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episode1-1.聖剣を抜ける魔法使い

 且つて、無類の才を持つ少女がいた。

 齢は片手の指で数えられる程に幼い。

 だが誰よりも聡く、素直で、心優しい子だった。


 人は彼女を神のように崇め、少女は自身へ寄せられるそれを愛と呼んだ。

 少女は人を愛し、尽くし、膨らむ期待全てに応えた。

 だが際限なく膨らむ欲はやがて少女一人で背負いきれない程のものになった。

 そして初めて、人の期待に応えられなかったその日。

 彼女は人々に見放された。


 人々は彼女を恨み、不幸を望み、呪った。

 沢山の悪意ある魔法『呪い』を彼女に重ねがけた。


 別の地で幸せを掴む事がないように、発言を禁じた。

 感情を表出させることを禁じた。

 そのほか、どのような方法であれど他者と『会話』する事を禁じた。


 それでも彼女は人を呪い返さなかった。

 怒らなかったし、憎みもしなかった。

 彼女は人を愛することをやめはしなかったのだ。



***



 のどかな村。

 その南には無数の木々を覗き込むような大樹が構えており、そこを中心とした広大な森がある。


 都会とは言い難い、背の低い小山や畑が見受けられる小さな村。

 しかしここはよそからの来客が多く、毎日初めて見る顔がある。


「はじめまして!」


 村の少年はその一人へ駆け寄る。

 剣を携えた黒髪の青年は、正面に回り込んだ少年の姿に気付いて足を止めた。


「はじめまして」


 青年は穏やかな笑みを湛えながら、中腰で顔を覗き込む。

 何人かすれ違った余所者の中で少年がこの剣士に声を掛けたのは美しく整っていながらも甘く優しそうな顔付きをしていてからだ。


 そして少年の期待通りの反応を剣士は返した。

 そのことにホッとした少年はすぐに心を開き、お喋りを始める。


「おにーさんもよそから来たんでしょ? 狙いはやっぱり聖剣?」

「そうだね。とはいえ、発見されてからずっとこの地に留まっていることを考えると……望みは薄いだろうから、ダメ元だけども」


 聖剣。

 凄まじい力を秘めているとされる伝説の剣。

 それこそがこの村を栄えさせている要因だ。


 武器は本来、使い手自身が握るものを選ぶ。

 だがこの剣は違う。

 使い手は選ばれる(・・・・)のだ。

 聖剣が、使い手を選ぶ。


 この村の先、そこに聳える大樹の根元にそれは突き刺さっている。

 だがどんな手段を使おうとも抜く事が叶わないそれはいつしか『聖剣が認めた人物でなければ抜くことができない』と言われるようになった。

 それに付随して『聖なる剣が抜けるのは誰よりも純真な清き心を持った者のみだ』とも。


 世界最強と謳われる武器。

 自分こそその持ち主に相応しいと名乗りを上げるべく聖剣と対峙した者は数多く。だが彼らは漏れなくその望みを散らし、村を去っていった。

 そしてこの剣士もまた、聖剣に認められるべく訪れた者であった。


「わっかんないよ! だっておにーさん、かっこいーし、つよそーだし! あとやさしーし! 勇者にピッタリ!」

「ありがとう。随分持ち上げられている気はするけど……」

「あ、石像ねーちゃん!」

「……石像?」


 子供の興味というのは逸れやすい。

 剣士と話していた少年はふと二人を横切って森へと向かうフードの人物を視線に捉え、声を上げた。


 不思議なあだ名に目を瞬かせた青年もまた、フードの人物を見る。


 背丈は剣士より低く、また少年の「ねーちゃん」という言葉からフードで姿を隠している相手は女性なのだろうと推測できる。


 フードの人物は足を止め、振り返る。

 相変わらずその顔は見えない。


「今日もおじさんとこでオイル買ったのか? いー加減こっちの宿泊まってくれりゃあいーのに!」


 フードの人物はうんともすんとも言わない。

 暫く少年が一方的に話したあと、彼女は静かに背を向けるとそのまま森へと入っていった。


「……随分と無愛想な人だね」

「いっつもそーなんだよ。もう一年はいるのにさ。誰もねーちゃんの声を聞いた事がないんだ」

「へぇ」

「あ、でも、聖剣について知りたいならねーちゃんに聞くのもいいかも!」

「どうして?」

「ねーちゃん、村に来てからはほとんどずっとあの大樹の傍にいるんだ。何が気付いてる事があるんじゃないかってのは村でも噂になってる。本人は何も言ってくれないけど!」


 石像ねーちゃんとやらが消えた方角を見つめながら話を聞いていた剣士はふと思った事があって少年へ聞き返す。


「……でも、話してくれないんでしょ?」

「…………あ!」

「はは」


 話してくれないのならば有益な情報の貰いようがない。

 そのことを失念していたらしい少年がバツの悪そうな顔をした。


「でもありがとう、試してみるよ。どの道、あそこには向かわないといけないから」

「うん! 頑張ってね!」


 少年と別れを告げ、剣士は森へと足を踏み入れた。

 暫し歩みを進めた先。木々の隙間から大樹の幹が姿を見せる。


 人間十人が並んで漸く同じくらいかというほどに太い幹。

 その正面には眩い銀色の光を放つ剣が突き刺さっている。


 そしてその傍、幹に背を預けたまま腰を下ろしている人物がいた。


「初めまして。少しだけ失礼してもいいかな」


 返事はない。

 顔を上げたままびくともしない彼女の様子を窺うが、自体は何も進展しない。


 そこで剣士は「何も反応しないということは問題ないのだろう」と判断して聖剣の柄を握った。

 力を込める。

 だがどれだけ力を入れようと、それはびくともしない。


「……まぁ、そうだろうな」


 剣士はぽつりと呟き、あっさり柄から手を離す。


「貴方はこの剣について何か知っているのかな。だからここで暮らしているの?」


 返事はない。


「自分が剣を抜けるまで粘っている? それとも何かから剣を守っている? ……もし何か知っているようなら、教えて欲し――」


 剣士が頼み込もうとした瞬間。

 突如、彼の背後から飛び出す人影があった。


 ナイフを持った男。彼は瞳に確かな殺意を宿して剣士の死角から飛び出した。


「…………今回は随分早いな」


 苦く笑い、回避の姿勢を取る。

 そんな剣士の傍を何かがすり抜けた。


 銀色の閃光。それは奇襲を仕掛けた男のナイフを弾き返した。


 はためく外套。

 その下から覗く細い腕にはつい先程まで根に突き刺さっていた剣が握られていた。


 ――聖剣だ。


 そしてその剣の正体に驚くと同時、彼女の腕に浮き上がる青紫色の文字列に気付いた剣士は呆気に取られたまま呟くのだった。

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