私のせいで婚約破棄されたそうでお城を解雇されました。【書籍化】
今日も今日とて働きます。
私、ロスケラー男爵令嬢のオーレリア・プレヴォールアーと申します。令嬢と言っても土地も持たない貧乏男爵家の次女です。ただ、私にはちょっとした特技があるので、それを使ってたくさんお給料をもらい、家の財政を支えています。
その特技とは——私が生まれつき、世界でも希少な光魔法の使い手で、リュクレース王国の王城中の明かりを灯す仕事を一任されているのです。えへん。
古くは大帝国の首都として栄え、分裂した今も一の大国として発展するリュクレース王国は、他国よりもずっと広い王城を持っています。それこそ、端から端まで歩くと丸一日かかってしまうほどです。
そんな王城のあらゆる場所の明かりを、夜が来るたび点けたり消したり、それは大変なことです。蝋燭が何百本、何千本あっても足りません。一つのシャンデリアに蝋燭の火を灯すのだって、鎖で下ろして蝋燭を替えて火を点けて……とかなりの重労働で、舞踏会や晩餐会のたびにやっていてはお金も人手も追いつきません。もちろん、その贅沢を大国としてステータスとしたりもするのですが、現実を見ると経理係が頭を抱えています。
そこで、私です。毎日魔法を使い、明かりを灯します。化粧をする控え室では明るめの光を、シックな雰囲気が必要な晩餐会では小さな明かりを分散させて、大広間では王様にスポットライトが当たるように。そんな微調整をしつつ、毎日毎日夕方前には地下二階から地上七階まで歩き回って魔法を使っています。大変だけど、他人にはない自分の特技が役立っていると思うと、なかなか充実感のある仕事です。
午後三時、出勤です。私は王城の通用門から入っていきます。勤めて三年目ともなると門番さんも顔パスです。まず今日の予定表の確認のため、上司である第四経理長・ブレナンテ伯爵のもとへ向かいます。
私は王城の一室の扉を開け、挨拶をしました。
「こんにちは、ブレナンテ伯爵」
すると、中にはカールしたお髭の中年の男性が机に向かっていました。私の家と同じ、領地を持たない伯爵家であるブレナンテ家の当主であり、長く王城の官僚を勤めている方です。私に気付き、手招きします。
「やあ、オーレリア。ちょっといいかね」
「はい、何でしょう」
「今日は三ホールをぶち抜きで使った舞踏会があってだね。ちょっと強めの光が欲しいそうだ」
「三ホール……相当明るめじゃないと見渡せませんね」
私は王城にある、舞踏会に使えそうなホールを思い浮かべます。一ホールで大体宮廷楽団の演奏がうまく聞き取れるくらいの広さです。それが二ホール、三ホールとなるとざっと数百人以上入れるくらいですから、大変な混雑が予想されます。馬車でも乗りそうな大きなシャンデリアが一ホールに三つあり、それらすべてに明かりを灯さなくてはなりません。そんなこと人力では時間がかかりすぎるため、魔法でやったほうが手っ取り早いのです。
「ああ、暗がりがあると警備上でも問題があるし、何より諸侯のお見合いの場でもある。相手の顔ははっきり見えたほうがいい、ということだ」
「あはは、そういうことなら頑張りますね」
「それと、今日は各部屋をあまり歩き回らないほうがいい」
「どうしてですか?」
「こういうときは逢い引きが横行するんだよ。もし見かけたら何事もなかったようにその場を離れるんだ。いいね?」
「なるほど」
何だか遭遇するとややこしいでは済まなさそうです。私は肝に銘じつつ、ブレナンテ伯爵からもらった予定表のとおり王城の各部屋へ明かりを灯すお仕事に取り掛かります。
ところが、です。
午後五時、舞踏会に使うホールのシャンデリアへ光魔法を灯しました。手を掲げ、「偉大な光よ」と唱えると、シャンデリアにはキラキラとした粉末が舞い踊り、それが中央に収束して小さな太陽のようになりました。シャンデリアの無数の飾りガラスに光が当たり、部屋の中だというのに外のように明るいです。それを繰り返し、やっとホールの明かりを灯す作業が終わってから、私は各部屋の明かりを灯しに回ります。
そこからは普段どおりのルート巡回なので、気を抜いていました。
王城三階の控え室の一つ。使用中の札はかかっていなかったので、私はノックもせずに入ります。
そこに抱き合った二人の影があることに気付いたときには、もう遅かったようです。
「き、貴様! 何をしている!」
