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11. 優しい笑顔



 あれから、一週間後。



 俺と友也は、似合わないスーツを着て、ソワソワしていた。


 そこは、某テレビ局のスタジオ裏。


 実は急遽、昼の生放送番組に、出演する事が決まったのだ。



 あの生配信ドッキリ企画『許してクリ! 〜1995年・奇跡の出逢い~』が、感動のラストになった事で、SNSを中心に話題沸騰、一躍時の人となったからだ。


 ついこの間まで、ろくに仕事も無かった俺達だが、今や分刻みで予定を入れられるほど多忙なっていた。


 そして今日は、念願のテレビ初出演。




 さて、ステージ裏に身を隠す俺と友也は、こっそりスタジオの様子を覗いてみた。


 何台ものテレビカメラ、マイク、照明などの機材を持ったスタッフ達が見えた。



 観覧席に目を移すと、沢山の人が座っている。


 百人以上はいるだろうか。


 ほとんどが、女性だった。





 番組も、後半に差しかかった頃。


 先日の、生配信ドッキリ企画の特集が始まった。


 スタジオの中央スクリーンに、その時の映像が映し出される。


 お茶の間のテレビでも、今この映像が、流れている事だろう。



 

「緊張してるんですか? 大丈夫ですよ、番組司会者が、ちゃんとフォローしてくれますから」


 そう言ってくれたのは、側にいるマネージャーだ。


 俺達には、三日前から経験豊富な男性マネージャーが、付くようになったのだ。



 ほどなくして、しゃがんでいるスタッフが、小声で話しかけてくる。


「もうすぐ出番です。呼ばれたら、出て下さいね」


 俺達は「はい」と、返事をした。




 ついに、サングラスをした番組司会者が、俺達を呼び入れる前振りを始めた。


「さあ、皆さん。いいですか? 実は今、この生配信ドッキリに出ていた芸人さん達が、来てますよ!」


 観覧席から「ええっ~」と、過剰に期待する声が上がった。




 ……いよいよだ。


 俺はゴクリと、生唾を飲み込んだ。



「では……登場してもらいましょう! マロンマロンのお二人、どうぞぉぉ!」


 俺達は、大きな拍手と歓声の中、早足にステージ中央へと向かった。



 友也と並んで立った時、顔が引きつってしまった。


 沢山の観覧者と、何台ものカメラを目の当たりにして、怖気付いてしまったのだ。



 そんな俺を安心させるためか、司会者が俺の背中をさすった。


「いやあ、一気に人気が出たねぇ、君達! では改めて、自己紹介してもらおうかな」


 俺は頷くと、カメラに笑顔を向けた。



「コンビで、お笑いやってます! マロンマロンの栗岡翼です!」


 続いて友也も「小栗友也です!」と、名乗る。




 ふと司会者が、顔を近づけてきた。


「それにしても凄いねえ、あの生配信ドッキリ企画。最後は視聴者の数が、二十万人を超えたらしいよ」


 俺は「はい、見て頂いた方、本当にありがとうございました!」と、笑顔でカメラに一礼する。



「私も、見てましたよ!」


 後方のゲスト席に座っていた女性アイドルが、突然、感極まったような声を出した。



「あの生配信、ずっと見てました! もう、すっごい泣いちゃいました!」


 俺は、少し照れた顔で「どうも」と頭を下げた。




 続いて、女性アイドルの隣に座る、七十代の大物女優が、前のめりになり話しかけてきた。


「ねぇ、あなた、最後にお母さんが現れたでしょう? あれって、ご本人なの? 台本にある演出じゃなくて、本当に、本物のお母さんが、あそこに来たの?」



 俺は苦笑いをして、首を振った。


「台本なんて無いですよぉ! 僕も最初、またドッキリかと思ったんですけど、あれは本当に偶然、生配信を見ていた母が、あの場所に来てくれたんです! そもそも僕は、母は亡くなってたと聞いていたんです。本当に、ビックリしましたよぉ!」



 友也も、俺と同じ意見だった。


「翼の言うとおりですよ。あのドッキリは、翼が落とし穴に落ちたところで、終わりだったんですから。僕ら仕掛ける側も、あの時は凄い展開になったなぁと、驚いてましたよ!」




 大物女優は、意味ありげな笑みで頷くと、再び口を開いた。


「それじゃあ、本当に奇跡の出逢いね。翼君、あなた大変だったけど、お母さんに会えたんだから、このドッキリがあって良かったわねぇ」


「ええ……そうですね」と、俺は苦笑いのまま頷いた。




 ひとしきり、ゲストと絡んだ後、司会者が友也に話しかけた。


「そういえばさあ、友也君だっけ? 翼君にホウキで、思いっきり叩かれてたけど、大丈夫だった?」


 ここで観覧席の人達が、一斉に笑った。



 友也は思い出したように、腕をさすった。


「大丈夫じゃなかったですよ。こいつ、手加減なしですから。腕が折れたかと思いましたよ!」



 友也が、大袈裟に痛がる仕草をしたので、俺は反論した。


「でもあれは、友也も悪いんだからな! 死んだとされていた俺の母親を使って、あんなドッキリ、ありえないから! 人の心を、弄びすぎだろ!」


「だからって、あんな頑丈なホウキを、振り回すか? 怒るにしても、とりあえず撮影が終わってからにしろよ!」



 俺達が、険悪な雰囲気になると、司会者が割って入ってきた。


「ちょっと、ちょっと、これ生放送だからねっ」



「いや、生放送とか関係ないですよ! とにかく謝れよ、翼!」


 友也が、俺の胸ぐらを掴んできた。




 仕方がない。


 俺は友也の手を払うのけると、自分の着ているジャケットの内ポケットに手を入れた。



「……おい、何を出すつもりだ!」


 友也が、一瞬にして怯んだ。


 俺は、内ポケットに隠してある、硬く冷たい物を握りしめた。



 そして、ジリジリと友也に迫る。


「お、おい、何だよ! まさか……ナイフか?」


 友也は上ずった声を出して、一歩後退した。


 怖気付いているのが、見て取れる。



 さあ、立場は一変したのだ。


 俺は威圧的に友也に近づくと、満を持して内ポケットから、それを取り出した。




 ……栗だ。




「許してクリ!」


「クリじゃねえよ、いらねえよっ!」


 甘えた声で栗を差し出したが、手で払われてしまった。



 その瞬間、スタジオ中が、どっと大きな笑い声に包まれた。


 皆が俺達のネタを、認知していたのだ。




 ……よかった。


 実は、番組の打ち合わせ時、このネタをやるように言われていた。


 もしもウケなかったから、どうしよう……と不安だった。


 だが、どうやら思い過ごしのようだった。




 俺は、鳴り止まない拍手と歓声に、つい顔がほころんだ。


 笑顔で栗をアピールしながら、観覧席の人達を見渡す。



 すると、観覧席の一番奥に、黒いロングコートを着た女性が見えた。


 彼女は、微笑んでいた。



 それは幼い頃から、いつも夢で見ていた、あの優しい笑顔だった。







おわり

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