第四章
ハンドクリームを手に塗り馴染ませた、私は五十島謙。
東京の高層ビル群が夕日に染まる頃、やまと銀行の本社ビルを出た。
疲れが全く抜けないと思いながらも、背筋を伸ばして歩いていた。
スーツの襟元を緩めながら、私は地下鉄の駅へと向かった。
ネクタイを緩めても、まるで鉛の襟をかけられているような息苦しさが纏わりつく。
日中の喧騒が徐々に落ち着き始める街の空気に、少しだけ安堵を覚える。
帰宅時の混雑した電車の中で、私は無意識のうちにスマートフォンを取り出していた。
画面にはここ数日間、私を苦しめ続けているニュース記事が表示される。
その文字が目に飛び込んできた瞬間、胃のあたりが氷水で満たされるような感覚に襲われた。
スマートフォンを握る手に汗が滲む。またあの事件か…。
「東京都内で起きた殺人事件の容疑者、須田優司容疑者25歳が逮捕されました。須田容疑者は…。」
その文字を見た瞬間、私の胸に鋭い痛みが走った。
私は画面を消し、目を閉じた。周囲の乗客の喧騒が遠のいていく。
自宅のある閑静な住宅街に到着すると、私は深いため息をついた。
家の近くまで来たとき、路地の角で話をしている男女の姿を見かけた。
薄暗い中でよく見えなかったが男性は襟元を擦っており、女性はキャップを目深に被っていた。
その後女性はすぐに離れて行った。
私は特に気にすることなく家に向かった。
玄関を開け、
「ただいま。」
と声をかける。
信護がすれ違い様にまた爪を噛みながら、気だるげな返事をする。
「信護、爪を噛むのは辞めたほうがいいよ。」
信護は返事もせず、そのまま2階に上がって行った。
ダイニングキッチンから、信護の双子の姉である真知のおかえりなさいという返事が聞こえた。
その日常的な光景に、私は複雑な思いを抱いた。
リビングに入ると、テレビがついたままになっていた。
ニュース番組がまたあの事件について報じている。
私は急いでチャンネルを変えた。
午後、仕事中に受けた一本の電話が頭をよぎる。
「私弁護士の高津と申しますが、五十島様のお電話でお間違いございませんか?」
「はい、五十島でございます。」
「……。あ、すみません!私須田優司さんの弁護を担当しております。もしよろしければ須田さんの事についてお話を伺いたいのですが、お時間を頂けないでしょうか?」
経験が浅いのだろうか、慌てているようだ。
断ろうとしたが、結局は承諾してしまった。
職場では優司が離婚した元妻の子というのは誰にも言っていないが、同僚たちに見られている気がして気が気でなかった。
すれ違う同僚の視線が、全て自分への非難のように感じてしまう。
誰か知っているんじゃないか…?
あの事件と私を結びつけて、今の家族にまで迷惑が及ぶのでは…?
