表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浪花食い倒れ歳時記:梅の屋  作者: velvetcondor guild


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第8話

浪花食い倒れ歳時記:梅の屋・八月(葉月)の章

―― 盛夏の忍耐、氷出汁こおりだし素麺そうめんと「焼き茄子」の慈悲、そして一時の静寂 ――

八月は、大阪の街が「忍耐と祈り」に包まれる月。

「梅子ちゃん、今日はもう歩くだけで干物になっちまいそうだ! 氷だ、氷をくれ!」

信吉が汗を拭いながら、木箱に詰められた貴重な氷を運び込んできます。

この時期の梅の屋の厨房は、熱を一切排除し、冷たさの中に「命の輝き」を封じ込める、氷の神殿となる場所。

指南の第一は、極限の涼、浪花の「氷出汁素麺」にございます。

八月の出汁は、通常の倍の昆布を使い、雑味を一切出さぬよう水出しで一晩かけて抽出します。

「梅子、暑いときこそ、出汁の『芯』を太くしなさい。氷が溶けても、最後まで香りが薄れない、不屈の出汁を作るんだ」

源蔵の教えの通り、私はその濃厚な出汁を一度凍らせて「出汁氷」を作ります。

茹で上げたばかりの真っ白な素麺を、井戸水で一気に締め、出汁氷を浮かべた器へ。

一口啜れば、喉元を通り過ぎる氷のつぶてが全身の熱を奪い、脳の奥まで清涼感が突き抜ける。

これこそが、命の危険を感じるほどの猛暑から人を救い出す、梅の屋の「命の滴」にございます。

指南の第二は、とろけるような慈悲「焼き茄子の冷やし」。

八月の茄子は、太陽の光をたっぷりと吸い込み、その身に濃厚な甘みを蓄えています。

「八月の料理は、火を使いながらも、その火を感じさせないこと。茄子の皮を真っ黒に焼き、その熱い皮を剥いて、すぐに氷水で締める。その『熱』と『冷』の激突が、茄子の身を宝石に変えるのです」

お菊の指南に従い、私たちは炭火の強火で茄子を一気に焼き上げます。

香ばしい焦げ目の香りを身に残したまま、中身はとろとろのクリームのよう。

それを冷たい出汁に浸し、おろし生姜をたっぷりと添える。

「はふっ」と口に含めば、焼き茄子の香ばしさが鼻を抜け、冷たい出汁が舌を癒やす。

夏バテで食欲を失った人々の胃袋を、優しく、しかし確実に再起動させる、大阪の女の「思いやり」にございます。

指南の第三は、魂を鎮める「盆の盛り付け」。

八月は、先祖の霊が帰ってき、生命の尊さを改めて噛み締める月。

「料理は、ただの栄養ではありません。この世にいない大切な人たちとも、食卓を囲んでいるという実感を持ちなさい」

お菊の教え通り、私たちは蓮の葉を皿に見立て、その上に清らかな盛り付けを施します。

素麺の横には、鮮やかに刻んだ「紅生姜」を、まるでお盆の送り火のように一点。

その紅は、厳しい夏を生き抜く私たちの「血の通った証」。

「さあ、この一皿を食べて、身体の中の火照りを鎮めてください」

その一言と共に差し出す膳は、騒がしい蝉時雨さえも遠のかせる、静寂の贈り物にございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