エピソード007:地下迷宮と二つの道
俺たちが降り立った場所は、巨大な地下空洞だった。クラウディアの魔力式懐中電灯の光が、湿った壁面をぼんやりと照らし出す。壁には、びっしりと太い魔力管が張り巡らされているが、その多くはひび割れ、そこからスライムの原料となる魔力を含んだ液体が、粘液のように滴り落ちていた。床はぬかるみ、一歩進むごとに「じゅるり」と嫌な音がする。
「信じられない……」
クラウディアが、目の前の光景に愕然と呟いた。
「こんな規模の魔力調整施設、どの文献にも載ってない。アウレアが『黄金の都』と呼ばれた時代の、完全に忘れられた遺産よ」
「へえ、こいつはすげえや」
ガイウスさんが、感心したように周囲を見回している。一方、フェリクラは、その惨状を目の当たりにして、青い顔でメモを取っていた。
「転倒被害だけでなく、魔力漏れによる健康被害の調査も必要かもしれません……」
「待って」
先頭を進んでいたクラウディアが、足を止めた。彼女が持つ魔力検知器が、二つの異なる方向にかすかな反応を示している。
「魔力の流れが、この先で二つに分かれているわ。効率を考えましょう。二組に分かれて、それぞれ反応の源流を探る」
クラウディアの提案に、異論はなかった。責任の所在を明確にする、役人らしいやり方だ。
「じゃあ、あたしはガイウスさんと東側ルートを行くわ。あんたたちは西側をお願い」
クラウディアは、俺とフェリクラを指名した。
「何かあったら、支給品の通信機で連絡して。ただし、これだけ魔力が漏れてると、どこまで届くか分からないけど」
そう言って、彼女はバッテリー残量が心許ない通信機を俺に手渡した。こういうところが、実に役所仕事だ。
こうして、俺とフェリクラは、二人きりで西側の通路を進むことになった。
「……足元、気をつけてください」
「……ああ」
ぎこちない会話が、湿った空気に溶けて消える。
しばらく進むと、通路は行き止まりになっていた。しかし、フェリクラは壁の一点を食い入るように見つめている。
「フェリクラさん?」
「シルスさん、この壁の様式……古代アウレア建築に見られる『隠し通路』の典型的な構造です。文献によれば、特定の魔力パターンを流さないと開かない仕組みのはずですが……」
彼女は専門知識を披露するが、その足元はぬかるんでいて、今にも滑りそうだ。危なっかしくて見ていられない。
「魔力パターン、か」
俺は、彼女が指し示した壁にそっと手を触れた。魔法使いとしての素養を隠し、ただの公務員として、俺は魔力の流れの「淀み」を探る。長年の経験――いや、体に染みついた感覚が、壁の内部にある微細な魔力の回路を教えてくれる。
「……ここと、ここ。それから、あそこ。この三点を同時に刺激すれば、あるいは」
俺は、フェリクラが解読した古文書の知識と、自分の直感を組み合わせ、魔力の流れを逆算する。指先に意識を集中させると、壁の向こう側で、何かがカチリと音を立てた。
ゴゴゴ……と重い音を立てて、壁の一部がスライドし、新たな通路が現れた。
「開いた……! すごい、シルスさん! まるで魔法みたいです!」
興奮気味に振り返る彼女に、俺は「偶然だ」とぶっきらぼうに返す。
隠し通路の先にあったのは、巨大なドーム状の空間だった。
そして、その中央に「それ」はあった。
巨大な水晶のような塊が、心臓のように不気味な光を明滅させている。施設の「コア」だ。その表面には無数の亀裂が走り、そこから凄まじい量の魔力が、奔流となって噴出していた。これが、スライム異常発生の、全ての元凶。
「……見つけたぞ」
俺の呟きに、フェリクラも息を呑んだ。俺達の初の共同作業が、最悪の形で実を結んだ瞬間だった。
「やりましたね、シルスさん!」
「ああ。……なあ、フェリクラさん」
「はい?」
「もう『さん』付けはよそう。俺たちは、このクソ面倒な事態を乗り切る、共犯者みたいなもんだろ」
俺がそう言うと、彼女は一瞬きょとんとした後、小さく頷いた。
「……はい。シルス」
「……フェリクラ」
呼び慣れない名前に、お互い少しだけ顔が赤くなる。そんな感傷に浸る間もなく、俺は懐の通信機を取り出した。
「こちらシルス。聞こえるか、クラウディア」
ノイズ混じりの通信の向こうから、焦ったような声が返ってくる。
『……ス! 聞こえるわ! こっちもすごい魔力反応を……』
「コアを発見した。だが、状態が最悪だ。すぐに合流してくれ。場所は西側ルートの最奥、隠し通路の先だ」
俺は一方的に告げると、通信を切った。コアの明滅が、徐々に早まっている気がした。
シルスです。相棒(仮)と二人、ついに元凶を発見しました。
呼称も変わって、少しは距離が縮まったんでしょうか。よく分かりませんが、今はそれどころじゃありません。
とんでもない時限爆弾を見つけてしまったようです。
次回、仲間たちと合流しますが、事態はさらに悪化するようです。俺の胃は、もはや限界かもしれません。
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