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エピソード017:儀式魔法の品評会と現実的な請求書

「さあ、始まりました! 第二回、王都魔法師範協会主催、儀式魔法品評会! 私、司会のアルブレヒトが、熱気あふれる会場からお届けいたします!」


がらん、とした大理石のホールに、司会者の声だけがやけに甲高く反響した。観客席はまばら。審査員席には仏頂面のクラウディアと、なぜか引っ張り出されたルキウス課長が座っている。俺とゼノンは、出場者として壁際に並んで立っていた。なんの罰ゲームだ、これは。


「本品評会は、魔法の芸術的側面と実用性を総合的に評価する由緒正しき大会であります! なお、〈魔力行使許可法〉に基づき、本日のような公的イベントにおける大規模魔法の行使には、事前の届け出と厳格な審査、そして行使規模に応じた魔法行使税が課せられることを、出場者の皆様はご留意ください!」


司会者の能天気な説明に、俺は胃のあたりがキリリと痛むのを感じた。税金。そう、魔法はタダじゃない。特に、儀式魔法のように派手で大規模なものは、環境への影響やらなんやらで、きっちり税金を取られるのだ。


舞台裏では、フェリクラが山積みの「魔法行使税フォーム」と格闘しているのが見えた。一枚一枚、インク瓶にペンを浸しながら手書きで記入している。彼女の背中が、過酷な事務作業の悲哀を物語っていた。


「では早速、最初の出場者、ゼノン・ヴァレリウス選手の登場です!」


大仰な紹介と共に、ゼノンが舞台中央へと進み出る。その手には、やけに装飾過多な杖。あいつ、いつの間にあんなものを。


「我が名はゼノン! 古より伝わりし神秘の舞い、ヴァレリウス式『戦士の雄叫び』をご覧あれ!」


高らかな口上と共に、ゼノンの儀式が始まった。まず杖を地面に突き立て、その周りを、まるで原始部族の戦闘舞踊のように、片足立ちでピョンピョンと飛び跳ねて回り始める。「ウホウホ!」という雄叫びと共に、胸を叩き、天に向かって吠える。観客席がざわめいた。「あれは一体……?」「なんの踊り?」


俺は思わず目を覆いたくなった。あれが名門ヴァレリウス家の秘術だと? どう見ても謎の先住民族の奇怪な儀式だ。


しかも、長い。とにかく長い。ゼノンは汗だくになりながらも踊り続け、時々「《霊よ、我に力を!》」「《戦士の血潮よ、沸き立て!》」などと意味不明な古代語を叫んでいる。演武時間を大幅に超過しているのは明らかで、審査員席のクラウディアが露骨に時計を見ている。


「《終焉の雷よ、我が雄叫びに応えよ! グォォォォ!》」


クライマックス、ゼノンは胸を反らし、狼のように遠吠えしながら杖を振り上げた。その瞬間、杖の先端から閃光が迸り、ホール天井の豪華なシャンデリアを直撃。ガシャーン! と派手な音を立てて水晶の破片が雨のように降り注いだ。


「うわああああ!」


観客席から悲鳴が上がる。ゼノンは呆然とシャンデリアの残骸を見上げ、顔を青ざめさせた。


「素晴らしい演武でした! さあ、審査員の評価はいかに!」


クラウディアが冷ややかにマイクを取る。

「演武時間超過、減点5。意味不明な原始人ダンス、減点10。シャンデリア破損による器物損壊、減点15。何より、効果は派手だが実用性皆無。評価はE」

それだけ言うと、彼女は分厚い羊皮紙の束をゼノンに突きつけた。

「これが魔法行使税と器物損壊の賠償費用の概算見積書。シャンデリアは王室御用達の一品物だから、修理費だけで貴族の年収レベルよ。あと、ホール清掃費、観客の治療費、精神的損害賠償も含まれてる」

ゼノンは紙束を受け取ると、最初のページを見ただけで膝から崩れ落ちそうになった。顔が青を通り越して死人のように白くなっている。他の出場者たちも、自分の懐を案じるように震え上がっていた。


「続きまして、シルス・グリセウス選手の登場です!」


胃痛をこらえながら、俺は舞台に上がる。恥ずかしさはもう、どうでもよくなっていた。問題は税金だ。いかにコストを抑え、効率的に魔法を発動させるか。それこそが、現代に生きる魔法使いの至上命題なのだ。


俺は詠唱を極限まで切り詰め、儀式の動作も最小限に抑える。かつて「沈黙の舞」とまで呼ばれた俺の儀式だが、簡略化しても恥ずかしさは変わらない。


「――初代庁舎長の不肖の孫として、つつしんで事務手続きを……」

まず両手を胸の前で合わせ、お辞儀。続いて、右手で書類をめくるような動作をしながら、左足で印鑑を押すような微妙なステップ。傍から見ると、まるで空中で事務作業をしているかのような、異様に地味で意味不明な踊りだ。