そんな若干ヒステリーの入った男性の声に、私は思わず体を震わせました。叱られる、と直感的に分かったからです。
「も、申し訳ございません! 明かりを点けるためまいりました」
そう言って、私は男性の顔を窺います。
その顔は、王城に勤める人間なら誰もが知っています。この国の第二王子、ユーグ・リュクレース・ジゼルその人だからです。そしてユーグ王子からパッと離れた女性は——誰でしょう。見たことのない顔に、私は思わずぼうっと眺めてしまいました。流行の黒髪の巻き髪に、黄色のドレスです。それ以外の特徴といえば化粧の濃いご令嬢、くらいでしょうか。
すると、女性が勝手に叫びはじめます。
「あなた、私たちを誰だと思っているの! 使用人のくせに、わきまえなさい!」
「申し訳ございません、すぐに出ていきます」
どうやら、私は運悪く逢い引き現場に遭遇してしまったようです。ここはブレナンテ伯爵の言いつけどおり、見なかったことにして出ていかねば。
しかし、私が踵を返したころには、もう遅かったのです。
すぐに、初老の男性が走って現れました。あっ、まずい。この方は——。
「何だ? 何があった?」
威厳たっぷりの、リュクレース王国宰相ウォールドネーズ閣下です。ああ、舞踏会のために見回っていたのですね。たまに私はお会いして挨拶するので、よくそのお顔は存じています。
そして宰相閣下はユーグ王子と女性を睨みつけ、とても冷たい声を発しました。
「これは、ユーグ王子に、アフリア侯爵令嬢ソランジュ様。はて……ユーグ王子、今日エスコートする婚約者のフィリア公女殿下はいずこに?」
「そ、それは」
「まさか、ソランジュ様と逢い引きをなさっていた、などと申しますまい?」
完全に、宰相閣下はユーグ王子を咎めています。ユーグ王子、婚約者がいるのに他のご令嬢に手をつけていたのですね。うわあ、と私は心の中で軽蔑します。浮気男とか勘弁してください。
宰相閣下は目を逸らしてうつむく二人を放って、私へ向き直ります。
「おい、君。もう下がっていい、仕事に戻りなさい」
「は、はい」
助かった、と私は急いで控え室を立ち去りました。
その後も私は黙々と仕事を続け、午後八時には家へ帰り、ブレナンテ伯爵からもらった大きなハムを母に渡して夕食にありつきました。ブレナンテ伯爵、我が家の窮状を知っていて何かと都合してくれる、いい人なのです。
ただ、ブレナンテ伯爵も一官僚、上の命令には逆らえません。
数日後のことです。
いつもどおりブレナンテ伯爵のもとにやってきた私は、予想外の通告に度肝を抜かれました。
「すまん、オーレリア。君を解雇しなくてはならなくなった」
いきなりの話に、私は慌てます。
「ど、どういうことでしょう? 私、何かしましたか?」
「……君は悪くないと思うんだがね。ダキア王妃がユーグ王子から君を解雇するよう進言を受けた、というんだ」
は?
ダキア王妃、ユーグ王子の生母である現国王の第二妃です。あ、ピンと来ました。ユーグ王子、先日の逢い引き現場で思いっきり宰相閣下から咎められていました。
まさか、その腹いせに私を解雇するよう母親へ言いつけた? なんと格好悪い話でしょう。
ブレナンテ伯爵は頭を抱えています。
「それで、王妃の寵愛を受けた官僚からこの通告だ。もちろん抗議はしたさ、だが」
抗議をしてもダメだった、と。
それはもう、仕方がありません。私はがっくり、と肩を落としました。ただ、ブレナンテ伯爵にはよくしてもらいましたし、ちゃんと説明しておかなければなりません。
「あの、申し訳ございません。私、先日ユーグ王子とご令嬢の逢い引き現場を見てしまって」
「ああ、それか。それで、なのか? たかがそんなことで解雇……馬鹿馬鹿しい」
はあ、とブレナンテ伯爵は思いっきりため息を吐きました。ですよね、と私は相槌を打ちます。
「仕方、ありませんね。分かりました、今までお世話になりました」
「すまんね。あとでご実家に少しでも援助をしておくから」
「はい、ありがとうございます。お給金も、直接実家に送っていただけると助かります。私、急いで次の仕事を見つけに走りますので」
「分かった、やっておく。まったく、君の代わりなんてそうそういないというのに」
もう一度、ブレナンテ伯爵はため息です。上から言われるとそのとおりにしなければならない宮仕えの苦労がありありと浮かんでいます。完全に私のせいです、かわいそうなことをしてしまいました。
