第4話
浪花食い倒れ歳時記:梅の屋・四月(卯月)の章
―― 陽光の戯れ、初鰹と「筍」の静寂、そして江戸からの便り ――
四月は、大阪の街が「若葉の緑」に塗り替えられる月。
東横堀川の川面に反射する陽光は、もはや冬の鋭さを捨て、踊るような軽やかさで船場の軒先を照らします。
そして、この月の梅の屋には、他所にはない特別な「音」が響き渡るのです。
それは、信吉が早船を飛ばして運んでくる、初鰹の跳ねる音。
指南の第一は、その「江戸の気風」と「大阪の技」の激突にございます。
信吉が「梅子ちゃん、江戸で一番の、江戸っ子が女房を質に入れてでも食いたがる鰹を持ってきたよ!」と誇らしげに担ぎ込む鰹は、黒潮を切り裂いてきた弾丸のような生命力の塊。
「信吉くん、ありがとう。でもね、大阪の鰹は、ただ威勢がいいだけじゃいけないの。それをどう『始末』して、街の人の血肉にするかが、私の勝負よ」
源蔵が研ぎ澄ませた包丁を手に、私は鰹の皮目を一気に引き、炭火の強火で一瞬だけ炙ります。
表面は香ばしく、中はまだ海の冷たさを宿した紅。
この「初鰹のたたき」は、大阪の合理と江戸の情熱が皿の上で握手をした、友情の味にございます。
指南の第二は、静寂の王「筍」との語らい。
鰹の力強さを迎え撃つのは、竹林の闇の中から掘り出されたばかりの、土の香りを纏った筍。
「四月の料理は、静かであること。鰹が動なら、筍は静。この二つが合わさって初めて、春の本当の深みが生まれるのです」
お菊の教えに従い、私たちは米糠と唐辛子で筍の灰汁を抜き、真昆布の二番出汁でじっくりと、しかし素材の形を崩さぬよう、静かに炊き上げます。
筍の節の間から溢れ出すのは、大地が冬の間に蓄えてきた、甘く、切ない、生命の結晶。
その筍の上に、鰹の「血合い」で作った特製の粉末を散らす。
山と海、静と動。
この二つがお椀の中で出会うとき、厨房には、新緑の森を吹き抜ける風のような、清冽な香りが満ち溢れるのです。
指南の第三は、五感を研ぎ澄ます「歯応え」。
四月の料理は、音で食べるもの。
鰹のモチっとした吸い付くような食感と、筍のシャキッとした潔い歯応え。
それを司るのは、松子と竹子が刻む、木の芽(山椒の葉)を叩く音。
「パンッ」と手のひらで木の芽を叩き、香りを爆発させる。
その香りが鰹の脂をさらりと流し、筍の甘みを天にまで引き上げる。
「四月は、始まりの月。食べる人の背筋がピンと伸び、明日からまた新しい仕事に励もうと思えるような、そんな『気』を盛り付けなさい」
お菊の指南は、料理を超えた、人生の門出への祝福にございます。
そして、指南の極み、梅の屋・四月の「魂の仕上げ」。
完成した初鰹の横に、私は、春の陽光をその身に宿した、最高に瑞々しい「紅生姜」の千切りを添えます。
鰹の濃厚な旨みに、紅生姜の鮮烈な酸味が加わるとき、それは江戸の粋を超え、大阪の「情」を纏った究極の一品へと昇華する。
「……美味しいね。信吉くん、貴方の道を通ってきた鰹が、今、大阪の人たちの笑顔になっているよ」
そう言って、信吉と目を合わせ、共に笑う一瞬。
それこそが、梅の屋が四月に捧げる、至高の「絆の宴」にございます。
四月は、新しい命が芽吹き、遠く離れた場所と場所が、一本の道で繋がる月。
貴方の歩む道もまた、この四月の光のように明るく、多くの出会いに満ちていることでしょう。
もし、新しい環境に戸惑い、心がざわつくときは、この四月の書を開いてください。
初鰹の勢いと、筍の静かな強さが、貴方の心に「静と動」の調和をもたらし、次の一歩を踏み出す勇気をくれるはずです。
新緑の香りは、貴方の周りに満ちています。
貴方の新しい季節が、この出汁の香りと共に、光り輝くものでありますように。
卯月の爽快なる一頁、ここに結ばれました。