「《魔力よ、定時内処理にご協力ください》」


だが、ここで最も恥ずかしい部分が来る。俺は右手を額に当て、左手を腰に当てて、「あ、胃が痛い」のポーズを決める。これが魔力循環の要なのだが、見た目は完全に体調不良を訴える中年男性だ。観客席がシーンと静まり返った。


「ええと、なんだっけ……」

緊張しすぎて、次のポーズを完全に失念してしまった。仕方なく、記憶を頼りに適当に手をひらひらと振ってお茶を濁す。魔力の流れがわずかに淀むが、なんとか魔法陣が展開された。観客席から、同情的な、なんとも微妙な拍手が送られた。


俺が深々と頭を下げると、会場に静寂が流れた。しばらくして、床に散らばっていたシャンデリアの破片や瓦礫が、まるで見えない手によって整理されるかのように、きちんと隅に寄せられていく。観客席の隙間に転がっていたゴミも、ひとりでに分類され、再利用可能なものと廃棄物に分別されていく。さらに、会場の空気が微かに清浄になり、先ほどまで立ち込んでいた焦げ臭いにおいが薄れていく。


「……以上です」


「……なんだ、これは」

ゼノンが唖然と呟く。観客席から「掃除……してる?」という困惑の声が聞こえた。


俺の魔法の効果は、まさにこれだった。『環境整備促進術』――魔力を使って周囲の環境を、ほんの少しだけ快適にする地味な魔法。戦闘には全く向かないが、日常生活では確実に役に立つ。ただし、見た目は完全に「なんか勝手に片付いた」程度の微妙な効果でしかない。


クラウディアが再びマイクを握った。

「儀式の短縮は評価するが、ポーズを忘れるなど論外。減点10。ただし、魔力効率と実用性は評価に値する。特に清掃効果は評価点を大幅に上回る。Bマイナス。あと、請求書と……清掃費用の相殺計算書」

渡された羊皮紙を見ると、魔法行使税と設備使用料で結構な額が書かれているが、その下に「清掃費用削減分」としてほぼ同額がマイナス計上されている。最終的な合計は、なんと昼食代程度のわずかな利益になっていた。


審査員席で、クラウディアが眉をひそめて測定器を睨んでいる。

「……なんだ、このノイズは。『煤化反応: トレース』? まさか……」

彼女の呟きが聞こえたのか、ゼノンが俺の方をちらりと見た。俺は気づかないふりをして、そっと視線を逸らす。まずい。あの時の痕跡が、こんなところで検出されるとは。


品評会が終わる頃には、ホールはすっかりカオスに陥っていた。出場者たちが放った魔力の残留物質に引き寄せられ、床のあちこちで半透明のスライムが自然発生していたのだ。

「うわっ!」

慌てた係員がスライムに足を滑らせて派手に転倒する。その横を、清掃費用の追加請求書がひらひらと舞い、本部の受付に積み上がっていく。魔法の代償は、税金だけでは終わらないらしい。


「まったく、どいつもこいつも……」

クラウディアは忌々しげに呟きながら、採点機器のキャリブレーションを乱暴に調整していた。その横で、ルキウス課長は胃薬の瓶を振っている。


結局、優勝は「儀式を行わず、ただ杖を振るだけで小規模な光を灯した」という、なんとも地味な魔法使いがかっさらっていった。理由は「最もコストが安く、実用的だから」だそうだ。


俺とゼノンは、互いに慰める言葉もなく、並んで会場を後にした。ゼノンはシャンデリア破損の請求書を見ながら「僕の手持ちでは足りない……実家に土下座して借金を……」と青ざめている。一方、俺の請求書は清掃費用の相殺でほとんど相殺され、むしろ昼食代が浮いたくらいだった。


「やっぱり、魔法は地味で実用的でないと駄目だな……」

「僕の魔法の選択が甘かったのだ。次回はもっと優雅で、より派手な演出を加えれば……。きっと審査員も観客も魅了されるはずだ」


手には、現実の重みが詰まった請求書。伝説級の魔法も、国家予算の前では無力だった。


***


あとがき


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

儀式魔法の代償は、恥ずかしさだけでなく、リアルな請求書でした。しかし、シルスたちが本当に向き合うべきは、税金よりも深刻な「煤化」の脅威。クラウディアの疑念は、ついに強制捜査権限を発動させ、次話、シルスの職場に令状を持った監察官が踏み込むことに!?。隠蔽工作は、もはや限界か!?

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