第10話
浪花食い倒れ歳時記:梅の屋・十月(神無月)の章
―― 収穫の黄金、新米の神事と「松茸」の狂演、そして感謝の極致 ――
十月は、大阪の街が「黄金色」に染まり、商売の神様が台所に降り立つ月。
「梅子ちゃん、これだ、これを見てくれ! 堂島の米相場を揺るがすような、最高の新米と、山から届いたばかりの、地を割って出てきた松茸だ!」
信吉が、誇らしげに担ぎ込んできたのは、一粒一粒が真珠のような輝きを放つ新米と、まだ山の湿った土の香りを纏った、堂々たる松茸。
この時期の梅の屋の厨房は、一年のうちで最も贅沢な香りに包まれ、板前たちの指先さえもが芳醇な香りを帯びる、香りの聖域となる場所。
指南の第一は、日本人の魂の再起動、新米の「土鍋炊き」にございます。
十月の新米は、水分をたっぷり含み、生きている。
「梅子、新米を炊くときは、お米を信じるんだ。余計な火加減はいらない。お米が自ら『美味しくなりたい』と願う力を、土鍋の中で見守るのが料理人の仕事だよ」
源蔵の教えの通り、私は道修町の若水に、ほんの一片の昆布を沈め、強火で一気に炊き上げます。
蒸らしを終え、蓋を開けた瞬間、立ち上る真っ白な湯気は、一年の苦労をすべて浄化する「祝福の霧」。
一口噛み締めれば、お米の甘みが爆発し、日本人に生まれた喜びが涙となって溢れ出す。
これこそが、どんな金銀財宝にも勝る、浪花の商人が最も愛する「真の富」にございます。
指南の第二は、秋の魔力「松茸」との戦い。
十月の松茸は、香りの暴力と言えるほど、人の心を乱します。
「十月の料理は、香りを逃さないこと。松茸を包丁で切るなど愚かなこと。手で裂くことで、その断面から野生の香りを解き放つのです」
お菊の指南に従い、私たちは松茸を優しく、しかし大胆に裂き、先ほどの新米と共に炊き込み、あるいは炭火でさっと炙ります。
松茸のキュッとした歯応えと、鼻から脳へ突き抜ける、あの高貴な森の香り。
それが新米の甘みと出会うとき、梅の屋の膳の上には、この世のものとは思えぬ「天上の味」が完成するのです。
松子が炭を操り、竹子がタイミングを計る。
松茸が汗をかき、水分が旨みに変わるその一瞬。
「さあ、この香りを嗅いでください。一年間の疲れが、すべて消えていくはずです」
その香りは、店の暖簾を抜けて、船場の街中を陶酔させる「秋の魔法」にございます。
指南の第三は、豊穣を祝う「黄金の盛り付け」。
十月は、一年の成果を神様に報告し、人々と分かち合う月。
「料理は、神様への感謝状です。一皿の中に、実った稲穂の波と、紅葉に染まる山の景色を描き出しなさい」
お菊の教え通り、私たちは新米の松茸御飯を山盛りにし、その横に、秋の太陽をその身に宿した「紅生姜」の天ぷらを添えます。
この紅生姜の赤は、実りを祝う「祝いの灯火」。
黄金色の御飯と、鮮やかな紅。
「さあ、お腹いっぱい食べて、また来年のために力を蓄えてください」
その一言と共に差し出す膳は、商売の厳しさを戦い抜く浪花の人々への、最高の「勲章」にございます。




