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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界あるある短編

平民上がりの……

作者: 川崎悠

 平民上がりの男爵家の庶子の子が、次々と男子生徒に声を掛けていると言う。


 そのせいで、色々な場所で軋轢を生んでいる。

 そして、とうとう王子にまで声を掛け始めたとか。


 もちろん男達には皆、婚約者が居るというワケである。



「マーガレット様。どうにか出来ませんかっ……?」


 と、泣きつかれたのは公爵令嬢のマーガレット・グレイスだ。


「うーん……」

「マーガレット様だって、その」

「ああ、ルーク殿下のこと?」

「は、はい」

「私の場合は、文字通りの政略結婚ですからねぇ……。皆さんとは状況が違うような」


 被害を訴えている令嬢達もまた政略結婚だったが、そこにきちんと愛があるタイプだった。


 前までは、だが。


「……そんなに物珍しいのかしら。平民上がりの子が」

「いえ。たぶん、平民上がりだからじゃないと思います。私も平民の方と接する事はありますけど……。そもそも平民イコール無邪気で天真爛漫、というのは、とんだ偏見かと」

「あら、そう?」

「はい。当たり前ですが、貴族階級を前にして謙虚だったり、恐れたりする方も居ますし……。平民同士にだって敬語は普及していますので、目上の者に対してだとか。ああいった態度を『平民だから』で片付けるのは、おかしな事かと」


(そもそも問題の彼女は、既に男爵家に入っているから貴族なんだけどね?)


 学園内のある場所で、令嬢達の不満を聞きながら、マーガレットは対策を考える。

 どうしたものかしら、と。


 その時だった。事件が起きたのは。



「見つけたぞ! マーガレット!」

「っ!?」


 あってはならない声が聞こえた。

 それは、マーガレットの婚約者であり、第二王子のルークの声だった。


 現れたのはルークだけではない。

 今、ここに被害を訴えてきている令嬢達の婚約者。

 即ち、件の男爵令嬢に篭絡された者達も一緒だ。


 つまり男達である。

 彼等は一様に怒りの表情を浮かべていたワケだが……。



「お前達、ルシールを仲間外れにしているらし、」


 急に現れて怒鳴り声を上げ始めるルーク。

 それに対して驚愕したり、呆気にとられたりする他の令嬢達。


 対するマーガレットは冷静に場を……収めたりはしなかった。



「っ……きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「!?」

「!?」

「!?」


 そこに集まった男も、女も、悲鳴を上げたマーガレットに度肝を抜かれて言葉を失う。


「誰か!! 騎士様!! すぐに来て!! 男子禁制(・・・・)のサロンに、男が! 男が! 痴漢よ! 陵辱よ! 犯罪よ! すぐに捕まえて! 現行犯よッ!!!」


「なっ!? マ、」


「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ルーク王子の言葉を遮るように再度、声を張り上げるマーガレット。



 すぐにサロンの警備に当てられている……女騎士達を中心とした部隊が駆けつけてきた。


 令嬢達が居た場所は、マーガレットが言ったように『男子禁制』、つまり男が入ってはいけない場所だった。


 貴族子女の通う学園であり、男女で明確に分断しなければならない空間は多々ある。


 この学園での『間違い』など、あってはならないからだ。

 だからこそ、警備・監視などにかなりの人数が割かれている。


 ルークを始めとした男達は、そんな場所に堂々と押し入って来たのだ。


 言ってしまえば、それは『女子寮』に男が入り込んでくるような行為。

 ご法度も甚だしく、それが例え王子であろうとも例外はなかった。


 問題としているのは『男女』であるからこそ、王子など余計にダメとも言える。



「き、貴様っ……!」

「ひっ……! 恐ろしい! やっぱり私達を無理矢理に……!」

「何だと!?」


「お控え下さい!」

「お前達は跪け!」

「ぐわっ!?」

「おい!?」


 騎士達が、令嬢達と男達の間に割って入り、ルーク以外の男はその場で制圧された。


「私達は! 婚前交渉などお断りですわ!」


 と、騎士の制圧の最中にもマーガレットは叫んだ。


「誰が婚前交渉など!? 人聞きの悪い事を言うな!」


「それ以外に『男子禁制』と明確に線引きされている場所へ侵入する理由などあるとでも!? 恐ろしい! 騎士様達に後は任せますわ! 私は、このような行為を働いた者達の家に、抗議文を送り、王家にも訴えます! 如何様な言い訳も赦しませんわ!!」


