episode5-2.二人はいつか再会する
彼女が自身の呪いを解いたきっかけがアルフの言動であったことは確かだ。
となれば彼女の『許し』という言葉が彼の行動に掛かっている可能性は高い。
ならば自分のあの時の言葉と姿勢を、彼女は自分に対する『許し』だと認識したのだろう。
そして誰かから許される事こそが、己の体を蝕む呪いから解放される条件であると彼女は定めているのだろう。
なんともまぁ、難儀な考えを持つ少女だ。
(俺とは分かり合えないのだろう。……けど、仲を深める事ならできるはずだ)
アルフは少女の顔を覗き込みながら微笑んだ。
彼女の顔からは呪いが消えている。
しかし衣服から覗く腕には未だ呪いが残っており、消えた呪いはごく一部でしかないことが窺えた。
「それが君の呪いを解く鍵となるのなら……そして君自身がそれを見つけられないというのなら、いくらでも与えるよ。言葉だけの許しじゃなく、君という人物の内面に触れる事で見つかるだろう『許し』を」
視線を戻したアルフは村の外れで辺りを見回す一人の騎士を見つける。
そして僅かな寂しさを滲ませて微笑んだ。
「けど、俺はもうここを離れないといけない。……君を口説き落とすには時間が少なすぎたね」
突然告げられる別れに少女は目を丸くする。
言葉を紡げるようになったにもかかわらず、彼女は何も言わず静かにアルフを見つめていた。
「名前、聞いてもいいかな」
少女は息を呑み、更に驚きを見せた。
「偽名でもなんでもいい。次君に会えた時に呼び掛けられる言葉が欲しい」
少女の言葉が小さく動く。
声はないが、アルフの『次』という言葉を反芻したようだった。
二人は見つめ合う。
彼女はゆっくりとした瞬きを繰り返し、息を吸う。
「セシリア」
「セシリア……いい名前だね」
彼女が口を開いてくれたことにアルフは喜ばしさを覚える。
彼はその感情を噛み締めるように目を細め、微笑んだ。
「セシリア。これを君に預けるよ」
アルフは少女――セシリアの手に触れると、自身が持っていた紋章を握らせる。
「君が呪いや罪悪に押し潰されて耐えられないと思ったら、これを思い出して俺を訪ねて欲しい。……いや、衣食住に困ったとか、仕事を探し始めたとか……」
青い瞳が間近からセシリアを映す。
アルフは小さく笑いを漏らす。
「……友人として顔を見に行く、とか」
村の老婆のような反応を示さないセシリアはその紋章が何を意味するのかも、彼の正体も知らないようだった。
渡されたものを見ながら不思議そうにしている彼女の反応がアルフにとっては新鮮に映った。
「どんな理由でもいい。もう一度俺に会おうと思えた時には必ず会いに来てほしい。君の力になると誓うよ」
アルフはセシリアの手の甲に口付けをする。
そして一歩後ろへ離れると、その場を離れるべく方向転換しようとする。
そこへ――
「………………ど、して」
疑問を投げる微かな声がした。
彼女が自ら何かを話すとは微塵にも思っていなかったアルフは再び驚かされながら、セシリアの表情を窺う。
金色の瞳がアルフを見つめている。
アルフはなんとなく、言葉足らずに投げかけられた少女の疑問が何に向けられているものなのかわかったような気がした。
「だって、人生は楽しくなくっちゃ」
彼は無邪気な笑みを浮かべる。
「やりたいことはやる。嫌なことは拒絶する。俺自身がそうありたいのは勿論として……それが上手くできず、搾取されてしまう優しい人達にこそそんな機会が与えられるべきだと思う。……君のようにね」
アルフが力を欲したのはやりたいことの為。聖剣を諦めたのは自己犠牲の精神を求める武器を否定したかったから。
そしてセシリアに紋章を渡したのは――彼女の未来がこれまでよりも自由であることを願ったからだ。
「遠く離れていても、味方がいると思えるのはとても心強い。それに俺には大半の人を幸福にできる術がいくつかある。なら、それは俺が認めた人達のために使うべきだ。……俺だけが楽しくても、意味はないからね」
セシリアは返事を上手く見つけられなかった。
彼女は他者の心に寄り添う為の言葉を選ぶ権利を長年奪われてきた。それ故に、自分の感情や考えを整理し、相手に伝える能力が落ちていた。
だがアルフは気を悪くしたりはしなかった。
数分、互いに見つめ合う。
その後、彼はゆっくりと口を開いた。
「さよなら、セシリア。またね」
今度こそアルフは彼女へ背を向ける。
そして振り返ることなく森の外へと去っていった。
セシリアから遠く離れた彼は、誰かを探している様子だった騎士に声を掛け、何やら会話をしてからセシリアの視界の外へと姿を消した。
(…………また)
セシリアはアルフの言葉を心の中で反芻する。
(友達、かぁ。……嬉しいな)
での中に収まる紋章を眺め、彼女は目を細める。
そしてそれを大切に懐へしまい、空を仰いだ。
(また、会えるといいな)
美しい顔立ちの青年の姿を思い浮かべながら彼女は小さく微笑むのだった。
***
「ほんっっっとに勘弁してくださいよ!」
知人の騎士と合流し、馬車へ乗ったアルフはすぐさま文句をぶつけられる。
「頼みますから、一人で抜け出すのはやめてください。今回に限っては龍まで現れて……! 何かあったらどうするんですか」
「何もなかったでしょ。それに、万が一何かがあっても、影武者が上手くやる」
「そういう問題じゃありません! 全く、貴方様はもっと自覚を持ってください。……この国の、第二王子、アルフレッド殿下である自覚を」
肘をつき、窓の外を眺めるアルフの姿勢は面倒臭いと言わんばかりのものだ。
その髪色が、金から黒へと変化する。
青い瞳は赤色へ。
魔法によって変えられていた彼の姿は本来のものへと戻っていく。
「持ってるよ。だからこそこうして動いてる」
窓に反射する自分の姿を見て、アルフの表情は冷たくなる。
「力が必要だ、玉座につく為の。……心優しい人たちが報われる世界を作る為に」
そう。あの少女のように――
そう、セシリアの姿を思い浮かべたアルフは静かに目を伏せる。
(きっとまた、会えるだろう)
叶うならば自分も彼女も幸福な未来で再会を果たせたら。
そんなことを考えているうち、冷ややかであった彼の面持ちはいつの間にか温かい微笑へと移り変わっていたのだった。