第7話
浪花食い倒れ歳時記:梅の屋・七月(文月)の章
―― 祭りの熱狂、天神祭の「鱧寿司」と「雷干し(かみなりぼし)」、そして浪花の意地 ――
七月は、大阪の街が「太陽の化身」となる月。
「天神祭が来なけりゃ、大阪の夏は始まらんし、終わらん!」
信吉が雑喉場から、威勢のいい声と共に、さらに脂の乗った最高級の「金鱧」を担ぎ込んできます。
この時期の梅の屋の厨房は、熱気と活気に溢れ、職人たちの目が最も鋭く光る場所。
指南の第一は、祭りの主役、浪花の誇り「鱧寿司」の極致にございます。
六月の「落とし」が清涼なら、七月の「寿司」は情熱。
源蔵が秘伝のタレを火にかけ、醤油と味醂が焦げる香ばしい香りが船場の空へ立ち上ります。
「梅子、祭りの料理は、食べた人の血を沸き立たせなきゃいかん。このタレは、先祖代々、そしてこれからの未来へ繋ぐ、梅の屋の命の滴だよ」
私は骨切りした鱧を串に打ち、炭火の上で一気に焼き上げます。
皮はパリッと香ばしく、身はふっくらとタレを抱き込む。
それを松子と竹子が炊き上げた、少し強めの酢飯に乗せ、押し寿司にする。
一口頬張れば、鱧の力強い旨みと酢飯の爽快さが口の中で祭囃子を奏でる。
これこそが、千年の祭りを支えてきた、浪花の「勝負飯」にございます。
指南の第二は、太陽を喰らう「胡瓜の雷干し」。
七月の太陽は、食材を乾かし、旨みを凝縮させる最高の調理人。
「七月の料理は、自然の猛威を味方につけること。この焦げ付くような日差しで、胡瓜の水分を飛ばし、歯応えと生命力を閉じ込めるのです」
お菊の指南に従い、私たちは胡瓜を螺旋状に切り、真夏の太陽の下に数時間晒します。
しんなりと、しかし芯には驚くべき弾力を宿した胡瓜。
それを、梅の屋特製の出汁醤油と、たっぷりの「紅生姜」の刻みで和える。
「バリッ、ポリッ」
噛むたびに鳴り響くその音は、まるで真夏の空に轟く雷の音。
身体の熱を逃がし、失われた塩分を補い、再び祭りの人混みへと飛び出す勇気を与えてくれる。
それは、過酷な夏を笑って過ごすための、大阪人の「知恵の結晶」にございます。
指南の第三は、祈りと共に捧げる「御迎船の盛り付け」。
七月二十五日、船渡御の夜。
「料理は、神様への捧げ物であり、この街で懸命に生きる人たちへのエールです。一皿の中に、淀川の夜景と、打ち上がる奉納花火を映し出しなさい」
お菊の教え通り、私たちは黒漆の器を夜空に見立て、金箔を散らして星とし、その上に美しく切り分けた鱧寿司を並べます。
傍らには、氷を削って作った「雪山」を添え、涼しさを演出する。
「さあ、この一皿を食べて、祭りの主役になってください」
その一言を添えて出す膳は、熱き大阪の魂を鎮め、同時に明日への希望を爆発させる「魔法の供物」にございます。