「なっ、ちょ、ちょっと待て!」


「待ちません! さぁ、皆さん、行きますよ! ここは安全じゃないわ! もう、なんて事!」

「え、あ、はい」


 マーガレットの勢いに押されて、ポカンとした顔の令嬢達は、後を騎士達に任せて、さっさと場を離れていった。



(思ったよりも状況は悪化していたみたい)


 内心で、ちょっとルークがこの件で不貞を働けば婚約解消できるかなぁ、などと考えていたマーガレットだ。


 令嬢達の方は、ちゃんと愛情があったので、そんな自分本位の考え方に反省など、してみたりする。



(ああ、やだ、やだ、面倒くさい)


 公爵令嬢。されど人間。

 生まれながらにして高貴、教育も受けていて……と言っても取り繕えるのが外面だけなのだ。


 マーガレットは面倒くさがりだった。

 人間としてはたるんでいた。

 家の中では、許される限り、だらけ切っていた。


 幸い、両親の愛情には恵まれており、家を継ぐ兄も居るので、妹のマーガレットは色々と緩くても許されていた。


 なので、まったく公爵令嬢らしい対策をマーガレットは考えなかった。

 穏便に済ますとか。

 言葉では言い争いをしない、とか。


 はたまた横暴に振る舞われても、耐える姿勢を取り、然るべき対処を取るとか。



 出来なくはない。その知識もある。

 それをするだけの家門の力もある。


 でもしなかった。……何故なら、面倒くさいから。



「面倒くさいけど、やるしかないわ!」


 と。とりあえずサロンに突撃してきた男子生徒の家に、公爵令嬢としての正式な抗議文を送りつけつつ、父親にルーク王子の件を報告。公爵伝手で王家に抗議する手筈を、しれっと整えてからマーガレットは、平民上がりの男爵令嬢対策に乗り出した。



◇◆◇



「は……? 退学申請?」


 ルーク王子の男子禁制サロン突撃事件は、既に学園に広まっていた。

 マーガレットが全力で噂を広めに走ったからだ。


 ルーク王子とすれば、愛しのルシールの為にマーガレット達を一喝してやろうとサロンに踏み込んでいった、程度だったのだが。


 あのサロンだって、きっと悪巧みをしているのだろうと。

 だが、それでも特別な申請もなく、男子禁制と明確に定められている場所に踏み込んだのはルーク達だ。


 その行為は学園の平和を脅かす行為と言って過言ではなかった。


 特に貴族令嬢にとっては由々しき問題であり、それが王子の仕業であるとすれば、学園に安心できる場所がない事に繋がる。


 ルークは、一言もまともにマーガレットに文句を言えないまま、あっという間に『痴漢王子』とまで揶揄された。



 そんな状況の上で、これだ。


「はい。マーガレット・グレイス公爵令嬢から退学申請が来ました」

「バカな!? 公爵令嬢だぞ! それが学園を退学などして……!」


 それは間違いなく瑕疵に繋がる。

 学園も卒業できなかった、などと言われるに決まっているのだ。


「…………学園では、身の安全が確保されないから、と。公爵の認可もございますな。正式に、公式に退学申請がグレイス公爵令嬢から出された記録は残る事になります」

「そこまで大事にするのか、マーガレット!」


 ルーク王子は、まだ一言だって文句すら言えていないのだ。

 あのサロンで彼女らの悪虐を怒鳴りつけ、説教する筈が。


「公爵家は、学園に多くの寄付をしてくださっています。その令嬢が退学など……。資金はどこから調達すればいいのでしょう? ……公爵家と並ぶような『家』がどうにかして下さるのでしょうか? 殿下」

「っ……」


 王家と言えど、無尽蔵に金があるワケではない。

 国庫から金を出す場合は、正式な手続きを踏む必要があるし、理由も必要だ。


 学園への投資は正当な理由として認められるかもしれないが……。


 今まで公爵家が寄付していたのに、その令嬢に王子が……という理由で起きた問題とするなら?



