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episode2-1.聖剣を持てない剣士

 持ち上げられた刃が降ろされる時を青年は静かに待つ。

 しかしその瞬間はやって来なかった。


 少女は青年の顔を一瞥した後、剣をゆっくりと下げた。

 そしてそれを相手の前へ差し出したのだ。


「な……っ」


 剣士は驚き、差し出されたそれを見る。

 少女の意図はわからない。彼女の表情はぴくりとも変化していなかった。


「……情けのつもりかな」


 相手の意図がわからない。

 聖剣に価値を見出していないのか、剣士を油断させて何かを企んでいるのか。

 だが喉から手が出る程聖剣を欲している剣士にとって、これはまたとない好機であることには変わりなかった。

 剣士は自身が持っていた剣を鞘へしまう。


「悪いけど、剣士としての恥や誇りなんてものは持ち合わせていない。強さの為なら他人の力で抜いた剣であろうと利用させてもらうよ」


 銀色の光を薄く帯びた不思議な剣。

 悠久の時を経た伝説の剣はその時の流れを感じさせない程に美しい姿を保っていた。


 剣士は手を伸ばす。

 そこへ聖剣が添えられ、少女はゆっくりと柄から手を離した。

 確かな重みを感じながら、剣士は決して手放さないようにと自分の手中に収まった聖剣を見つめる。


(……本当に、俺が)


 安堵と希望が彼の青い瞳に映る。

 美しい剣。その全身を暫く眺めてから、青年は一歩下がる。

 そして僅かな警戒を滲ませながらもその場に膝をついて頭を下げる。


 一連の流れ、その美しい所作は彼がただの一端の剣士ではない事を滲ませる。


「……感謝するよ。君がどういう思惑でこれを譲ってくれたのかはわからないけれど」


 少女はやはり何の反応も示さない。

 静かに剣士を見下ろした後、何事もなかったようにフードを被っただけだった。


 最低限の礼は告げた。

 これ以上長居する理由もない。

 そう判断した剣士は聖剣を持ち、少女から背を向ける。

 そして村のある方へと歩き出した。


(これで今よりも確かな力を示せるはずだ。これで――)


 野心に目を燃やす彼が数歩大きく前へ進んだその時。

 ズシン、と突然耐えきれない重みが剣士の手を襲う。

 聖剣だ。先程までは剣の大きさに見合った重さであったそれは信じられない程の重みを放った。

 それに耐えきれなかった剣士の手から、剣が滑り落ちる。


 信じられない音と共に聖剣は落下した。

 剣が落ちた先、固い地面には深いクレーターが作り出されている。


 信じられない光景に暫し唖然とする剣士。

 彼はすぐに我に返ると慌てて聖剣の柄を握り、持ち上げようとした。


 しかしどれだけ踏ん張ろうと、聖剣はまるで地面と癒着したかのようにびくともしない。

 どういう事だと剣士が困惑していると、その隣へ少女が並ぶ。

 彼女は剣士の顔を見てから聖剣に手を伸ばした。


 いとも容易く持ち上げられる聖剣。

 それに剣士がまたもや驚かされていると、そんな彼の様子には目もくれず、少女は大樹へと戻っていく。

 そして持っていた聖剣を元の場所――大樹の根へと突き立て、何事もなかったかのようにその傍に腰を下ろした。


 一連の流れを呆然と見ていた剣士はやや時が経ってから顔に笑みを貼り付けた。

 その口角には不要な力が入り、ぎこちなく強張っていたのだった。




「人が悪いな、君は」


 大樹の下、大きくのびのびと広がる枝を見上げながら剣士は不服そうに言う。


「持ち出せっこないとわかっていたのなら、そう口で言えばいいだろうに」


 先程剣を向けられた相手に隣へ座られようと、少女は反応一つしない。

 剣士は胡座を掻き、肘を突きながら少女を覗き込む。

 すると首筋に刻まれた呪いが目に入った。


「……君に掛けられている呪い、一つや二つではないな。相当な苦痛が伴っているはずだ」


 『呪い』。それは魔法の一種。

 材料は呪いの対象となる生物の体、そして魔法に反応する特殊なインク――そして、多大な憎悪。

 そして成功した『呪い』が齎すのは純粋な痛みのみのものから身体機能の制限、場合によっては付与した条件に達したときに対象者の命を奪うようなものまである。


 そしてどんな呪いを付与されたとしても、呪いが刻まれた箇所には身が裂かれるような痛みや体の内側から燃やされるような痛みなど、耐え難い苦痛を受けるという。


(呪いというのは一つでも成功していれば厄介な魔法だ。それが全身に至るまで施されているということは……余程大きな憎悪を向けられたのだろう)


彼女がどんな呪いを受けたのかは剣士にはわからないが、それでも彼女が普通に振る舞い――ましてや平然と戦ってみせているなどという事がどれだけ異常かはよくわかった。


「余程大きな罪を犯した罪人か……いや、だとすれば聖剣が君を選ぶはずもないか。その場合は聖剣の伝説が嘘になってしまう」


 剣士は視界の端で少女の反応を窺うが、やはり彼女の様子は何も変わらない。

 溜息を吐き、剣士は苦笑する。


「まぁ、どちらでもいいか。君は俺と敵対する気がないようだし、これを明らかにしようが俺が聖剣を抜けない事実も変わらない」


 剣士は少女の前に回り込むと膝をつき、彼女の手を掴んだ。


「俺のことはアルフと呼んで……いや、呼んでくれなくともいいけれど」


 彼女が一切言葉を発しない事を思い出し、剣士アルフは言い直す。

 そして何か企んでいるような、不適な笑みを浮かべて続けた。


「君と仲良くなりたいんだ」

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