episode3-1.呪われた少女
老婆は少年へどこかへいくよう追い払ってからアルフを小屋へ招き入れる。
「どうぞ、空いている場所へ」
「お気遣いなく」
椅子を勧め、茶を淹れようとする老婆にアルフは声を掛ける。
アルフは老婆から返された紋章を何となく眺めてから懐へしまい、未だ茶を用意しようとしている彼女の傍に並んだ。
「お手伝いしますよ」
「い、いいえ。そのような事をさせる訳には」
「俺のことはただの旅人だと思ってくれて構いませんよ。話をする為にあんなものを見せたけど、本来ここにいる訳がない人間である事はわかるでしょう」
アルフは老婆の手から茶器を取ると、湯はどこで沸かすのか、他に必要なものはあるかなどを問いながら彼女の代わりに支度を進めた。
「ご迷惑はお掛けしません。何があったとしても貴女に責任が及ぶことはありませんし、貴女が何かに巻き込まれることもないとお約束します」
静かな微笑みを浮かべる横顔を老婆は意外そうに見つめる。
あっという間に用意された二人分のお茶をテーブルに乗せ、二人はそれを挟むように向かい合って座る。
「聖剣を、欲しているのですね」
「はい」
「……しかし彼女はそれを望まないでしょう」
アルフは老婆を静かに見る。
沈黙以て話を続けるよう促された老婆は居心地が悪そうに自身のカップへ視線を落とした。
「あの子は優しすぎるのです。人を愛し、それ故に争いを好まない」
再び静寂が訪れる。
老婆は言葉に悩んでから続けた。
「かつて、辺境の村に神の遣いとして崇められた少女がおりました」
アルフは茶を一口、喉へ押し流した。
彼女の話を邪魔しないようにと口は閉ざし続ける。
「彼女が魔法の才に恵まれた……国中でも有数の天才である事に大人はすぐ気付きました。そして彼女は物心がついた頃には既に、両親の手によって神聖な存在として振る舞うよう強要された」
老婆は長い溜息を吐く。
暗く重い声色から、先で語られる話が彼女にとって深刻なものである事が窺えた。
「人々は日々、少女は救いを求めました。そして少女は数え切れないほどの願いを一人の力で叶え続けた。人の役に立つ事を、心から喜べる子供だったのでしょう…………しかしある日」
老婆は窓の外へ視線を向ける。
小屋の外には森や、例の大樹が見えていた。
「彼女は災害から村を救い切る事ができなかった。村人の期待に初めて応え切れなかった」
それからでした、と老婆は更に言葉を紡いでいく。
「人々は彼女を批判し、神聖さを騙った魔女として責め立て、最後にはいくつもの呪いをその小さな体に刻んで村から追放したのです」
アルフは静かに息を呑む。
少女の全身に浮かぶ呪いの存在が脳裏を過ったのだ。
「あんまりな話です。まだ両の手で数えられる程度の歳であった少女を魔物が溢れる外の世界へ捨て置くなど」
「その話が事実だとするならば、到底許容される話ではないですね」
アルフの言葉に老婆は静かな頷きを返す。
彼女の瞳は揺らぎ、一人の少女へ向けた同情の色がそこには映っていた。
「しかしそんな扱いを受け、苦痛を抱えながらも彼女は故郷を、そこに住まう人々を憎みはしなかった。ただ自分の至らなさを悔やみ、呪いを受け入れ、人を愛し続けた」
「それがあの少女である、と」
「……決して他言なさいませぬよう。噂が流れる事であの子が再び人の悪意に晒される事などあってはならぬ事です」
「約束しましょう」
老婆の話に区切りがついた事を悟り、アルフは茶を飲み干す。
そしてカップをテーブルへ戻すと会釈をして席を立った。
「お話感謝します。少々強引に押し入ってしまった事は申し訳ありませんでした」
「……いいえ」
老婆は席を立つとアルフを見送る為に出口へ向かう。
そして戸を開けて彼を見送りながら、言い忘れた事を思い出したように口を開いた。
「あの子は好んであのような態度をとっているのではないと思われます」
「呪いかな」
「恐らくは。……他者との交流を好んでいた彼女にとって会話を封じる事、筆談や身振りなどそれに準ずるものを封じる事こそが大きな罰になると人は考えたのでしょう。……そして彼女自身もその罰を受けるに相応しいと考えている。だから呪いを許容し、孤独を選ぶのです」
「それを聞いて少し安心しました」
言葉の真意を問うような視線がアルフへ向けられる。
彼は不敵に笑う。
「友人が不要な訳ではないのでしょう?」
アルフは老婆の小屋を後にし、夕焼けの下を歩く。
大樹が近づくにつれて何やら香ばしい匂いがした。
そして大樹まで辿り着いた時。聖剣の前に用意された焚き火と鍋、その中で湯気を立てるスープの存在に気付く。
聖剣の隣で器に満たされたスープを食す少女を見る限り、彼女が用意した夕飯である事は明らかだ。
「戻ったよ。失礼……」
アルフは数刻前と同様に彼女の隣へ座ろうとする。
そこで気が付いた。
スープの入った器とスプーンが置かれている。
ここを発つ前、アルフがサンドイッチを置いていった場所に、スープが用意されていたのだ。
おかわりの為に事前に二杯目を用意したとは考えづらい。
また少女は唖然としたアルフや地面に置いたスープには目もくれなかった。
「……いただいてもいいのかな」
少女はやはり何も答えない。
アルフは瞬きを数度して、何度か少女とスープを交互に見やってから小さく吹き出した。
「どうもありがとう。いただきます」
アルフは少女の隣に腰を下ろし、スープをいただくのだった。
黙々と食事を続ける少女と彼女へ一方的に話を投げかける少年。
夜が訪れようとしている森の奥では、二人を遠巻きに見やる集団の影が静かに蠢いていた。