「公爵が寄付を打ち切ると言っているのか!? 娘の我儘だぞ!」

「……まだその話には至っていません。そして退学申請は受けましたが、まず交渉……いえ、公爵閣下にお話を伺うつもりです。そう簡単に受理できるお話ではありませんから」


「ぐぅ!」


 マーガレットの退学を阻止しても、どうなるものでもない。

 退学申請まで出されたというのが既に問題だからだ。


「マーガレットは!」

「当然、学園に来ていませんな」

「くそっ、あの女!」


 ルークは自分の髪の毛をガシガシと搔きむしるのだった。




 そしてマーガレットの退学が決まらないまま、学園側と公爵での話し合いが続く中。

 『ルーク王子の痴漢突撃大作戦』事件として更なる噂の広がりを見せる学園では、この時期に新たな試みがなされた。


「平民クラス!?」


 今年度に限った、市井から選ばれた若者を招き、教育を受けさせる平民クラスを立ち上げたのだ。


 ただし、貴族子女との差から生じるだろう問題対策の為、

 任意でしばらく学園を休学する事が、元からの生徒には許された。


 その間の勉学はどうするのかと言うと……それはグレイス公爵家が補填するらしい。


 平民クラスを学園に受け入れさせたのは、他でもないグレイス公爵家だったからだ。



「何をするつもりなんだ!?」


 ルーク王子と、謹慎明けの令息達は、肩身が狭く、一塊になっていた。

 それでも自分達には愛しの男爵令嬢のルシールが居るから……などと頭の中では思っていたのだが。


「きゃあ! 王子殿下ぁ」

「ルーク様!」

「リカルド様ぁ」

「きゃあ、きゃあ!」

「……!?」


 肩身の狭い学園生活に、まだ波乱が続くのかと身構えていた矢先。

 ルーク王子や、その取り巻き達の想像していなかった出来事が起こった。


 それは平民クラスの女子生徒達が、こぞってルークと、その周りに群がってきたのだ。


「なんだ!? なんだ!?」


 皆、見た目は可愛らしい……と思う。

 化粧をしているのかもしれない。


 見れば、男爵令嬢のルシールとそう変わらないぐらいの可愛らしさがある。


「ルーク様、素敵です! 平民にもお優しいと聞きました!」

「は?」

「皆様は、平民の私達でも優しく接して下さるのだと噂になっていますよ! 困った事があれば、ルーク様達に頼ればいいと!」

「そうなんです! 私達の中では、とっても素敵で素晴らしい方達だと!」


 褒められている。悪い気はしない。

 それも可愛らしい子達ばかりだ。


 単純に男として嬉しく思う。だが。


 だが。


 いかにも『人数』が多過ぎた(・・・・)

 平民クラスに入った女子生徒の大半がルーク達に押し寄せてくるのだ。


「ちょっと! 貴方達、無礼でしょう!? 平民なのに! 相手は殿下なのよ!?」


 ……と。


 声を上げたのは、他の誰でもない。

 噂の男爵令嬢のルシールだった。


「る、ルシール」

「やだ、怖ぁい……。殿下、助けてください……!」

「何ですって!?」

「きゃあっ! 怖いわ! 身分を盾にして怒鳴るなんて……! ルーク様、お助けを!」

「酷いわ! 私達が平民だからって見下しているのね! せっかく学園に入学が許されたのに……! 身分で差別してくるなんて……! 学園では学力が大切なんじゃなかったの!?」

「な、な、な……!」


 わなわなと震えながら、男爵令嬢ルシールは言葉を失う。


 今まで自分『一人だけ』が居た【平民上がりの可愛らしい女】の立ち位置に、あまりにも大量の人間が雪崩れ込んで来たのだ。


「うっ……」


 わーわー、きゃーきゃー! と口論を繰り広げる平民クラスの女達。

 そして、言動や立場がだんだんと『貴族令嬢』の方に傾いてくる、今まで愛しかったルシール……。


(なんだ? なんなんだ、これは……)


 平民クラスから来た大量の女生徒達の言動・主張は、どれもこれも聞き覚えのある言葉ばかりだった。


 そして、どの女生徒も見た目は愛らしい、可愛く、綺麗に整っているように見える。


 それらは……『一人だけ』ならば、特別に見えたかもしれない……が。


(多い。多過ぎる……こんなの)


 誰も、彼も、皆がルシールと同じに見えた。

 いや、心なしか、見た目も似通っているような気がする。


 皆、一様にルシールを複製したような言動と雰囲気なのだ。


(おかしい。こんなの……絶対に!)