申し訳ない気持ちを胸に、私は頭を下げます。
「今までありがとうございました。それでは、失礼します」
とぼとぼと、私は家路につきます。
せっかくの高給のお仕事だったけど、どうしようもない。他の仕事を見つけて、家が傾かないよう働かなければいけません。うちは私の他には警察官の父と兄しか働ける人間がおらず、使用人も雇えない有様です。ほぼ私のお給料で家を維持してきたようなものですから、何とかしなくては。
嘆いていてもどうにもなりません。私は、とりあえずは知り合いの令嬢たちに仕事先はないかと声をかけるため、高級住宅街に走りました。
一週間後のことです。
私は都から離れ、西のド・モラクス公爵領にやってきました。西の玄関口とも呼ばれるほど広大な領地を誇る、リュクレース王国有数の貴族であるド・モラクス公爵家が、魔法使いであれば我が領地で雇いたい、という旨の話をしていたと伝え聞いたのです。
私は一縷の希望を見出しました。都ではすでに私の解雇理由について広まっていて、デバガメをした、などと噂されていたのです。婚約者以外と逢い引きしたユーグ王子が悪いに決まっているのに、どうやらユーグ王子は私を悪者にしたいようです。そうなっては私は都で仕事を見つけることは難しそうです。魔法を使わなくても何かないかと思いましたが、あいにく貴族に関わる仕事でなければ家を保つほどのお給料をもらえない、という現実がありました。
となれば、都を離れるしかありません。出稼ぎです。
私はいくらか家財を売って用立てたお金で、馬車を乗り継ぎド・モラクス公爵領にやってきました。そのまま公爵家のお屋敷へ直接向かいます。
どこまでも続きそうな天に伸びる鉄格子の柵の横を歩き、やっと見えてきた大きな門の前にいる門番さん二人へ、私は用件を伝えます。
「あの、ド・モラクス公爵家が魔法使いを探している、という話を聞いてやってきました。私はロスケラー男爵家のオーレリア・プレヴォールアーと申します。光魔法が使えます」
すると、二人の門番さんは快く取り次いでくれました。屋敷から侍従長が来るから休んでいなさい、と椅子まで貸してくれたのです。いい人たちです。
太陽が少し傾くくらい待って、ようやく屋敷のほうから蝶ネクタイをつけた白髪混じりのおじさんがやってきました。ピンと背筋がまっすぐで、いかにも仕事ができそうな雰囲気の方です。
「お待たせして申し訳ない。ド・モラクス公爵家侍従長のサヴィルと申します。さ、中へ。歩きながら話をしますので」
「はい。お邪魔いたします」
サヴィル侍従長に先導されて、私はド・モラクス公爵家の屋敷にやっと足を踏み入れました。
サヴィル侍従長は庭の砂利道を歩きながら、丁寧に私へ説明をしてくれました。
「当家が魔法使いを募集していることは事実です。何せ、これだけ広大な屋敷と領地を持っていますので、いくら人手があっても足りないほどです。そこで、現当主のモルガン様が魔法使いを優先的に集めるようにとお達しを。しかし、魔法使いといえば古い家柄の貴族が抱えて、そう簡単に他家へ流出しません。外国から集めるにもなかなか上手く行かず、困り果てているところでした」
なるほど、そういうことなら私の魔法が役立てるかもしれません。私は自分を売り込みます。
「私は、先日まで王城の明かりを灯すお仕事をしていました。光魔法が得意で、各部屋に合わせた微調整もできます。お申し付けくだされば、如何様にもカスタマイズできるかと」
「おお、そうですか。光魔法、それは初めて聞きました。ふむ」
サヴィル侍従長は少し、考え込んでいました。光魔法など使えない、と言われるのではないかと私は冷や冷やしましたが、屋敷の中へ招かれたのでどうやら違うようです。
ド・モラクス公爵家は、王城と遜色ないほど立派なお屋敷をお持ちでした。さすが国内有数の貴族です、うちみたいな末端の末端とは天と地の差です。
サヴィル侍従長に連れられて、私は薄暗い廊下を歩いていきます。明かりが少ない、と思って周囲を見回すと、蝋燭の明かりが天井付近にありました。なぜそんなところに、と考えている間に、目的地に到着です。
オークの扉が開き、サロンと見紛うような高価な調度品の飾られた部屋——ですが、窓がありません。こちらも部屋の四隅と天井近くに蝋燭の明かりがあり、中央の執務机に着く白銀の髪を持った青年とは距離がありました。
