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男性アイドルに恋した□□

作者: 七花まど

一瞬の暇つぶしになれば幸いです。

 □□はこの惑星の言葉でいう地球外生命体という存在に当てはまる。

 我々は自分の星を捨て、新たな星で生存が可能かどうかを確かめるべく宇宙へと旅立った。しかし知的生命体が生存している星は極めて少なく、見つけたとしてもほとんどの星が滅びる寸前だった。

 太陽の光を目印に何十年と宇宙の旅を続け、とある星へとたどり着いた。それが地球という惑星だ。

 知的生命体が数多く生存し、食料も十分にある。家畜との共存にも成功し、今後の繁栄も我々が手を加えれば十分にありえる素晴らしい惑星だ。

 万が一の時には緊急脱出装置が働き、故郷へと強制送還されるから安心だ。心身が不安定になるほどの絶望に苛まれない限り緊急脱出装置は発動せず、もしその状態になるようならばこの惑星で生きていくのは不可能だろう。

 ここに来るまで長い時間を掛けすぎたせいでここがどこなのかが把握できないのは痛手だが、□□一人でも繁殖していけば新たに我々が支配する日もそう遠くない。

 他の惑星では当たり前のようだが、我々には視認できる身体というものがない。人類でいう魂だけがうろつくような状態であり、他の人に入り込んでその人を支配する。これでも情はある。主に死にかけの人類を乗っ取り、記憶喪失という形で代わりに生活するのだ。

 地球という青い惑星に降り立った□□は、まずは繁殖するための相手を探さなくてはならない。□□の性別上は女であり、人類の男と交配しなくてはならない。病院で死にかけだった少女を乗っ取り、リハビリで身体を慣らし、日常へと戻ったところで男探しを始める。


「……む? あれはなんだ? 女共が群がっている」


 なるべく女にモテる男と交配するのが好ましい。理屈は不明だが、その方が繁殖の進みがよい。そのため女共が群がる場所を探すのも手だ。


「ここは……何をしている?」


 群がる女共の一人に声を掛けると、隣にいた女も反応して□□に迫った。


「アキト様のライブよ! 知っているでしょう? 国民的アイドルのアキト様! 今日はパワハラ上司を殴ってまで有給取ったんだから楽しまないと」


「あなたもライブに来たんじゃないの? ほらチケットあるじゃない」

「む……いつの間に」


 乗っ取った者がこのアキトとやらのファンだったらしい。財布の中にチケットが入っていた。

 ざっと見ただけで三万以上の女が集結している。これだけの女にモテる男ならば繁殖も申し分ないだろう。


「あまり詳しくない。だからアキトとやらをいろいろ教えて欲しい」


「まあ! 新しい仲間が増えて嬉しい! ほらさっそく並びましょう」


「あなた名前はなんていうの? 私は美恵子」


「自分は恵果よ。よろしく」


「□□だ。よろしくたのむ」


「えっと……レイちゃん? でいい?」


 どうやら□□という音はこの惑星では発声できないらしい。


 最終的に十万人を収容したドームは熱気に溢れ、まだ身体が弱いため熱中症になりかけた。水分補給と保冷剤で身体を冷やしながら夜の公園のベンチで先ほどの女二人と感想を述べていた。


「ねえ今回のセトリ完璧すぎない? 『僕の形』からの『あなたの夢』でしょ! 最後には新曲のお披露目にアンコールで『レインコート』のアレンジバーションってやばすぎ!」


「自分は衣装に惚れたね。何あの早着替え! 休みなしでボルテージマックス状態キープって、こっちが倒れちゃうよ! ね? レイちゃん」


「う、うむ」


 二人の勢いには付いていけないが、正直な話、□□はアキトという男に惚れてしまった。

 耳をくすぐる甘い声に甘いマスク、一人ひとりに目を合わせるようなファンサービスにトドメのウインクで心臓を揺さぶられた。

 魂体の時では得られなかった感情に頬が熱い。子宮が疼いているのはなんだ? それだけ□□はあの男と繁殖を求めているのか?