 流石のルーク王子も、他の令息達も気付いた。

 これは、おそらくマーガレット・グレイス公爵令嬢の差し金だ、と。


 ルシールの真似事をさせるなんて……と憤りを覚える。

 暴力によって群がる平民女性達を蹴散らしてしまおうかと、思って。


「ルーク様ぁ……」

「ぐっ」


 上目遣いにうるうると目に涙を溜め、庇護欲を誘うような態度の上に身体を密着させて来る可愛い女。


 それを見て、暴力で振りほどく手が緩んでしまう。


「ルーク様! 離れて! その女の魂胆なんて目に見えているでしょう!?」

「きゃあっ! なんて怖いの!? それに魂胆だなんて……やっぱり怖い! 私が平民だからって、そんな風に怒鳴るなんて!」

「ひどいっ、怖いわぁ!」


 ルシールが怒る度に、平民である事を盾にして怯えてすがりついてくる女生徒達。

 いつものようにルシールだって、ルーク達に庇護を求めてくればいい……かとも思う。


 だが、大量の同じ言動をする女生徒達を前にして、自分も同じ言動をする……というのはルシールの中の何かが許さなかった。


 恥ずかしいとも思ってしまう。


(何なの? 何なのよ……!)


 今やルシールは『大量の平民上がり』の内の一人に埋没していた。

 そこから抜け出るには、令息達に寄り添い、優しく、穏やかな態度を取る事……なのだが。


(だけど、それは!)


 その為には、まずそう出来る関係性や、距離を持たなければならない。

 それに、その言動はおそらく……。

 だが、ルシールはやるしかなかった。



「……ひどい……。私は、そんな風に……言うつもりなんか、なかったのに……皆して……!」


 ルシールが涙を流し始める。

 如何にも被害者です、というように。


 その涙にルーク達が心を動かす前に。



「ひ、ひどい……! 私達、平民上がりだから分からなくて、ルーク様に頼っただけなのに……そんな言い方をするなんて……! ルシール様はなんて酷いの!?」

「っ!?」


 だが、ルシールが泣き始めると同時に、同じように涙を流す女生徒達も現れた。


「ひどい! ひどいわ! ルシール様には分からないんです! 貴方は男爵令嬢! 貴族なんですもの!」

「な……」

「そうよ! 同じ平民だったのに、そんなに高圧的な態度を取られるなんて……あんまりです! 貴族になったからって、それだけでそんなに酷い態度を取って許されるんですか!?」

