EP-6 自分の身体
姉妹二人がお見舞いに来た翌日。今日は俺の今後を左右する大きな分岐点となる重要な1日となる。
「それでは始めましょうか。健康診断」
「よろしくお願いします」
準備を整えた看護師さんに母さんが応える。隣にいる琴姉ぇも合わせて頭を下げた。
看護師さんが言う通り、今日は俺の健康診断をする日である。正確には身体に異常が無いかまで調べるから人間ドックと言った方が正しい。
言葉を変えたのは俺が変に身構えないようにという配慮なのかもしれない。
お母さんと琴姉ぇは俺の付き添いだ。本当は愛音も一緒にいたいと来年受験生になるとは思えないほど駄々をこねたのだが、期末試験がもう間近に迫っているため血涙を流して学校に行ったそうだ。
看護師さんに促されるままに検査を進める。途中で「小さい」とか「マシュマロだ」とか囁きが聞こえるのが凄く気になるけど。
誰の体重がマシュマロと同じだ。そんな訳あるか。
180センチあった身長が30センチも消滅したのは辛かったけど良いこともあった。
特に聴力は検査機を上手く耳に着けられなくて困っていたとき「獣耳だから付けなくても聴こえるかも」と言う母さんの思いつきを試した結果、本当に音が聴こえたのだ。耳は前から良かったけど少し嬉しかった。
「ふうぅ、わぅん」
次にやるのは採血。恥ずかしながら献血等の経験が無い俺には目の前で自分の血を採られる経験が無い。正直に言ってかなり恐い。
「大丈夫ですか?横になりますか?」
「だ、大丈夫です」
「少しだけチクッとしますよ。力を抜いて下さい」
「きゃうん!?」
母さんと琴姉ぇにおさえてもらいどうにか終了。変な声が出て恥ずかしかった。別に注射が苦手という訳では無いんだけどなぁ。
こんな調子で心電図やらX線、その他諸々の検査を行う。一通り終わるまで半日くらい要した気がする。母さん達が居なかったらもっと時間がかかっただろう。
「はー、疲れた」
「ご苦労様。お陰で有益な情報を得られたわ」
ベッドに倒れる俺に琴姉ぇは労りの言葉をかける。有益な情報って何だろう。結果が分かるのはまだ先だし、他人の検査を見て面白いことなんて無いと思うけど。
「それでお母さん。紫音はいつ退院できるの?」
「一先ず一週間は経過をみたいとお医者さんも言っていたから、最低でも3日後よ」
「了解。明日までは任せて」
「お願いね」
あれ?何故か俺を置いて2人で会話を進めている。何の話しをしているのだろう。
「あなたの付き添いよ。今までお母さんが付きっきりでみていたけど、これ以上は家の方がね。やっぱりお母さんがいないと手が回らなくて」
「成程」
何でも俺が目を覚ましてから母さんは近くのビジネスホテルに泊まり、何かあってもすぐ来れるようにしていたという。
その間の家事は他の3人で協力していたのだが、琴姉ぇ曰くあの2人は使いものにならなかったとか。
できることといえば電子レンジでご飯を温めるか、お湯を沸かすくらいだったらしい。
「真に恐ろしいのは有能な敵では無く無能な味方である。とはよく言ったものね」
心無しか琴姉ぇがやつれているようにみえる。事の原因が自分だから申し訳ない気持ちになる一方、俺もお父さんも家事に関しては戦力外だから何とも言えない。
家族に迷惑をかけ続けている自責の念に駆られていると、扉を叩いて医師が入って来た。俺が目を覚ましたときに診てくれた人だ。
改めて見るとそれなりに年配の方のようだ。白髪混じりの髪を丁寧に整えていて同年代と比べると格好良い部類だと思う。
先生はお母さんの姿を見て安堵したように表情を和らげる。保護者に伝えたいことがあるようだ。
「言ノ葉さん。紫音さんの今後についてご相談が」
「何か良くないことがあったのですか?」
「いえいえそんな。詳しい検査結果はまだですが健康体そのものですよ。相談したいのは今後の担当医についてです」
俺の担当医か。確かこの人がそのまま引き継いでくれたはずだけど。何かあったのかな。
「紫音さんは、その、何と言いますか。普通の人とはだいぶ異なる容姿をしています」
「あぁ、気を遣わなくて大丈夫です。獣人とか獣耳娘って呼んで下さい」
「母さん!?」
まさか母さんの口からライトノベルによく出る言葉が飛び出すとは思わなかった。
とは言え俺の現状を分かりやすく示すのならこれほど分かりやすい単語も無い。
「そうですね。つまり体格はヒトですが動物の、恐らく犬の要素が加わっている。しかし私をはじめここの医者はお恥ずかしながら動物の生態には詳しくない。今後紫音さんが体調を崩したとき、適切な治療を行えない可能性が高いのです」
それはそうだ。人間社会が確立したこの世界には創作物に登場するような動物の特徴を持ったヒトはいない。
人間を診察することが当たり前の病院で獣人を診てくれと言ったところで責任は持てないだろう。
「一番戸惑っているのは皆様なのに、何の対応もできず申し訳ない。せめてもの気持ちという訳ではありませんが、予てより当病院と親しくして頂いているある医者の紹介状を用意しました」
先生は懐から封筒を取り出して母さんに渡す。あまり無い経験に困惑しながらも母さんはそれを受け取った。
「彼は腕の良い医者であり、獣医師でもあります。いずれの分野でもスペシャリストなのできっと力になってくれるはずです」
「ありがとうございます」
頭を下げる母さんより更に深く頭を下げて謝罪の意を示す医者。顔を上げて病室をでるとき、俺の視線に気付いて優しい笑みを見せてくれる。
なんだこの格好良い人は。俺も将来はこの人みたいに格好良くなりたい。
「そっか。この身体だと病気になったときに行く所がヒトの病院か動物病院かも微妙だよね」
「玉ねぎとかチョコを食べさせても平気かしら」
「食べ物関係は大丈夫だと思うわ。これまでの食事で一通り調べた限り、犬が駄目なものでも平気みたい。アレルギー反応とかも無かったって」
「めっちゃ健康優良児じゃない」
確かにこの見た目と体格は全くの別物となったけど、身体機能に不都合な点は今のところ無い。それこそ足の先から指の先まで自由に動かすことができる。
耳と尻尾に至っては自由どころか本心のまま勝手に動く始末である。
「元気であるに越したことはないわ。結局はそれが一番大切なことだから」
母さんの言葉が胸に突き刺さる。事故に遭って瀕死になった手前、素直に聞き入れる他に無い。
紫「痛い痛い!何これ知らない!」
琴「そりゃあ男には縁の無い検査だからね」
母「やっぱり大きいわね。本当に私の子かしら」
琴「私よりも大きい。クソッ」
紫「はぁ、潰れてそのまま千切れるかと思った」
琴「いっそのことそうなれば良かったのに」
紫「ひどいっ!」




