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episode3-2.呪われた少女

 夜が更けた頃。

 不意にアルフの傍らで地面が盛り上がり、やがて根が飛び出した。

 それは無数に絡み合い、人二人が横になれる程度の広さのテントになる。


「……もしかして今、魔法使った?」


 植物で造られたテントに驚きながらアルフが問う。

 返事はないが、少女の仕業だという事は間違いなかった。


(無詠唱でこんな繊細な魔法を使えるとなると……詠唱を伴う魔法なら威力も精度も相当なものだろうな。流石天才と呼ばれるだけはある)


 少女はそそくさとテントの中へ潜り込む。

 だが屋根の下へ潜り込んだ彼女は隅に寄ってから体を横にする。

 テントの中できっかり残された一人分の隙間を見てアルフは声を掛ける。


「俺のことは気にしなくてもいいよ。流石に歳が近い女の子と寝るのは肩身が狭い」


 アルフの声は聞こえているはずだが、少女が姿勢を変える様子はない。

 早く休めと無言で促されているような気がした彼は訪れる沈黙に耐え切れず、やがて少女に背を向ける形でおずおずと横になった。

 暫くは言葉も見つからず、アルフはただじっとしていた。

 少ししてから、彼は自身の考えを呟いた。


「君、寂しいんじゃないかい」


 老婆から事情を聞いたこともあるのだろうが、アルフは不愛想な少女の性格や考えを何となく汲めるようになっていた。

 コミュニケーションを取ろうとはしない癖に、相手を気遣うような行いが散見される。

 客人をもてなすような、相手を世話するような彼女の行動が、相手を引き留めようとするような動きのようだとアルフは思った。


「やっぱり一緒にここを出ない? 聖剣の力が欲しいというのもあるけど……君のような子が独りぼっちで生きているというのは、少し、気掛かりに思う」


 アルフは少女の様子を窺うように寝返りを打つ。

 そして気付いた。

 少女は小さく規則正しい呼吸を繰り返して眠りに就いていた。


「……全く。マイペースな子だな」


 アルフは苦く笑い、フードの下、少女の目に掛かった前髪を払ってやる。

 呪いが刻まれた顔は僅かに顰められていて、汗が浮き出ている。


(体調が悪いのか。……呪いの影響だろうか)


 先程までは何ともなさそうだった少女の姿をアルフは思い出す。

 体の調子が左右されやすい類の呪いを抱えているのかもしれないとアルフは予想する。

 ハンカチで少女の汗を拭ってやりながら彼は静かに目を伏せた。




 少女の頭を撫でてやる内、時間が過ぎていく。

 一人になり、己の目的を思い出したアルフはふと聖剣へ視線を移す。


(そういえば、結局聖剣が持ち主に求める『清き心』というのがどういうものなのか、考えられていなかったな)


 『清き心』。その言葉から連想されるのは善意や好意、素直さや優しさ、慈愛など……底抜けの性格の良さとでも言い表せそうなものだとアルフは考えていた。

 しかしこれは明確な事が何一つない、とてもぼんやりとした予測。

 もし聖剣が本当に人間の心を読めるとして、そこから『清き心』とやらの有無を判断しているのだとすれば、『清き心』が何を指すのかを明確化できれば一度聖剣を抜くことが出来なかったアルフにもチャンスはあるかもしれない。


(とはいえ、お婆さんの話や実際に彼女の様子を見ただけじゃ決め打ちは難しいな。彼女はその人となりに於いて優れているところが多すぎる)


「……優れた人格、ね」


 アルフは静かに目を閉じる。瞼の裏、幼い頃の記憶が過った。

 美しい黒髪の女性が明るい笑顔で両腕を広げる。そして腕の中に閉じ込めた自分を優しく何度も撫でるのだ。

 しかしそんな穏やかな記憶とは裏腹に、現実のアルフの顔には険しさが増していく。


 彼は長い溜息を吐くとゆっくりと立ち上がった。

 そして森の奥、広がる闇を一瞥してから聖剣へ近づく。

 静かに柄を握り、力を入れる。

 しかしやはり剣は動かなかった。


「やっぱり駄目か。……彼女が目を覚まさないようにとっとと片を付けたかったんだけど」


 そう言いながら、アルフは自身が持ち歩いている剣を抜き、構えた。

 構えた先から五名の男が姿を現す。

 彼らは皆それぞれが得意とする獲物を持っている。

 そして彼らの目的が自分であることをアルフは悟っていた。




 倒れ伏す五人の男を見下ろしながらアルフは肩で息をする。

 彼はたった一人であっという間に襲撃者を返り討ちにした。

 五人が反撃に出るよりも先にとアルフは持っていた縄を使い、慣れた手つきで襲撃者を拘束していく。

 そして五人目、最後の一人の手足を縛っていた時。

 縛られている男が乾いた笑いを漏らす。


「そんな悠長にしてていいのか?」

「これがのんびりしているように見えるのかな」

「いや、違ぇ。そういう意味じゃねぇよ。……ナァ、オレたちは何もアンタを殺せずともアンタに勝てるんだぜ。例えば、アンタの名声を地の底へ叩き落とすとかな」

「っ、まさか――」


 初めは相手のペースに呑まれぬよう無関心を貫いていたアルフ。

 しかし相手の言葉を聞くうちに嫌な予感がひしひしと込み上げる。

 アルフは反射的に森の奥――村のある方角を見る。

 そして彼は息を引き攣らせ、顔を強張らせた。


 真夜中の空。その一部が赤く燃えていた。

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