そんな被害妄想じみた考えが、頭から離れない。
私は引き出しの中に隠してある古い家族写真を取り出した。
写真の中の沙良は、優しく微笑んでいる。
真知はすました顔をして信護は少しはにかんでいる。
写真の中の、屈託なく笑う幼い優司。
この笑顔を、私自身の手で曇らせてしまったのだという事実が、鈍い痛みとなって胸を打つ。
その写真に触れると、指先が微かに震えた。
あの頃は、確かに幸せだった。
しかし、それは脆くも崩れ去った砂の城だった。
沙良との思い出が蘇る。
彼女は美しく知的で、私はその魅力に惹かれた。
しかし結婚後、彼女の強い自己主張と私の仕事中心の生活が徐々に溝を作っていった。
そして優司のDNA検査結果が明らかになった日、その溝は修復不可能なほど深くなった。
優司の笑顔を見つめながら、私の胸に痛みが走る。
自分の子として愛し育てた子が、実は他人の子だったという現実。
DNA検査の結果を知った日から、優司を見る目が変わってしまった。
私は優司を家族として受け入れられなかった。
そして沙良との離婚、優司との離別を選んだ。
しかしその決断が正しかったのか、今でも確信が持てない。
そんな思いを抱えながら、私は高津弁護士との面会の時間が近づくのを感じていた。
私は深呼吸をして写真を元の場所に戻した。
立ち上がり真知に向かって声をかける。
「少し出かけてくる。遅くなるから夕食は先に食べていてくれ。」
真知は心配そうな表情を浮かべながら答えた。
「お父さん大丈夫?最近元気がないように見えるけど…。」
私は微笑みを浮かべたが、それが作り笑いに見えることを自覚していた。
「心配ないよ。ちょっと仕事のことでね。」
玄関を出る際私は一瞬振り返り、家の中を見た。
そこには私が守ろうとしてきた現在の家族の姿があった。
しかし同時に失われた過去の影も見え隠れしているようだった。
玄関を出た瞬間、背中に重いものが乗しかかったように感じる。
それは、社会の目、家族の不安、そして何より、自分自身の過去だった。
夕暮れ時の街は人々の帰宅ラッシュで賑わっている。
しかし私の耳には周囲の喧騒が遠くに聞こえるだけだった。
私の心はこれから交わすであろう会話の重みで押しつぶされそうだ。
始めて会った。印象は腰が低く丁寧で、ただ少し頼りないように感じられた。
高津弁護士と並んで歩きながら、私は過去の記憶と現在の現実の間で揺れ動いていた。
「場所はこちらで決めても?」
と私は高津弁護士に向かって言うと、少し躊躇した様子で答えた。
「できれば人目につく場所は避けたいのですが...話の内容を考えると。」
私は首肯する。
「心配ありません、知り合いのカフェで個室を使えます。防音もしっかりしているので、そこなら人目を気にせず話せますよ。」
高津弁護士の表情が和らいだ。
「そうですか。それなら良かったです。」
私が頷くのを確認すると、私たちは近くの行きつけのカフェ『ムーンライト』へと足を向けた。
カフェに入ると落ち着いた雰囲気が二人を包み込んだ。
クラシック音楽が静かに流れ、カウンターには常連客が数人座っており穏やかな会話が交わされていた。
普段なら心地よく感じるこの空間が、今の私には妙に緊張感を感じさせた。
私はマスターに目配せした、話は通してある。
マスターは理解したように頷き、二人を奥の個室へと案内した。
個室に入ると外の喧騒が嘘のように静寂が訪れた。
壁に掛けられた古びた時計の秒針の音が妙に大きく響く。
私は高津弁護士と向かい合って座った。
テーブルの上にはメニューが置かれている。
私は高津弁護士に目を向け、
「コーヒーでよろしいですか?」
と尋ねた。
高津弁護士が頷くのを確認すると、私はマスターに、
「彼にホットコーヒー、私はアメリカンをお願いします。」
と声をかけた。
マスターがコーヒーを運んできて二人の前に置いた。
香り高いコーヒーの湯気が立ち上る。
一瞬の沈黙が訪れた後、高津弁護士が口を開いた。
「わ!美味しい。このカフェ、落ち着きますね。」
私は思わず微笑み、
「ええ、仕事帰りにたまに来るんです。お口に合ったなら何よりです。」
