あたしは再度、溜め息をついた。


 あたしはユウジの母親が強烈なのかと思っていた。ユウジがマザコンの片鱗も感じさせず全く普通だから。

 もの凄い彼女を敵視するとか、我が強いとか、マシンガントークで圧倒されるとか、ど天然であるとか個性が強烈なのかと思っていた。なぜ、今まで一度もお呼ばれしたことがなかったのか。もしそれがユウジがあたしを家に連れて行くほどの女ではないと判断していたなら、良くはないが、まだ良い。

 ただ、ユウジの言う、”少し”変わっているというのが理由であった場合、どこまで遠慮をした”少し”なのか。



 「手土産は何もって行くの?

服は?あのワンピース着るの?この前買った、可愛いやつ?」


 「あ、あぁ、そうね・・・」



 あたしはユウジが好きだ。結婚をしたい。

 愛を育み、家族を作り、愛に溢れた人生を送りたい。

 ユウジは仕事をしっかりしているし、ギャンブルもしないし、浪費癖もない。しっかり貯金もしているようだ。煙草だって吸わないし、健康だ。ユリの言うようにフィーリングだってあっているし、5年経って多少はマンネリがあったとしても体の関係もきちんとあるし、相性だって悪くない。あたしからは申し分のない相手なのだ。



 少しくらい家族が変わっているのだからって、どこの家だって同じようなものだ。

 自分の家族が常識であり、普通だ。それはどこの家だって同じだろう。

 何を悩むことがある?



 もはや、これが噂のマリッジブルーというやつなんだろうか。




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