いいねが足りません
「お願いだ、助けてくれ……!」
視界がぼやける。頭が割れるように痛い。身体が動かない。何が起こったのか、すぐには思い出せなかった。だが、次第に断片的な記憶がよみがえる。
事故だった。
帰宅途中、横断歩道でトラックが突っ込んできた。気づいた時には、俺は宙を舞っていた。ゴツンという鈍い音とともに地面に叩きつけられ、そのまま意識を失った。
目を覚ますと、俺は病院のベッドの上にいた。全身が痛む。呼吸すらまともにできない。だが、それ以上に異様だったのは、俺の周囲を取り囲む救急隊員と医師たちの様子だった。
「……治療には、あと1000いいねが必要です」
冷静な声が響いた。俺の目の前に差し出されたのはスマートフォン。画面には、俺の顔写真とともに、SNSの投稿画面が映し出されていた。
《緊急! 大怪我をしました! 命がかかっています! どうかいいねをお願いします!》
いいね数は、たったの800。
「た、足りないのか……?」
「申し訳ありません」
医師が悲しげに首を振る。周囲のスタッフも沈痛な面持ちで俺を見つめている。だが、誰一人として手を動かそうとはしない。
「ま、待ってくれ! どうすればいい!? どうやったら、もっといいねをもらえるんだ!?」
「SNSでの影響力が足りません。フォロワー数が少なく、拡散力も低い。あなたの投稿が人々の目に触れる機会が不足しているのです」
「そんな……!」
まるで、ただの数字の話をしているかのような口ぶりだった。だが、この世界では違う。これは命の話なのだ。
「……あと5分です」
モニターにカウントダウンが表示される。あと5分以内に200のいいねを集めなければ、俺は見捨てられる。
スマホを握りしめ、震える指で投稿ボタンを押し、叫ぶように懇願する。
「お願いだ! 誰かいいねを押してくれ……!」
しかし、タイムラインは他の投稿で埋もれていく。いいねを得るには拡散が必要。だが、誰も俺の投稿をシェアしようとしない。
「くそっ……!」
視界がかすむ。手足の感覚が遠のいていく。意識が薄れゆく中、俺の投稿のいいね数が800のまま変わらないことを最後に確認した──。