「あー、こりゃ完全に堕ちてるね。レイちゃん、アキト様にガチ恋しちゃってるね」

「だね、ライブ前のすまし顔が今じゃ恋する乙女だもん」


「そ、そんなわけ――」


 いや、人と繁殖するならば恋をするのは当然のことか? これまで繁殖を行ったことがない故、□□の両親はどのようにして結ばれたのか分からないが、この気持ちが互いに通じ合った時、繁殖が可能なのだろう。きっとそうに違いない。


「楽しい時間はあっという間だったね。そうだ、レイちゃん、連絡先交換しようよ。次のライブまで情報交換できるし」


 この身体の持ち主の母から持たされていたスマホを取り出し、連絡先を交換する。機械に疎い□□にとって情報を与えてくれる存在は貴重だ。この二人とは慎重に付き合っていこう。


「次にアキトと会えるのはいつになる?」


「えっと……、チケットが取れれば次は再来月だね。それまではラジオかテレビで応援するしかないかな」


「そうか、すぐには会えないのか」


「そんな残念がらなくても大丈夫、自分だけじゃなくて、ファンはみんなアキト様を待ち望んでいるんだもの」


 みんなという言葉を聞き大事なことを思い出す。女にモテるということはそれだけ繁殖行為を狙っている数が多いという事。十万人近い女共がたった一人をめぐって争っていると言っていい。


「みんなはライバルか」


「ライバル? 私は味方だと思うけど、捉え方によってはライバルでいいのかな? みんなアキト様の一番になろうと努力しているわけだし」


「やはりそうか……。なら、アキトの一番になるにはどうすればいい?」


「なろうと思ってなれるものじゃないよ。アキト様はアイドルだし。自分は今回グッズを買っただけだけど、次回は差し入れをしたいね」


「私は差し入れしたよ! どこまでアキト様の手に渡るかは分かんないけど、アキト様はいつもSNSで写真載せてくれるから、そこに私のがあれば嬉しいよね」


「なるほど」


 二人からアキトへとアプローチ方法を聞き出し、次のライブに向けての準備を始めた。


 連絡を交換した二人とはライブ以外でも遊ぶことを約束し、限定ショップというものには必ず足を運んだ。興味もない人間相手に愛想を振りまくアルバイトに勤しみ、手に入れた給料のほとんどはアキト関係のグッズに変わっていった。母は□□が生き生きとしているのに喜んでいたが、やはり記憶がない事に対してどこか影が見える。こればかりはどうしようもない。父は家族を捨てて出て行ったようだし、早めに家を出て自立したほうがいいかもしれない。

 ライブには必ず参加し、ライブチケット抽選には人海戦術を用いて死ぬ気で手に入れた。一度だけだが、ステージ近くの席をゲットし、□□が用意したうちわに書いた内容に応えてくれた時は絶頂するかと思った。他にアキトが差し入れの写真をSNSに載せた時、□□が用意したぬいぐるみを手に持っていたのを見た時は興奮で倒れかけた。

 近くで応援することもあれば、残念ながら遠くで見守る事しかできない日もあったが、何年もこうしてアプローチを続けているのだ、他の女共よりは一歩リードしているはず。あとは直接、この昂る気持ちを伝えれば、我々の計画は大きく前進するだろう。

 しかし一対一になれる状況というのはほぼありえない。ボディガードはいるし、自宅の特定も簡単にはさせてくれない。ストーカーと化しては意味がない。なるべく自然な形で……。


「む?」


 スマホが鳴る。名前は美恵子。電話に出ると慌てた様子だった。


『すぐにテレビ付けて!』


「何事だ?」


『これはちょっと私の口からは言えない。ごめん』


 酷く落ち込んだ声音でそれだけ言うと通話は切れてしまった。履歴を確認すると恵果からも着信が入っていたらしく、メッセージアプリの方では美恵子が言っていたこととほぼ同じメッセージが残されていた。


「いったい何があったというのだ?」


 テレビを付ける。適当なニュース番組でいいだろうか? もしかしてアキト様のライブ映像でも流れて――――


『――アキト氏が一般女性との結婚を発表しました』


「へ?」


 ニュースキャスターの声が震えている気がする。□□の目の前も震えている気がする。

 再度スマホが鳴る。名前は美恵子。今は出られる状況じゃない。


「あ……あ……」


 目の前の暗転と共に倒れた□□は、絶望と共に祖国へと強制送還された。


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