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エピソード011:原因不明の鎮静化と、課長の胃薬

2025/07/02 本エピソードを含め、第一章を大幅に加筆修正しました。

俺たちが地上に戻ると、庁舎の機能は嘘のように正常を取り戻しつつあった。

スライムの異常発生は止まり、路面電車も運行を再開したらしい。まるで嵐が過ぎ去ったかのような、偽りの平穏が街を包んでいた。


魔力を根こそぎ使い果たした俺は、幽鬼のような足取りでオフィスへと向かう。顔色は紙のように白く、額には脂汗が滲み、見るからに満身創痍だ。その後ろを、クラウディアとガイウスさん、そしてフェリクラが、複雑な表情でついてくる。


「シルス! あんた、一体何をしたんだ!?」

オフィスに戻るなり、クラウディアが血相を変えて俺に詰め寄った。

「あの現象は、どう考えても自然に起こるものじゃない! あんたのあの儀式と関係があるんだろう!?」


「そうだぜ、兄ちゃん。俺ぁ、生まれてこの方、あんなとんでもねえもんは見たことがねえ」

ガイウスさんも、興奮冷めやらぬ様子で続く。


俺は力なく首を振り、用意していた言い訳を口にした。

「いや、何も。見てただろ? ちょっと恥ずかしいダンスを踊ったら、偶然、設備が機嫌を直しただけだ。古い機械だからな、そういうこともある」

「気まぐれでこんな……奇跡みたいな鎮静化が起こるわけないだろ!」

「だが、現に起こった。結果が全てだ。報告書には『原因不明の自然鎮静化』と書く。それで終わりだ」


俺はそう言って、あくまでシラを切り通す。手柄なんて立てたら、今後余計な仕事を押し付けられるだけだ。面倒はごめんだ。

クラウディアとガイウスさんは納得いかない顔で何か言いたそうにしていたが、本人がそう主張する以上、追及を諦めるしかなかった。


そのやり取りを、フェリクラは何も言わずに、ただじっと見つめていた。彼女は、真実を知っている。だが、俺の意図を汲んでか、何も言わずにいてくれるようだった。その沈黙が、今は何よりもありがたかった。


オフィスに戻ると、そこには復活したルキウス課長の姿があった。医務室のベッドで休んでいた彼は、騒ぎが収まったことを聞きつけ、いそいそと舞い戻ってきたのだ。


「おお、諸君、ご苦労! して、状況は!」


クラウディアが、不承不承といった体で報告する。

「……原因不明のまま、設備は自然鎮静化しました。現在のところ、全ての数値は正常です」


その報告を聞いた瞬間、ルキウス課長の顔が、ぱあっと輝いた。

「そうか! よかった! やはり日頃の我々の行いが、天に通じたのだな!」


責任の所在が曖昧になる。彼にとって、これ以上都合の良い結末はない。上機嫌になった課長は、壁際に寄りかかってぐったりしている俺の肩を、バンバンと力強く叩いた。

「グリセウス君、課長代理、ご苦労だった! 君が責任者として毅然と対応してくれたおかげで、皆が落ち着いて行動できた! 素晴らしい働きだったぞ!」


その言葉に、俺が地下で孤独な戦いを繰り広げたことへの認識は、一切含まれていない。それでいい。それがいい。


全ての緊張から解放された、その瞬間だった。

ズキリ、と。

俺は強烈な胃の痛みを感じ、思わず腹を押さえてその場にうずくまった。


その様子を見たルキウス課長が、急に父親のような優しい顔になり、自分の懐から愛用の胃薬の瓶を取り出した。

「グリセウス君。わかるぞ、その気持ち。中間管理職は、つらいからな。さあ、これを使うといい。即効性だ」


彼はそう言って、俺の手に瓶を握らせた。ずっしりと重い。中身がほとんど減っていない、新品同様の胃薬だった。

どこまでも噛み合わない、その優しさ。俺はもはや、ツッコミを入れる気力もなく、無表情でそれを受け取るしかなかった。


事件は、終わった。しかし、俺の心には英雄的な達成感など微塵もなく、ただ骨身に染みる疲労感と、そして新たに始まった、このしつこい胃痛だけが残っていた。


お読みいただきありがとうございます。

英雄は、誰にも知られず、胃痛を受け継ぎました。これぞ公務員の悲哀。

課長の胃薬が、まさかの形で世代交代です。

さて、大事件は(一応)解決しました。

次はいよいよ最終話。事件の後始末という、最も地味で、最も重要な仕事がシルスを待っています。

そして、彼を待つ、ささやかな報酬とは……?

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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