episode1-2.聖剣を抜ける魔法使い
ナイフを弾かれた男はフードの人物が持つ剣を一瞥すると動きを止める。
そこへ牽制としての一撃が聖剣から繰り出される。
動きは出鱈目。
剣士の目から見れば、彼女が剣の経験を積んでいない素人であることは明白だ。
しかしそれでも目にも留まらぬ俊敏さがその出鱈目な剣技に危険を孕ませている。
襲撃者は剣を避けて後退する。
そしてフードの人物を一瞥したのち、瞬きほどの時間であっという間に姿を消した。
敵が去ったのを確認すると、フードの人物は何事もなかったかのように大樹へと踵を返す。
「どうもありがとう」
背中から投げられた言葉にフードの人物は動きを止める。
あの刺客は明らかに剣士が呼び寄せた存在であったが、何故襲われているのか、あの襲撃者が何者なのかなどを彼女は一切問わなかった。
「聖剣が使えるのなら俺がそれを抜こうとしている時に教えてくれればよかったのに。それとも……それは持ち主を複数選んでくれるのかな」
女は答えない。
だが彼女のその反応は剣士の中で想定内だ。
剣士は肩を竦めて苦笑する。
「俺が力を手に入れるのを許せない人達がいるんだ。その人達が、さっきの刺客みたいなのを送ってくる」
フードの人物は静かに聖剣を見下ろす。
つられて剣を見つめながら剣士は続けた。
「それでも、俺には力がいる。俺は、その剣を使えるようにならないといけない。……だから、もしその剣に選ばれる方法を知っているなら教えて欲しいんだ」
フードの人物はやはり何も言わない。
暫し沈黙が流れる。
やがて彼女は緩慢な動きを見せたが、それは剣士の言葉に答えるためではなく、元の場所に剣を戻すためだった。
「……やはり教える気はないようだな」
剣を持ち上げ、大樹の根へ振り下ろす。
その瞬間。
剣士は自身の剣を抜くと女性へ切り掛かった。
振り下ろしかけていた剣でフードの女は咄嗟に攻撃を受け止める。
甲高い衝突音と風が生まれ、フードが女性の頭から滑り落ちた。
「……っ!」
十代前半から半ば程度の見目の少女。
フードに隠されていた顔は青年が想像していた以上に幼かった。
栗色の髪に黄色がかった丸い瞳。
そして彼女の顔や首筋、服の隙間から見える肌という肌には、先ほど剣士が見た『呪い』の痕跡が浮かんでいる。
フードの下の素顔を意外に思いながらも、剣士は攻撃の手を緩めない。
受け止められた剣に自身の剣を滑らせて距離を取ると大きく身を捩る。
そして懐へと二撃目を叩き込むと、信じられない速度と体勢で聖剣がそれを受け止めた。
何故それで転倒しないのかという程に体は大きく傾き、剣が届くギリギリまで肩を捻り、腕を伸ばし、剣士の攻撃を受け止める少女。
(聖剣は持ち主の身体能力を大幅に向上させる。……けど、やはり剣の型はめちゃくちゃだ)
剣術のけの字も知らないような聖剣使い。
純粋な身体能力では勝てずとも技術を駆使すれば勝利できるのではと考えた。
聖剣の加護を持つ者を相手にまともに力比べをしてはいけない。
剣士は相手の死角まで回り込むと惨劇目を振るう。
それに即座に反応する少女。彼女は相手の剣の軌道上に自身の剣を滑り込ませる。
だが次の瞬間、剣士の剣先は進む方角を大きく変え、ガラ空きとなった脇へ向けられた。
戦闘というのは何も素直な武力のぶつけないだけではない。
時として相手の心の読み合いすら求められるのが戦。
目の前の少女がその心得を持っていないだろうことにかけた剣士の読みは正しかった。
ただ、一つ問題を挙げるとするならば――
――彼女の本質を理解していなかったことだ。
「な……っ」
ガキン、と剣士の武器は固いものにぶつかる。
しかし少女の脇は依然としてガラ空き。
ただ目に見えない障壁が彼女の急所を守っていたのか。
「防壁魔法……っ、まさか君、魔導師か――ッ」
剣を扱い、前線で体を張る戦闘スタイルの剣士。
その真逆をいくのこそ、中距離から遠距離の攻撃を得意とする戦闘スタイルの魔導師。
魔導師にとって剣という武器はあまりに使い勝手が悪い。
魔導師が剣を握る理由など本来ならばない。
だからこそ、失念していた。
剣を握るメリットが魔導師にはないとしても聖剣を握るメリットならば存在するということ、そして彼女が魔法という切り札を持っておる可能性に。
「……俺の負けかな」
頭上に振り上げられる刃を見上げて、青年は苦く笑った。