EP-27 いざ出陣
愛音だっての希望によりショッピングモールに出かけることとなった今日。必需品を詰め込んだショルダーバッグを下げて準備万端の私はお手洗いのドアを叩く。
別に用を足すつもりは無い。中に入っているヒトが出てこないだけだ。
「パパー、お腹は大丈夫なのー?」
「大丈夫だ!直ぐに行くから待っていてくれ」
「はーい」
朝からお腹の具合が悪いらしいパパ。あまりに酷いなら出かけるのは別の機会でも良いかと思ったけど、是が非でも行くと本人に言われたら待つしか無い。
確かに当日になって中止にでもなれば愛音が相当荒れるだろう。不調な体を押して頑張るパパは凄いけど無理はしないで欲しいな。
「予定より遅くなっちゃったわね。これなら散歩がてら歩いて行って少し早めのご飯の後に遊んだ方が良いかも」
「歩いて行くの!?」
それはつまり道すがらでも視線を浴びるということか。心無しが私もお腹が痛くなってきたよ。
何せ今日の私は「他人の視線に慣れる」ことが目的ということもあり、お尻の尻尾は服に開けた穴から出してゆらゆらと揺れている。
頭耳はスカーフをカチューシャのように結んで上手く隠している。音は聞こえ難いしずっと耳を倒している状態だから違和感はあるけど仕方がない。念の為に帽子も持って行くけどね。
それから家から出てきたパパと愛音が言い争いながらも家を後にする。
「お母さんみて。しっぽがある」
「そうねー、もふもふねー」
出かけて早々に親子と遭遇。興味を示す子どもに比べてお母さんは軽く流して通り過ぎて行った。あれ、何か思っていた反応と違う。
いや世の中には色々なヒトがいる。油断してはいけない。
「そんなに周りを見渡してどうしたの」
「何か一杯ヒトがいる」
「街中だから当たり前だよ」
「そうなんだけど。何か普通とは違う気がする」
「視線に敏感になっているだけだよ」
結局すれ違うヒトに挨拶をされることはあったけど何事も無く目的地に着いた。本当に自意識過剰に終わりちょっと恥ずかしい。
出発が遅れたこともありウィンドウショッピングとか言う地獄の時間は省略されて、ママのお使いを手早く済ませる。ちなみに買ったのは大容量の得用ナンプラー。私は料理素人だけどこんなにたくさん使う機会は無い調味料であることは分かる。
「もうお昼になったから先にご飯を済ませましょう」
「炒飯と餃子とラーメンが食べたい!」
「罪深い3セットだな」
美味しいのは分かるけど奴らのカロリーは尋常では無い。あの注文が許されるのは運動部の学生だけだ。
「悪いんだけど向こうのうどんで良いかしら?あそこで私の友達がバイトをしているから挨拶もしたくて」
「しー姉ぇを自慢するんだね。そういう事ならうどんにしよう」
恐ろしく不純な理由で昼食のメニューを決めて列に並ぶ。前に並んでいたヒトが何気無く視線を向けて思わず二度見されたのを感じる。
やっぱりおかしな格好だよね。耳と尻尾が無かったとしても髪と目の色だけで人間離れしているし。気味が悪いとか思われていたら嫌だな。
パパと琴姉ぇの影に隠れるようにしてメニューを選ぶ。んー、どれも美味しそうで決めかねるな。
「らっしゃーせー。ご注文はー?」
「柚。接客中はしっかりしなさいよ」
「おっ、琴じゃん!来てくれたんだ」
琴姉ぇが話しかけていたのはオーダーを取っていた女性。短い茶髪と少し吊り目が印象的なヒトだ。背丈は琴音ぇと同じくらい。つまりモデル体型の美人さんである。
琴姉ぇとの会話を聞くと快活で明るい性格なんだと分かる。色々なヒトと分け隔て無く仲良くなれるタイプかな。私とは正反対だ。
「今日は妹達も連れて来たの。紹介するわ」
「妹達?前に弟と妹がいるって言ってなかったか?」
そりゃあつい最近弟が妹になりましたからね。琴姉ぇは嘘は言っていない。敢えて詳細を話さないのはサプライズということか。張本人の私の身にもなってくれ。
「こっちは愛音。末の妹よ」
「初めまして、愛音と言います!姉がいつもお世話になっております」
「そ・れ・で。こっちが次女の詩音よ」
声を弾ませて私の紹介をする琴姉ぇ。くっ付くように隠れていたのにあっさり引き剥がされてしまった。何をするのだと服の裾を引っ張るが知らぬ存ぜぬを突き通される。
ふと柚さんと目が合った。思わず俯いて視線を外す。
「詩音です」
蚊が鳴くような小さい声しか出なかった。絶対に聞き取れていないと思う。
「キャー可愛いぃー!何この可愛い生きものー!いやだ可愛いー!いやー!」
突然響いた大きな音に頭が揺さぶられたような衝撃を受ける。女性のキーが高い大声は不味い。スカーフで耳を塞いでいなかったら危なかった。
「ちょっと!いきなり大きな声を出したら詩音が驚くでしょう」
「ご、ごめん。思わず出ちゃってた。ごめんね詩音ちゃん」
「へ、平気です」
耳鳴の向こう側で柚さんがお店のヒトに怒られているのが聞こえる。悪気が無いのは分かっているからその辺りは気にしない。
気にしているのは初めて会っていきなり「可愛い」と連呼されたこと。私はまだ男に戻れる可能性を諦めていないからな!
「あー、申し訳ないが注文を急ぎたい。後ろの方々に迷惑になる」
「すみません!」
「私はざるうどん大盛り」
「なら私は普通サイズで。詩音は?」
「きつねの並」
「きつね!可愛い!」
何故か私のオーダーだけ復唱する柚さん。きつねうどんのどこに可愛い要素があるのだろうか。女性の感性が私にはまだ分からない。
「私もうバイトの時間終わるからさ。後でお話しさせてくれない?今のことちゃんと謝りたいし、もっと色んなことを話したいの」
「う、うん」
「よっしゃ!こいつら直ぐ片付けるから待っててね」
口を動かしながらも猛スピードでうどんを用意して提供する柚さん。最初のやる気の無さはどこに行ったのかと思うほど手際が良くて仕事が早い。成程、これは優秀なバイトだ。
それと列に並んでいるお客様を「こいつら」呼ばわりするのはどうかと思う。あと私が注文したきつねうどんの量が多い。並盛と言ったのに愛音が頼んだ特盛ざるうどんと同じ量を入れているのではないだろうか。
そんなこと許される筈が無い。気付いた店員さんがまた怒っている。
「何やってんだ!油揚げも2枚いれて差し上げろ」
「はいすみません!」
そうじゃない。そうじゃないんだよ。そんなに沢山入れて貰っても食べ切れないんだよ。何のために中サイズを注文していると思っているんだ。
一杯に 2杯分のうどんが入った器。好意の塊をお盆にのせて私はぎこちない笑顔を作るのだった。
琴「どうするのそのうどん」
詩「どうしようこのうどん」
愛「お父さんに分けるしかないよね」
父「パパも普通に頼んでしまったのだが」
詩「パパ、一緒に食べて欲しいな」
父「パパに全て任せなさい」
琴「ちょろいわねー」