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(第一篇)南国の驟雨

 またたくまに空一面が灰色の雨雲に覆われ尽くした。スコールの兆しは生温い湿気の急激な高まりにも感じられた。間合いはなかった。すぐにオーケストラ指揮者の最初のタクト一振りに呼応して、といったふうに風が巻き起こり、境内の丈高い樹々の枝葉がおおきく揺れ始めた。鳥たちがけたたましく鳴き交し、何処かへ飛び去って行った。通り向こうの銀行の屋上に掲げられたタイの国旗が、真横にはためいていた。疾風が境内を駆け巡り、土埃が湯煙のように舞った。そして稲妻が曇天に走り雷鳴が轟くと、ドシャ降りの雨が地面を叩いた。その雨足の烈しさは、いつも熱っぽい境内の樹々の肌や、熱含みの僧院の屋根や壁だけではなく、ダルな人の頭の熱りをも一気に冷まさんとするかのようだった。

 この激雨さなかに、上半身裸に短パンの地元の少年三人が自転車で境内にやってきて、サッカーを始めた。ボールは少年たちの裸足にドリブルされて、広い境内を小さな車輪のように雨水を巻いて転げ回った。少年たちのキックはなかなかシャープだった。蹴り上げられたボールは、雨足のはたきにも負けることなく勢いある放物線を雨中に描いて、ズブぬれの少年と少年を繋いだ。向かいの庫裡の軒下で、若年の僧が腕組みをして柱に身を寄せて立ち、煙草を吹かしながら雨天を見上げていた。戒律は空の彼方に、といった風情だった──。

 白昼のスコールはおよそ二十分ほどで止んだ。そして、すぐにもとのカンカン照りの日差しに戻っていった。


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