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episode5-1.二人はいつか再会する

「それは呪いだ。人々がお前に突き付けた刃であり……お前自身が突き付けた刃でもある」


 故郷を発つ時。師とも言える人物は少女を指して言った。

 体中に刻まれた呪いの痕跡。それから目を逸らした女性は長い溜息をついた後、少女の頭に手を乗せた。


「今は解けなくてもいい。自分を責めてもいい。……だがもし」


 頭に乗せられた手が少女の胸へ移る。

 拳が優しく添えられた。


「『許された』と思えた瞬間が来たら――その時は、その気持ちに従うんだ」


 それが許しを与えた相手への敬意であり、他者の為に尽くすと決めた者の使命だと彼女は言った。



***



 少女は目の前の青年を見つめる。

 彼は自分の事情を知らない。そして『許す』という言葉を使ったわけではない。

 だがずっと重くのしかかっていた胸の澱みが、僅かに軽くなった気がした。


 人の期待に応えられず、失望させた。

 誰よりも、自分自身が自分を許せなかった。


 だが――そんな自分の身を案じて諭す者が目の前にいた。

 そんな彼の言葉が少女には「貴方を許す」というものに聞こえたのだ。


 自分を真っ直ぐと見つめる青年の瞳。

 少女はそれを見つめ直した。


 他者の為に生きる。

 その使命を背負う事に決めた自分が、他者の想いを、望みを跳ね除けていいのだろうか。


 ……いや、答えは決まっている。


 師にあの言葉を向けられ、彼に望みを告げられた。

 決断を下すには充分すぎた。


 少女はアルフに握られていない方の手を自身の胸に当て、強く念じる。

 それは行使が非常に困難な魔法。それを彼女無詠唱で行った。


 すると少女の首や顔に這っていた呪いの言葉が薄れていく。

 そして彼女の顔が本来の美しい肌を取り戻した時。少女は自身の胸から、アルフの手へ触れる。


「……君、自力で呪いを」


 少女はほんの僅かに口元を緩める。

 その時だ。アルフの手から逃げ出すように、聖剣が重さを取り戻す。

 そしてそれが彼の手から離れたその時。少女は彼の代わりに片手で受け止める。

 彼女の手に戻った事で聖剣は本来の効果を取り戻した。


 だがそれを少女は再びアルフへ握らせる。

 その行動の意味をアルフは理解していた。


「……君が傷付く為の力は、少しの間預かっておくよ。代わりに助力を頼んでもいいかな」


 言葉がなくとも彼女の返答はわかっている。

 アルフは聖剣を受け取ると龍へ向き合った。

 そして一度少女へ振り返り、優しく微笑んでから――駆け出す。


 龍はアルフへ向かって魔法を放った。

 だがそれら全てを無駄のない動きで、そして凡人の目には止まらぬほどの速さで避けていく。


(『聖剣の刃はどんなものでも通す』。逸話が正しいのなら、魔法ですら傷付く龍の鱗なんて――)


 龍の足元へ辿り着いたアルフの背には掠れた声が僅かに届いていた。


「汝、世の堅牢を象徴する者よ。今ここに汝の使命を定める。彼の敵を封じよ。――アイアン・ブランブル」


 詠唱が途絶えた次の瞬間。

 先に刃を付けた無数の鎖が現れ、龍の体へ巻きつき、貫き、地面へと縫い止めた。

 その鎖は見た目以上に丈夫らしく、龍が苦しげに身悶えしようとも罅一つ入らなかった。


 それを間近で見ながらもアルフの動きは鈍らない。

 少女の魔法の腕は知っているし、万が一にも彼女が自分を傷つけることはないと確信していた。

 銀色の光を帯びる聖剣。

 それを握りしめたアルフは大きく跳躍し、龍の尾から背へと登り詰め――宙へ飛んだ。


 空中へ高く舞い上がった彼は大きく聖剣を振り上げる。


「――終わりだ」


 振り下ろされた刃は龍の首を捉える。

 そして剣を振るった姿勢のままアルフが着地して数秒が経った頃。


 龍の頭部が首から滑り落ちる。

 先に頭が地面へ激突し、それに続くように綺麗な断面を首に残した胴体が倒れる。


 巨体が崩れ落ちる凄まじい音が響き渡った。

 しかしその後は直前の轟音とは打って変わり、静寂が訪れる。


 アルフは息を整え、龍の死骸を見上げる。

 そんな彼の頬に雫が落ちた。

 それはぽつりぽつりと数を増やし、あっという間に大雨へと変わる。


 まさかと思いアルフが少女を見れば、案の定彼女は天に向かって両手を掲げていた。

 少女が生み出した雨はあっという間に村を襲う炎を消し去っていく。


 アルフはその光景を見つめながら静かに目を伏せ、雨の冷たさに身を委ねる。

 火が完全に消えるまでに、そう時間は掛からなかった。



***



 翌朝。都市部から派遣された騎士たちによって村の支援が行われる。近いうちに復興作業も始まるとのことであった。

 少女とアルフはそんな様子を森から遠目に眺める。


「何故、呪いを解かないんだい」


 アルフは視線だけを隣の少女へ向ける。

 彼女は相変わらず返事をするつもりはないらしかった。


「……じゃあ何故、呪いを解こうと思ったの」


 質問を変えてみる。

 どうせ結果は同じだろうと踏んでいた。

 暫く続いた沈黙にアルフが肩を竦めたその時。


 彼の耳に掠れた声が飛び込んだ。


「…………許し」


 アルフは驚きのあまり反射的に少女へ振り向き、限界まで彼女との距離を縮める。

 その勢いに負けるように少女が仰け反り、そこで漸くアルフは気持ちを落ち着かせた。

 失礼、と咳払いをする。


「許し?」


 聞き返すも返事はない。今度こそ答える気はないらしい。

 となればアルフが推測を重ねるしかないわけだが、彼が答えにたどり着くのはそう難しい事でもなかった。

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