「ひどい! ひどい!」

「くっ!?」


 ルシールの行動は、倍……どころか10倍になって返ってきた。

 庇護欲を誘う涙も、数が多過ぎれば、どんどん冷めていく一方。


 平民女性達は、ルシールと同じ舞台で勝負を仕掛けてきた。


 それも大量に。大量に。


 『それを見る側』からは、どんどん、その目新しさを感じなくなっていく。


 希少性、他にはない存在感、それらがどんどん消えていく……。



「──貴族と! 平民との! ラブロマンスも『アリ』ですわッ!!」


「!?」

「!?」

「!?」


 鎮まりそうにない騒ぎの場に颯爽と現れたのは、マーガレット・グレイス公爵令嬢、その人だった。


「マーガレット! あんた!」

「マーガレット! 貴様っ!」


 この事態の元凶に違いないマーガレットに、ルークやルシールは敵意を向ける。


 だが、彼女の学園に場違いな服装を見て、ぎょっとした。


 マーガレットは、まるで夜会にでも出るようなドレスに身を包んでいた。

 そして隣に色を合わせた服を着た男を連れている。


「……!?」


「貴族と! 平民との! ラブロマンスは『アリ』ですわ!!」


 と。先程言った言葉を、マーガレットは再度、繰り返した。


「な、何を……その男は、」


 ルーク王子が口を挟もうとするが、またしてもマーガレットに遮られる事になる。



「私、マーガレット・グレイスは、国王陛下と公爵閣下の同意の下、ルーク・セイネック第二王子殿下との婚約関係を白紙にして頂きました!」


「……は?」


「更に! その場で私、マーガレット・グレイスは父であるグレイス公爵の持つ爵位の内、伯爵位を継承! 女伯爵として立ち、その伴侶に……平民上がりの騎士爵持ちを迎える事を宣言致します! ええ! 愛があるならば! 貴族と! 平民との! ラブロマンスは『アリ』ですわ!! 皆さんも、大いに励んで下さいませ!! そうでない方は、私とグレイス公爵家が責任を持って、縁談・破談の調整役に立ちますわ!!」


「…………はぁ!??」


 何もかも初耳のルーク王子は、マーガレットの言葉を全く呑み込めなかった。


 頭が理解に追いつかない。


(何を……言っている……!?!?)



「きゃあ! 公爵令嬢様……いいえ、女伯爵様のお墨付きだわ! ルーク様ぁ!」

「ひっ……」


 マーガレットは颯爽とした宣言と謎の格好のまま、またもや、さっさと立ち去る。

 ルーク王子が何かを言う暇もなくだ。


 そして再び過熱し始めた平民女性達とルシール、ルーク達の攻防。


 その場に居た女達は、誰もが『平民』、または『平民上がり』として、『下から目線』で庇護を願い、ルーク達の寵愛を求め続ける。その光景は、もはや地獄のようだった。



(や、やめてくれぇええええ……!)


 もはや、トラウマになりそうだった。

 ルシールの振る舞っていた言動を愛らしく思っていたのに。


 こうも大量に押し寄せられては……もはや。



 その後、かなりの時間、放置された後で、学園側から派遣された騎士達により、一同は解散。

 波が引くように大量の平民女性達も素直に帰っていった。


 ルーク達は、放心したようにその場に残され、それぞれの従者がやって来て、連れ帰っていくのだった。




◇◆◇




「……これで良かったんですか? マーガレットお嬢様」

「あら。婚約者だというのに、まだ『お嬢様』なの? セドリック」

「いえ、その。いきなり過ぎて。俺には何がなんだか……」


 セドリック。

 平民上がりで騎士爵を取った、グレイス公爵家で雇っていたマーガレットの護衛の一人だった。


 つい先日までは、ただの護衛の一人に過ぎなかった……筈なのだが。



 あれよ、あれよという間に仕える主の娘、それも公爵令嬢マーガレットの『婚約者』に据えられていた。


 まるで意味が分からない。

 了承した覚えもないが、こんなチャンスに恵まれていいのか、という思いも強い。


 なにせ相手は恐れ多くも公爵令嬢なのだ。

 あまりにも、あまりにも身分が違い過ぎる。


 高嶺の花にも程があった。


「どさくさまぎれに、色々と片付けたかったからいいのよ。ふふ」

「しかし」


 マーガレットは、第二王子の婚約者だった。

 王子の婚約者。もっと素晴らしい未来があった筈なのに。


「……政略、政治的にも……問題があるのではありませんか?」

「政治的な問題があるからこそよ? 第二王子のルーク様には……そろそろ失脚して貰わないと」

「え?」


「第二王子なのに、公爵令嬢と婚約なんてしているものだから、妙な派閥が出来上がるのよ。私と婚約していたせいでルーク様にもまだ『芽』があったの。

 それも今回の婚約白紙によってなくなったわ。

 間もなく第一王子殿下が立太子なさる。国の為になるわね? うふふ」


「あ、……政治的な判断だった、のですか」

「ええ。ルーク様の芽を摘み、またグレイス公爵家も『一歩引く』」


「引く?」


「……家門の力が強過ぎてもダメなのよ。ただでさえグレイス家の力は強いのに。その上、家から王妃を出すなんて。バランスが悪いの」

「バランス」

「そう。バランス。お兄様の婚約者まで有力な侯爵令嬢だったし。家同士の繋がりが強過ぎて、ね?」

「はぁ……」


 と、セドリックは少しだけ残念そうな顔を浮かべた。


 そして、その態度を見て、マーガレットは微笑む。



「勢いと、理屈を捏ねた婚姻になったけれど。セドリック。貴方を選んだのは私よ」

「え?」

「……貴方、前から私の事、好きだったでしょう?」

「あ、そ、それは……!」


 顔を赤く染めたセドリックを見て、マーガレットは愛おし気に微笑んだ。


「王家には私達の関係は、情熱的な純愛の果ての事だと話しているから」

「え!?」

「グレイス家が王家に叛意なしと示す為、有力な他家とこれ以上の縁談を結ばない。……その為の私と貴方の婚約。でも、私はお父様の持つ爵位を譲って貰って、女伯爵になったわ。それはそれで……うふふ。楽しいじゃない?」