高津弁護士は穏やかに微笑んだ。
「雰囲気がいいですし、コーヒーも美味しい。こういう場所で一息つけるのはいいですね。」
私はアメリカンに手を伸ばしながら頷いた。
「日々の忙しさを忘れられる貴重な時間です。」
続けて高津弁護士が質問してくる。
「こちらのマスターはドビュッシーがお好きなんですか?」
店のBGMは『亜麻色の髪の乙女』の後、交響詩『海』が流れ始めていた。
「わかりますか?この店の名前も『月の光』から来ているそうですよ。」
「え?でも…。」
高津弁護士はまだ何か言いたげだった。
私は少し嬉しくなり、
「店の名前が『ムーンライト』というのが気になりますか?」
高津弁護士が大きく頷く。
「通常クロード・ドビュッシーの『月の光』は、『ムーンライト』ではなく『クレール・ドゥ・リュンヌ』の方が一般的ですからね。」
それを聞き顔が綻ぶ。
「本当にお詳しいんですね。実は私はクラシックが好きで、それもあってマスターと意気投合したんですよ。」
声色が変わっているのが自分でもわかった。
「私もクラシックが好きで、ドビュッシーもよく聞くんですよ。」
高津弁護士はそう言って、カバンからイヤホンを取り出す。
「骨伝導式ですか、気にはなっていたんですよね。」
私は思わずそのイヤホンに目がいく。
「周りの音が聞こえるのでおすすめですよ、私は気に入っています。」
高津弁護士は大事そうにイヤホンをしまった。
「ちょっと今度見に行ってみます。ちなみにマスター曰く、クラシックに詳しくない方でも親しみやすい店にしたいということで、『クレール・ドゥ・リュンヌ』ではなく『ムーンライト』にしたそうです。」
なるほどと相槌を打つ高津弁護士、彼に親近感が湧いてくる。
ひとしきりクラシック談義をした後、
「そう言えば。」
私は軽く尋ねた。
「高津さんが先ほど家の近くで女性と話をしているのを見かけたのですが。」
高津弁護士は一瞬驚いたような表情を見せ、少し気まずそうに答えた。
「ああ、それは…ちょっとした知り合いです。仕事の関係で…。」
私は高津弁護士の様子に何か引っかかるものを感じたが、それ以上は追及しなかった。
高津弁護士はコーヒーを一口飲んでから、表情を少し引き締めた。
「それでは早速本題に、須田優司さんについてお話を伺いたいのです。」
その言葉に私の体が微かに震えた。
内心で覚悟を決めていたものの、やはり身構えてしまう。
テレビで報道された事件のことを思い出し、胸が締め付けられる思いがした。
しかし極力表情を平静に保ちながら、高津弁護士の真摯な態度に応じることにした。
「優司のことですね。」
私は静かに言った。
「最近のニュースで知りました、彼が起こした事件のことですよね?」
高津弁護士は慎重に言葉を選んでいるようだ。
「はい、その通りです。五十島さんから見た優司さんについて、お聞かせいただけますか?特に、彼の性格や家庭環境について、何か印象に残っていることはありますか?」
私は深呼吸をして、高津の目をまっすぐ見つめた。
「実は10年前に沙良と離婚して以来、私は優司に会っていません。ですので10年前の記憶しかお話しできないことをご了承ください。」
高津弁護士は少し驚いた様子を見せたが、すぐに腑に落ちた。
「わかりました。ではその10年前のことについて、お聞かせいただけますか?」
私は過去の映像を呼び起こしながら、静かに語り始めた。
「優司はサッカーが得意でした。休日には一緒に近所の公園で練習したものです。」
目の前に一瞬で懐かしい景色が浮かんだ。数年前の光景が鮮明によみがえる。
「お父さん!こっち!」
13歳の優司が元気な声で叫んだ。彼は器用にサッカーボールを操り、ドリブルしながら私にパスを出した。
「ナイスパス、優司!将来はプロサッカー選手かな?」
私は笑顔で答えた。
優司は真剣な表情でうなずいた。
「ありがとう!もっと練習するね!」
その後、二人は何度もパスを交わし、シュート練習をした。
優司の額には汗が光り、その表情には向上心が満ちていた。
「あの頃は…本当に幸せでした。」
声が少し震えた。
「でも。」
続けるのが躊躇われる。