「モルガン様、こちら、光魔法の使い手のオーレリア嬢です。当家の募集を聞き、はるばるまいられたとのことです」
モルガン、と呼ばれた青年は、にわかに微笑みます。赤茶色の瞳に白い肌、細面ながらも整った顔立ちのお方です。
ド・モラクス公爵家当主モルガン、その人は声を弾ませていました。
「光魔法。君、それは本当か?」
私は頷きます。
「はい、何か明かりを灯してみせましょうか?」
「では、このランプに明かりを灯して見せてくれ」
「分かりました、お借りしますね」
私は執務机の上にあった、シェード付きのランプに近づきます。
右手を伸ばし、呪文を唱えました。
「小さな光よ」
ぽう、とランプの中が明るくなります。暗がりは意図してのことでしょうから、あまり明るくしないほうがいいでしょう。
私が一歩下がると、モルガンはおもむろに、ランプを手元に引き寄せてまじまじと眺めていました。その様子を見て、サヴィル侍従長が尋ねます。
「モルガン様、いかがでしょうか? お目のほうは」
「ああ、大丈夫だ。不思議だな、熱さを感じないし、目が眩まない」
不思議、という言葉に私が首を傾げていると、モルガンははしゃぎ、私へと笑顔を見せました。
「オーレリア。どうか、ド・モラクス公爵家に滞在してくれないか。君の力が必要だ」
そこまで言われて私としては好都合といえば好都合なのですが、そんなに歓迎されるほどのことでしょうか。
ですが、そこには深い事情があったのです。
「その前に、説明しておこう。僕は生来、太陽の光に弱くてね。外に出るには肌の露出を避けて、サングラスが欠かせない。熱さにも弱くて、すぐに爛れてしまう。冷涼な気候の領地からは出られなくてね」
蝋燭の明かりの熱さえも苦手なんだ、とモルガンは白状します。
屋敷内の遠ざけられた蝋燭、薄暗い屋内は、モルガンのためだったのです。そういう事情があるなら、確かに光魔法は有用です。太陽の光とは違い、肌や目を焼くこともなく、様々な光の性質を操作することだってできる。
「でしたら、お役に立てるかと。魔法による光は熱を伴いませんし、光量の調節もできます。お任せください」
そういうわけで、私はド・モラクス公爵家のお屋敷で働くことになりました。これで実家に仕送りもできます、安心安心。
一方、そのころ。
広い王城はどこも暗がりばかりで、夜には皆ランプや燭台を手に歩き回っていました。ぶつかって危うく絨毯に火が燃え移る事故も起き、皆がピリピリしています。
ついには国王が宰相ウォールドネーズを呼び出し、昨今の事態の原因を尋ねます。
「ウォールドネーズ、これは一体どういうことだ。なぜ王城が薄暗くなった?」
「陛下、ようやくお尋ねくださいましたな。ええ、これはユーグ王子のおいたが原因でしてな」
「ユーグが?」
「先に、婚約者のフィリア公女殿下から婚約破棄を突きつけられたでしょう」
「ああ、あれか。ユーグに原因を聞いても知らぬ存ぜぬで、頭を痛めていたところだ」
「陛下からの下問がないかぎり、とても臣たる私めからは口にはできぬ事情がございました」
そう言って勿体ぶって、ウォールドネーズは国王へ先の一件——ユーグ王子とアフリア侯爵令嬢ソランジュとの密会、その現場を見てしまったオーレリアの処遇について語って聞かせます。
当然ながら、国王は怒りを露わにします。ユーグ王子に対して、です。
「すると、何か? ユーグがその光魔法の使い手を理不尽にも解雇したせいで、王城が暗くなったと?」
「ええ、そのとおりです、陛下。私がこのことを知ったときにはもう、彼女は都から離れていました。そして最近聞き及んだところによれば、ド・モラクス公爵家が召し抱えたとのことです」
「ド・モラクス公爵家? むう、返してくれとも言えぬか」
「左様ですな。魔法使いは本来貴族が召し抱え、手放さぬ第一の家宝であり、決して部外者には触れられぬもの。それをユーグ王子は自らの失態のため、手放させたのです」
ユーグ王子が知ってか知らずかはともかく、結果的にはそうなりました。ウォールドネーズはしれっとそう答えます。
激昂した国王は衛士へ言いつけます。
「ええい、ユーグを呼べ! それからダキアもだ、指示を出した官僚の名前を吐かせろ!」
大慌てで出ていく衛士たちを尻目に、ウォールドネーズはさらなる現実を国王へ突きつけました。
「陛下、代わりの光魔法の使い手を雇うとなりますと」
