第6話
浪花食い倒れ歳時記:梅の屋・六月(水無月)の章
―― 浄化の雨、鱧の骨切りと「夏越し(なごし)の豆腐」、そして半年の誓い ――
六月は、大阪の街が「水の神」に祈りを捧げる月。
しとしとと降る梅雨の雨は、淀川を潤し、道修町の石畳を黒く光らせ、人々の心に静寂をもたらします。
この時期の梅の屋の厨房は、一年の折り返し地点として、最も厳粛な空気が流れる場所。
指南の第一は、大阪の板前の命、伝説の「鱧の骨切り」にございます。
信吉が「梅子ちゃん、今年一番の、牙の鋭い荒くれ者の鱧を連れてきたよ!」と運び込むそれは、まさに海の龍。
「梅子、鱧を料理することは、その荒ぶる魂を鎮めることだよ。一寸(約三センチ)の間に二十四回。包丁の刃先で骨の音を聞き、身を殺さず、花を咲かせる。それができて初めて、あんたは浪花の女になれるんだ」
源蔵の厳しい視線の先で、私は信吉からもらった針のような包丁を握り締めます。
シャリ、シャリ、シャリ。
静かな厨房に響くのは、雨音をかき消すような、規則正しくも鋭い骨切りの音。
皮一枚を残し、無数の小骨を断つ。
この音こそが、大阪の夏の訪れを告げる「魂の鼓動」にございます。
指南の第二は、半年分の穢れを祓う「夏越しの豆腐」。
六月三十日の「夏越の祓」に合わせて供されるのは、真っ白な豆腐に、小豆を散らした「水無月」に見立てた一品。
「六月の料理は、透明であること。身体に溜まった湿気と、半年間の心の迷いを、水の力で洗い流すのです」
お菊の指南に従い、私たちは道修町の冷たい井戸水で豆腐を締め、そこに魔除けの赤である「小豆」を煮て添えます。
さらに、梅の屋ならではの趣向として、出汁を氷のように冷やし、そこに「紅生姜」の絞り汁を一滴。
豆腐の清廉な白と、紅生姜の淡い桃色。
一口食べれば、氷が溶けるように身体が軽くなり、明日からの後半戦へ向かう清々しい覚悟が生まれる。
それは、浪花の商売人たちが半年間の苦労を水に流し、再生するための「心の禊」にございます。
指南の第三は、雨を愛でる「静寂の盛り付け」。
六月は、派手さを避け、水の滴るような瑞々しさを尊ぶ月。
「雨を嫌ってはなりません。雨があるからこそ、緑は深まり、水は清まる。料理の中にも、その『雨の恵み』を映し出すのです」
お菊の教え通り、青紅葉の葉を一枚、氷の上に散らし、その上に骨切りした鱧を「落とし(湯引き)」にして並べます。
お湯の中で一瞬にして白く花開いた鱧は、まるで雨の中に咲く大輪の牡丹のよう。
そこに梅肉の紅を添える。
「さあ、この一皿で、貴方の心の中の雨を、恵みの雨に変えてください」
その一言と共に差し出す膳は、どんよりとした梅雨空を忘れさせる、涼風の贈り物にございます。