「ある時行ったDNA鑑定で、そんな日常が崩れていきました。」
「なぜ、DNA鑑定をしようと?」
当然の質問が返って来る。
あの時の悔しさを思い出す。
「…昔のことですからね、忘れてしまいました。」
笑い掛け話を変える。
「DNA検査の結果が分かった後は沙良との関係も悪化し、家庭内の雰囲気は重苦しくなっていきました。」
高津弁護士は今度は慎重に質問してきた。
「その時の優司さんの様子はいかがでしたか?」
私は深く息を吐いた。
「あの子は…混乱していました。何も知らされていなかったので、突然の変化に戸惑っていたようです。私や沙良の態度の変化に、不安そうな表情を浮かべていました。」
「最後に会った日のことを、今でも覚えています。」
声が再び震えた。
「離婚が決まり、優司に話をした日です。」
その日の記憶が鮮明によみがえる。
今も住んでいるこの家のリビングで、優司は私と沙良の前に座っていた。
15歳になっていた彼の目には、既に何かを察したような警戒の色が浮かんでいた。
「優司、話があるんだ。」
私は静かに、しかし震える声で言った。
優司は無言で私と沙良を見つめた。
その目には緊張と不安が混ざっていた。
私は深呼吸をして続けた。
「お父さんとお母さんは離婚することになった。」
優司の表情が凍りついた。
「そう…。」
「そして…。」
私は言葉を捻り出す。
「優司、実は…。」
「僕のこと?」
優司が静かに言った。
私は驚いて目を見開いた。
優司は真剣な眼差しで私を見る。
「最近の様子を見てれば、何かあるのはわかるよ。」
私は重い口を開いた。
「お前は…私の実の子ではない。」
優司の目に驚きと悲しみが浮かんだ。
「やっぱりそうだったんだ…。」
優司は静かに立ち上がった。
「わかった…。」
優司は俯き、絞り出すように言った。
その声は微かに震えていた。
私は言葉に詰まった。
「優司、私たちは…。」
「今は何も聞きたくない。」
優司は私の言葉を遮り部屋を出ようとした。
「優司。」
私が声を上げた。
優司は振り返り、悲しみの混じった目で私を見た。
「何?」
「お前と…お母さんは、この家を出ていくことになる。」
私は震える声で言った。
優司は一瞬言葉を失い、そして小さくうなずいた。
「そう、わかった。」
そう言って、優司は静かに部屋を出て行った。その背中を黙って見送った。
「その後、沙良と優司はこの家を出て行きました。正直に言えば、私が耐えられなかったんです。優司を見るたびに、自分の人生が嘘だったような気がして…。そんな現実から逃げ出したかった。それが当時の本音でした。」
高津弁護士はどんな顔で聞いているだろうか、軽蔑しているだろうか…。
私は目を閉じ、しばらく沈黙した後続けた。
「でも、時が経つにつれて、別の感情が湧いてきました。優司の笑顔や一緒に過ごした時間の記憶が、突然鮮明によみがえることがあるんです。そんな時、自分の決断の重さを痛感します。血のつながりだけが家族を定義するものじゃないと、あの子は何も悪くないんだと、頭では分かっていたはずなのに...。あの時もっと冷静に考えられていれば、違う選択ができたんじゃないかと。そんな後悔が、日に日に強くなっていくんです。」
高津弁護士は黙って私の話を聞いていた。
その目には、同情と理解の色が浮かんでいた。
時折メモを取る手を止め、私の表情を観察していた。
高津弁護士が立ち上がろうとしたとき、私は最後の質問を投げかけた。
その声には、かすかな希望と恐れが混じっていた。
「私の選択は正しかったのでしょうか?もし違う選択をしていたら、優司は…。」
高津弁護士は一瞬考え込み、静かに答えた。
「五十島さん、過去の出来事は変えられません。あなたの選択が正しかったかどうかを判断するのは、私ではありません。その時のあなたは、自分にできる最善の選択をしたのだと思います。」
高津弁護士は続けた。
「今は現在の家族を大切にすることに集中されるのが良いでしょう。これ以上自分を責める必要はありません。」
そう言い残し、高津弁護士は丁寧に頭を下げてから立ち上がった。