 王家の一員となり、愛してもいない男と二人三脚で政争する羽目になるより、よっぽど面倒くさくない。


 それに公爵家から落ちても女伯爵という身分に立つ方が、やりがいもあるだろう。


 その上、伴侶となる相手が純粋に自分を慕う者ならば。



「セドリック。これから私を……貴方に惚れさせてね? 頑張ってくれるんでしょう?」

「……!! は、はい! お嬢様! 必ずや!」

「もうお嬢様じゃないんだけど。……まぁ、おいおいね」


 こうして、女伯爵マーガレットと平民上がりの騎士の大恋愛は王国中の話題になった。



 平民クラスで騒いでいた女生徒達も、ルーク達が距離を取ると同時に大人しくなっていったようだ。

 彼女達は全員、マーガレットが送り込んだ者達だった。


 あの騒ぎと関わりたくなかっただろう生徒達は、代わりにグレイス公爵家の施設で、静かに勉強する時間を取らせた。


 婚約者があの有様で困っていた令嬢達の支援もしている。


 まだ愛情が残っていて婚約関係を続けたがっていた令嬢には、反省したらしい令息との復縁を。


 もう愛想が尽きていた令嬢の家には、政治的に困らないよう支援をしつつ、手早く次の縁談を。



(ああ、面倒くさいったら)


 なんだか面倒くさくなって。

 何もかもをひっくり返してしまうのがマーガレットだった。

 もっと順当に、手堅く、保守的に、手順を踏めばいいものを。


(向いてないのよねぇ)


 第二王子の婚約者、王子妃なんて。

 公爵令嬢の立場すらどうかと思う。

 だが。


(『女伯爵』……ふふ。なんだか素敵な響きだわ)


 もちろん、王子妃や、公爵夫人、侯爵夫人、といった肩書きの方が……という見方はある。


 だが高位貴族でありながら、上の立場過ぎない、そんな立ち位置がマーガレットには好ましかった。




 ちなみに男爵令嬢のルシールは、『平民上がりの』庇護欲を誘う、奔放なスタイルの『ウケ』が非常に悪くなり、令息達からも距離を置かれ始めた。

 ルークに至ってはもうトラウマにすらなっている様子で怯えられている。


 当然だが、令嬢達からはとっくに嫌われている為、学園では孤立していた。


 平民クラスが出来た事によって、都合のいい時々で『私は平民上がりだから』『私は男爵令嬢なのに』と使い分ける事の浅ましさが浮彫りになったのだ。


 いずれ自主的に退学するかもしれない。



「……本当に『平民上がり』の奔放さが、物珍しいだけだったのねぇ」


 ルシール一人だけだったから可愛らしく見えていたのだろう。

 周りが貴族令嬢ばかりで、彼女だけが目立つから。

 それも同じ事をする女が大量に溢れ出てしまえば……。


「……うん。まぁ。やっぱり、その言い方が平民の皆様に失礼というものだけれど」


 マーガレットは、自分の伴侶となる『平民上がり』の騎士を見て、そう呟くのだった。


量産型ピンクブロンド。

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― 新着の感想 ―
マーガレット様のばっさり采配が気持ちよかったです。 そして平民生徒たちの姦しさによる地獄の様相が本当に草。
[一言] 凄く面白くて、マーガレットは頭が良くて感心しちゃいました!! 作者様、凄いです! 発想の転換、その考え方が素晴らしいです!!
[一言] わけのわからないカオスな状態に笑ってしまいました。めんどくさがりと言いつつ、対応するマーガレットは今後もめんどくさいことにまきこまれるのか否や。立場が上すぎない上位貴族になってある程度かわせ…
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