「おお、手はあるのか?」
「他国の例となりますが、隣国シャルトナー王国では伯爵の爵位と領地を与えて光魔法の使い手を召し抱えたそうです。また、クエンドーニ共和国では国賓として迎えられた、と」
その言葉の意味するところは、つまるところすぐには無理です、というところでした。
そもそも光魔法の使い手はきわめて珍しいのです。なのにリュクレース王国王城では普通にオーレリアを採用できたため、その希少性にまったく気付かなかったのです。
ウォールドネーズと、オーレリアの直属の上司だったブレナンテ伯爵を除けば。
「なぜ今まで重用しなかった!?」
「平和でしたからな、我が国も」
ウォールドネーズは他人事です。たまにはお灸を据えたほうがいい、とばかりに落ち込んだり怒ったりする国王を見下ろしていました。
そうしてユーグ王子とダキア王妃は呼び出され、新たな光魔法の使い手を探してくるよう厳命され、王城から二人揃って追い出されましたとさ。
薄暗い室内でも、季節を楽しむことはできます。
大輪の白百合たちを花瓶に生けて、テーブルに置きます。
私は呪文を唱えました。
「花に光を」
白百合たちはほのかに青く光りはじめます。その不思議な光景に、モルガンは少年のような瞳をキラキラさせていました。
「すごいな。花がまるでガラス細工のように美しく……これほど精巧に見られたのは初めてだ。夜の庭では、花は閉じてしまっているから」
「楽しんでいただけて何よりです」
私まで嬉しくなるほど、モルガンは喜んでいました。
モルガンの執務室は、棚や絨毯、壁の模様などに、私の光魔法をかけて淡く光らせています。明るすぎず、暗くもなく、モルガンは書類の文字がよく見えるようになったと大喜びです。今までは何となく読んだり、ランプの炎に近付いてさっと読んだり、もしくはサヴィル侍従長に口頭で読んでもらったりしていたようです。
「オーレリア、ガラスや宝石を光らせることはできるかい?」
「はい、可能です」
「ただ光らせるより、そちらのほうが美しいし、見て楽しむことができる。皆にも自慢したいんだ、君がこんなことまでできる、と」
自慢したい、などと言われたのは初めてです。
今まで私の魔法は、当たり前のように扱われてきていました。魔法が使えるから何だ、パンを焼くこともできない、荷物を運ぶこともできない、ましてや貴族らしい教養を持たない令嬢が嫁に行けるか、などと言われてきました。事実ではあります、私はそんなこと一つもできません。
でも、モルガンは私の光魔法を褒めて、楽しんでくれています。役に立つから、というよりも、喜んでくれるから、私は魔法を使いたいと思うのです。
薄い光が、モルガンの白銀の髪を照らします。神秘的で、輝くような髪です。
「オーレリア、君にはたくさん頼みたいことがあるんだ。ずっとここにいてほしい」
「あ、ありがとうございます。そこまで言っていただけるなんて、光栄です」
「比喩や世辞じゃあない。僕は、君がいてくれないと困るんだ」
モルガンのその言葉の意味を、そのときの私はよく理解していませんでした。
あとになって分かるのです。モルガンは、こう言いたかったのです。
「君は僕に光を楽しむことを教えてくれたんだ。苦痛しかなかった光が、こんなにも美しいとは思わなかったし、君の光で照らされた僕を見て、皆が沸き立って褒めてくれる。こんな僕でも、生きる希望さえ湧いてきた。だから」
だから、君とずっと一緒にいたい。
それから始まる私とモルガンの恋愛は、王国から私を連れ戻そうとする間者やユーグ王子の乱入、ド・モラクス公爵家総出の結婚式などなどでたくさんの騒動があったものの、何やかやと事態は何とかなりました。
はっきり言って、どうでもいいことばかりだったので、割愛です。
だって、モルガンが私を呼んでいます。
「今行きます。昨日いただいた蝶の髪飾り、綺麗に光っていますよ」
私の指先が文字を光らせられなくなるまで——私はド・モラクス公爵家お抱えの魔法使いです。
そこに公爵夫人、という肩書きがつき、私の子供たちが父親のために無邪気に光魔法を使うようになるのは、そう遠い未来ではありません。
続編作りました。
「【続編】【次世代】私のせいで婚約破棄されたそうでお城を解雇されました。……の娘の話。」
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