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エピソード005:責任という名の災害

2025/07/02 本エピソードを含め、第一章を大幅に加筆修正しました。

緊急対策会議の翌日。都市開発局の工事が原因である可能性が濃厚になり、庁舎内の空気は犯人が見つかったことに対する一時的な安堵に包まれていた。だが、それも束の間だった。


「――よって、我々の工事と、今回のスライム異常発生との間に、直接的な因果関係は認められない」


都市開発局は、朝一番の全体会議でそう宣言し、徹底抗戦の構えを見せたのだ。曰く、「工事は規定の手順書に則っており、魔力インフラへの影響は想定されていない」とのこと。結局、問題は振り出しに戻り、再び各部署が互いを牽制し合う、不毛な犯人探しゲームが再開されようとしていた。


議会からのプレッシャーに顔面蒼白となったルキウス課長が、すがるような目で俺の席にやってきたのは、その直後のことだった。


「シルス君、聞いたかね! 都市開発局の言い分を!」

「ええ、まあ」

「このままでは、原因不明のまま、管理責任を問われて我々の部署が潰されてしまう! こうなったら、もう君しかいないんだ、シルス君!」


課長は俺の両肩を掴み、涙ながらに訴える。


「君に、『スライム異常発生に関する原因究明および対策立案』の全権を委ねる! これは業務命令だ! 君を、心の底から信頼している!」


巨大な責任という名の災害が、またしても俺のデスクに直撃した。もはや、断るという選択肢はない。俺は無言で頷き、課長が置いていった胃薬の小瓶をただ見つめた。


一人でできることには限界がある。俺がデスクで頭を抱え、巨大な報告書の山を前に途方に暮れていると、そっと影が差した。


「あの……シルスさん」


顔を上げると、キウィタス魔術相談所のフェリクラ・ミヌタが、おずおずと立っていた。


「昨日は……その、ありがとうございました。おかげで、助かりました」

彼女はそう言って、深々と頭を下げた。手には、俺が昨日差し入れた栄養ドリンクの空き瓶が握られている。


「いや、大したことじゃない」

「いいえ、大したことです。それで……これを」

彼女は、制服のポケットから取り出したブドウ糖キャンディを、一つ、俺のデスクに置いた。

「気休めにしかならないかもしれませんが……。シルスさん、とてもお疲れに見えましたので」


その、あまりにもささやかな差し入れに、俺のささくれだった心が、少しだけ癒されるのを感じた。

「……助かる」

俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んで、自分の職場へと戻っていった。


(……さて)

俺はキャンディを口に放り込み、その素朴な甘さを味わいながら、意を決して立ち上がった。向かうは、庁舎の地下にある設備管理課のオフィスだ。薄暗い部屋の奥で、山のような機材に囲まれて作業着姿のクラウディア・リグーラが、火花を散らす機械を相手に奮闘していた。


「……何の用だ、市民安全課。うちは今、それどころじゃないんだが」

俺の姿を認めると、彼女は溶接マスクを上げ、忌々しげに言った。


「単刀直入に言う。今回の件、共同で調査しないか」

「はあ? なんであたしが」

「これはもう市民安全課だけの問題じゃない。あんたのところのインフラの問題でもあるはずだ。このまま原因不明で終われば、次に責任を押し付けられるのは、間違いなく設備管理課だぞ」


俺の言葉に、クラウディアは顔をしかめて沈黙した。彼女も、役所の力学は十分に理解しているはずだ。


「……言っとくけどな」

長い沈黙の後、彼女は吐き捨てるように言った。

「主導権はあんたが持つんだ。私は、あくまで技術的な協力をしてやるだけだ。それでいいなら、乗ってやる」

「それでいい。いや、それがいい」


こうして、利害の一致という名のもとに、俺たちの腐れ縁にも似た共同戦線が結成された。

俺たちは早速、都市開発局の工事資料と、設備管理課が保管していた古い魔力線の敷設図を突き合わせる作業に取り掛かった。


「……あったぞ」

作業開始から数時間後、クラウディアが声を上げた。彼女が指差した古い羊皮紙の図面には、都市開発局の工事現場のすぐ真下を、現在では使われていないはずの「旧式の魔力幹線」が通っていることが示されていた。


「工事の振動で、この古い幹線に亀裂でも入ったんじゃないか?」

クラウディアの立てた仮説を検証するため、俺たちは問題の「旧市街第7区」の現場へと向かった。そこは、報告書で見るよりも酷い状況だった。地面の至る所からスライムが湧き出し、足の踏み場もない。


クラウディアが懐から取り出した魔力検知器で周囲を測定すると、特定のマンホール付近から、異常に高い魔力反応が検出された。


「なんだこれ……こんな数値、見たことないぞ」

検知器の針が振り切れんばかりに振れるのを見て、クラウディアが驚愕の声を上げる。

「この下、何かある」

俺たちは顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲んだ。面倒なことになりそうだ、という予感だけが、そこにはあった。


シルスです。ついに、他部署の人間と手を組むことになりました。

クラウディアは腕は立つようですが、とにかく口が悪い。先が思いやられます。

そして、どうやらスライム発生の裏には、何かとんでもないものが隠れているようです。

次回、俺たちは庁舎の地下迷宮へと足を踏み入れます。俺の胃はもつのか。

評価やブックマークで、俺たちの調査費用(という名の残業代)を支援してくださると嬉しいです。

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