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episode4-2.自己犠牲を望む者と嫌う者

 龍の狙いがアルフや村人から逸れる。

 そのうちに離れていく老人や子供達を背に庇いながら、アルフは少女の様子を固唾を呑んで見守っていた。


 龍が吐き出す炎を防御魔法で防ぐ少女。

 彼女は鉄の鎖や槍を生成しては、龍の死角を狙って放つ。

 それは着実に龍の体を傷つけている。


(龍の鱗は鋼鉄ですら貫けないというのに、こうも易々と)


 少女の魔法の才にアルフは改めて舌を巻く。

 龍が吐き出す炎や溶岩、周囲で発生する炎の渦や球は全て一人の少女へと向けられる。


 しかし少女は魔法で浮き上がるとそれらの隙間を縫うように浮遊し、龍の攻撃を全て避けた。


「……すごい」


 龍の魔法の発現速度は凄まじく、その手数で退路は絶たれていく。

 だが塞ぎきれない逃げ道を少女は目ざとく見つけ、スレスレのところで攻撃を避けていく。


 攻撃の合間に生まれる隙を見つけた彼女は、龍の魔法を避けた先で頭上に無数の大剣を生み出した。

 勝敗は決したように思えた。

 しかし、次の瞬間。


 少女の体が大きく傾く。

 フードの下、苦しげに喘いだ少女は蹲った。

 そしてその瞬間、出現した武器が灰となって消えていく。


 アルフは見逃さなかった。

 少女の体に浮かぶ呪いの証が濃さを増したのを。


「……っ!」


 龍はその好機を逃さない。

 少女へ向けて大きく口を開け、炎の息吹を放とうとする。


 彼女の危機を悟ったアルフが駆け寄ろうとしたその時。

 少女が片手に握っていた聖剣が強い光を帯びた。


 そして彼女の視線がアルフ――そして既にその場から脱した村人達が先程までいた場所へ向けられ――


 柔い笑みを浮かべた。


 それは安堵と、それ以上の――喜び。

 その笑みが、アルフの過去の知人の面影と重なる。


(――わかった。聖剣に選ばれる者が持つものが)


 全身が総毛立つのを感じる。

 沸々と怒りが湧くのをアルフは感じた。



***



「アルフ」


 黒髪の女性――母はアルフの髪を撫でる。

 彼女は歌うような美しい声で言った。


「誰かの為になることをしてね。皆んなに優しくするの」

「でも、そんな事したって、だれもおれには優しくしてくれない」

「そんなことないわ。今の母様のように……貴方がこれから優しくしてあげる、沢山の人たちも、いつか貴方からもらった優しさを返してくれる。そうやって人は生きていくものなの。それ以上に嬉しいことなんてきっとないわ。だから……」




 ――誰よりも優しい子になってね。愛しい我が子。


 不意に、そんな言葉が脳裏で反響する。

 呆然と立ち尽くすアルフの視線の先、転がるのは首を失った胴と、黒い髪の女の頭だった。


(……これが、優しさを与えた者の末路? こんな結果のどこが幸せだと…………)


 投げつけられる暴言の中、遺体が運ばれていく。

 それを静かに見つめていたアルフの視線に、女性の顔が一瞬留まる。

 諦念の中に確かにある慈しみ。後悔はしていないとでも言いたげな静かな微笑み。


 彼女は自身の幸せを犠牲に他者へ尽くし、そして、彼らの手によって首を刎ねられた。

 魔女だと罵られた彼女が笑みを浮かべていた理由はわからない。

 ただ、残された子を残して自己満足に笑う彼女がアルフは許せなかった。



***



(――自己犠牲)


 目の前の少女は、自分の母と同じ顔をしている。

 残される側が何を思うのか、そんな事を微塵も感じない、自己満足の塊。

 そして聖剣はそんな持ち主の心に気付き、その考えこそが正しいと肯定し、賞賛するように輝きを増す。


「ふざけるな……っ!」


 アルフは吐き捨てると少女へと向かった走り出す。

 彼女の前に躍り出ると同時、龍が灼熱を放つ。


 自身の視界を遮るアルフの姿に驚愕し、少女の顔からは笑みが消え、絶望に染まる。

 大きな表情の変化。それを初めて見たアルフは満足そうに口角を釣り上げる。


「ざまぁみろ」


 彼は少女から聖剣を奪い取る。

 そして自分へ迫った炎を正面から叩き切った。


 龍の攻撃が刃にぶつかると同時、剣に弾かれた炎が空気に霧散して消えていく。

 そして赤い光が消滅したのを確認するとアルフは少女へと振り返り、その胸ぐらを掴んだ。


「……自己満足に残される人間の気持ちがわかっただろ」


 アルフが前へ飛び出した時、彼女は思ったはずだ。

 自分のせいで彼が死ぬと。

 その恐れと罪悪に苛まれた彼女はアルフは続ける。


「ふざけるなよ。自己犠牲なんてものは傍迷惑なエゴでしかない。そんなものを、俺の目の前で……俺に押し付けるな……!」


 アルフは握った聖剣を持ち上げ、睨み付ける。


「自己犠牲の精神こそが何よりも尊いものだとこの剣が言うなら……俺は自分の力で一生聖剣が抜けなくてもいい。そして君にも、相応しくはない」


 アルフは空いている手で少女の頬に優しく触れた。


「誰かを想い、他者の為に尽くしてきたような人が、自身を犠牲にしなければならないなんて話、馬鹿げてる」


 少女の瞳が動揺で揺れている。

 アルフの瞳もまた、強い思いを抱えて揺らいでいた。


「君が自分を大切にできない人間らしいということはたった今理解した。ならせめて今だけは、俺の為に選択して欲しい」


 アルフは少女の手を握り、それを自身の額に当てる。

 そして心の底から願った。


「俺の為に、死なないでくれ」


 彼女が、自身の死に喜ばずに済む未来を。

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