「お話しいただき、ありがとうございました。貴重なお時間をいただき、申し訳ありません。」
私は黙って頷き、高津弁護士を見送った。
血が繋がっていないのだから仕方がない、彼はそんな安易な慰めを用いなかった。
沙良を悪者にすることもしなかった、それを私が望んでいない事を理解していたのだろうか。
彼の背中は、私が初めて見たときより大きく見えた。
カフェを出た後、私は重い足取りで帰路についた。
高津弁護士との会話が頭の中で何度も繰り返される。
過去の決断、優司との別れ、そして現在の家族。
全てが私の心の中で縺れた糸のように絡み合っていた。
あの時沙良と優司が家を出て行った後、数日もしないうちに彼女が訪ねてきたのを思い出す。
紗季さん…沙良の妹だ。
普段あまり感情を表に出さない彼女が、硬い表情でインターフォンのモニターに映った時、私はドアを開けるのを一瞬ためらった。
玄関先で向き合うと、彼女は私を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「お義兄さ…五十島さん、少しだけお時間をいただけますでしょうか。」
その声は静かだったが、有無を言わせぬ響きがあった。
リビングに通すと彼女はソファに浅く腰掛け、しかし背筋は伸ばしたままだった。
「この度は姉、沙良があなた様に対して取り返しのつかないことをいたしました。妹として、心よりお詫び申し上げます。」
深々と頭を下げる彼女に、私はかける言葉が見つからなかった。
何を言っても、この胸の空虚さは埋まらないと思っていた。
彼女は顔を上げた。
その目には、非難の色はなかった。
むしろどこか諦観にも似た静けさがあった。
「あなたが、離婚という道を選ばれたお気持ち…そして、DNA鑑定の結果を受け、優司を手放されるというご決断…あなたがそうお考えになるのも、無理からぬことかもしれません。」
そう言って彼女の表情はすぐに、強い意志を宿したものに変わった。
「今後、優司のことは沙良が育てますが、私が責任をもって見守ります。もし沙良では駄目だと判断した場合は、私が優司を引き取ります。あの子は、私が必ず守ります。五十島さんにご迷惑をおかけすることは決してありません。」
彼女はきっぱりと言い切った。
その声には揺るぎない覚悟が感じられた。
「ですが五十島さん、一つだけ、これだけはどうかご理解いただきたいのです。」
彼女は私を再び見据えた。
「今回の件で、優司には何の罪もありません。あの子は、ただ、沙良と、そしてあなたを親として生まれてきただけなのです。姉が誰の子を身ごもろうと、あの子自身は一点の曇りもなく、あなたの息子として、あなたを『お父さん』と信じて、疑うことなく15年間生きてきました。」
その言葉に、私は俯くしかなかった。
「どうか、あの子をこれ以上傷つけるようなことはなさらないでください。あなたにはただ一つの落ち度も無い事は重々承知しております。ただあの子にも、なんらの落ち度も無いのです。」
それだけ言うと、彼女はもう一度深く頭を下げ、静かに立ち去っていった。
当時の私には、彼女の言葉の本当の重みが分かっていなかった。
後に沙良が優司を虐待したのを知った紗季さんは、本当に優司を引き取ったらしい。
そして7年前の震災で亡くなるまで、優司を守っていたのだと真知に聞かされた。
家に着くと、真知の心配そうな顔が出迎える。
少し奥に信護もいた、また爪を噛んでいる。
「お父さん、大丈夫?」
真知が優しく尋ねた。
信護も珍しくそわそわとこちらを伺っている。
私は微笑もうとしたが、やはりそれが作り笑いに見えることは自覚していた。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れているだけさ。」
私は子供たちの前で平静を装おうとしたが、心の中では激しい葛藤が続いていた。
子供達にこんな心配させてしまって、父親失格だな。
夜が明け、新しい一日が始まった。
私はカーテンを開け、朝日を浴びながら深呼吸をした。
胸の重さは少しも軽くならなかったが、家族のため、そして私自身のために前に進まなければならないことだけは分かっていた。