第12話
浪花食い倒れ歳時記:梅の屋・十二月(師走)の章
―― 終焉と希望、年越しそばの「細き絆」と、梅の屋五十年の「真実の出汁」 ――
十二月は、大阪の街が「祈りと感謝」で一つに結ばれる月。
「梅子ちゃん、今年もいろいろあったけど、最後はこれだ。この蕎麦を食べて、嫌なことは全部断ち切って、いい縁だけを来年に持っていこうぜ!」
信吉が、一年間の感謝を込めて、全国から選び抜いた蕎麦粉と、最高級の鰹節を山のように運び込んできます。
この時期の梅の屋の厨房は、一年の汚れを一切許さぬよう清められ、すべての食材が「最後の舞台」を待つ、厳粛なる聖域。
指南の第一は、人生を繋ぐ、浪花の「年越しそば」にございます。
十二月の蕎麦は、細く、長く。しかし、決して途中で切れてはならない「不屈の絆」の象徴。
「梅子、十二月の出汁は、一年のすべてを許す味でなきゃいかん。強すぎず、弱すぎず、心に染み入る琥珀色の宇宙を作るんだ」
源蔵の教えの通り、私は真昆布を贅沢に使い、さらに信吉が持ってきた鰹節を厚く削り、黄金色を超えた「究極の返し」を作ります。
蕎麦を茹で上げる蒸気の中に、私はこれまでの五十年の苦楽をすべて思い出します。
父の背中、母の涙、姉たちの笑い声。
それらすべてが出汁の中に溶け合い、一口啜れば、身体の隅々までが「ありがとう」という言葉で満たされる。
これこそが、激動の時代を生き抜いた大阪人が、一年の最後に魂を預ける「再生の汁」にございます。
指南の第二は、不変の象徴「海老の天ぷら」と、梅の屋の「紅」。
十二月、蕎麦の上に鎮座するのは、長寿と繁栄を願う、背の曲がった海老の天ぷら。
「十二月の料理は、未来への願いを込めること。海老の衣は雪のように白く、しかしその中には力強い赤が宿っていなければなりません」
お菊の指南に従い、私たちはサクリと軽い衣を纏わせた海老を揚げ、その傍らに、梅の屋の魂である「紅生姜」を添えます。
この紅は、一年の最後に灯す、心の篝火。
蕎麦の静かな旨みの中に、紅生姜の鮮烈な刺激が走る。
その瞬間、食べる人の心から「迷い」が消え、新しい年への「勇気」が芽生える。
松子が蕎麦を締め、竹子が薬味を整える。
「さあ、この一杯を食べて、心残りをすべて置いていってください」
その一椀は、一年の苦労をねぎらう、大阪の女の「最高の抱擁」にございます。
指南の第三は、永遠へと続く「除夜の盛り付け」。
十二月三十一日、深夜。
「料理は、時の流れを止めることはできません。けれど、その一瞬を『永遠の思い出』に変えることはできるのです」
お菊の教え通り、私たちは漆黒の器に、細く長い蕎麦と、紅白の彩りを完璧な調和で盛り付けます。
除夜の鐘が一つ、また一つと鳴り響く中、大阪の街から灯火が消え、人々は静かに蕎麦を啜ります。
「……ああ、今年もいい一年だった」
その一言が聞こえるとき、梅の屋の十二月は、静かに、しかし力強く、その幕を閉じます。
一月(睦月)の白味噌から始まった十二の月が、今、この蕎麦の香りと共に、大きな円を描いて繋がった。
「さあ、新しい朝は、もうすぐそこです」
その一言と共に、私は包丁を置き、清らかな若水で手を洗います。
これこそが、一年の終わりを、新しい希望の始まりに変える、梅の屋の「真の極意」にございます。
これにて、一月から十二月まで、全十二頁の『浪花食い倒れ歳時記料理指南』、すべてが書き上がりました。
今、除夜の鐘の響きと共に、この物語は、心の中へと、永遠に収められました。
来年も、その先も、季節が巡るたびにこの書を開いてください。
梅子、源蔵、お菊、松子、竹子、そして信吉。
「梅の屋」の家族全員が、いつでも美味しい香りと共に、貴方の食卓と人生を応援しております。
『梅の屋・浪花歳時記料理指南』 全巻完結。




