EP-19 友達
小学生となり多くの人達と接する機会が増える頃。当時の私は他の子にとっては珍しい趣味、特技に傾倒したこともあり、友達付き合いが下手な子どもだった。いや、これは今も変わらないけど。
そんな周囲から浮いていた私にも分け隔てなく接してくれたのが大狼良介である。楽器なんて何もできないのに興味だけはあり、気が赴くままに色々と聞かれた。対して私も好きな分野ということもあり、嬉々としてそれに答えた。
それから他の話題でも話すようになり、気付けば友達と呼べる仲になっていた。
「相手がどう思っているかはまた別の話だけどさ」
良介は私と違って交友の輪を広げることが得意な奴だ。万人に愛される愛音に似た性格の持ち主なのだ。
つまり私にとっては数少ない友達だとしても、彼にとっては大勢いる仲間の1人に過ぎない。中学校は別々だからもう友達から知り合い程度に格下げされているかも。客観的にみるとそんな関係だ。
うーん。我ながらなんて悲しい奴なんだ。
何であれ知り合いが事故に遭ったと知れば本気か建前かは兎も角、連絡の1つくらいはしようと思ったのだろう。しかし私のスマホがお釈迦になったせいでそこで止まってしまったということか。
今更な気もするけど連絡をもらった以上は返さないと失礼だよね。新しいスマホを早速生かすときが来た。
連絡先の中から良介を選び耳に当てる。
「あっ、これ無理だ」
そう、今の私は耳の位置がヒトと違って頭の上にある。この獣耳にスマホを当てるのは手が疲れるし格好が悪い。これは想定外だった。
もしかしてイヤホンも付けられないのでは無いだろうか。ワイヤレスイヤホンを付けた日には耳の奥に入ってそのまま出てこないかも。それは嫌だなぁ。
諦めてスピーカー機能に切り替えたところでタイミング良く電話が繋がった。
「もしもし」
「紫音!お前無事なのか!?」
空気が震える程の声量に耳が萎れる。耳に近付けていたら鼓膜破れていたよ。不幸中の幸いとはこのことだね。
未だ電話越しに騒ぐ大狼の声でスマホの音量を調整する。耳が良すぎるのも困りものだな。
「おーい紫音。おーい!」
「聞こえてるよ。どうにか無事に生きてるよー」
「えっ、どちら様?」
しまった。確かに声を聞いただけだと分からないか。いや、私自身を見たとしても分かるはずが無いだろうけど。
時間をかけて説明することしばらく。良介は無数にあるであろう言いたいことを何とか飲み込み、どうにか納得した様子ようだ。
「俄に信じられないな。声だけ聞くと完璧な女子だぞ」
「確かに完璧な女子だからねぇ」
「紫音だと信じられる証拠とかないのか?」
「そう言われても」
「俺達しか知らないこととか言ってみろよ」
「良介が小5のときに中1だった琴姉ぇに告白して玉砕したこととか?」
「オーケー分かったお前は間違い無く俺が知っている紫音だだからもう二度とその話は口にしないで下さいどうかお願いします」
捲し立てるように早口で言葉を紡ぐ良介。自分から証拠を出せと言ったのに、手の平を返したように正反対のことを言うとは。なんて自分勝手な奴なんだ。
「しかし幼馴染が女子になって、おまけに獣耳も尻尾が生えるなんてな。んで、どんな気持ちなんだ?」
私は黙って通話を切った。一先ず無事であることを伝えて私が紫音本人であることを信じて貰えた。他に話しをすることなんて無い。
スマホを放って片付けをしていると折返しの電話がかかってきた。私はジト目のままもう一度通話を繋げる。
「もしもし」
「すみませんでした」
「次はないからね」
誰にだって容易く他人に踏み込まれたくない領域はある。特にその内容は私にとって1番デリケートな部分だ。軽々しく触れるのは無礼にも程があるよ。
もっとも愛音と琴姉ぇには踏み込まれたくない領域どころかゼロ距離まで接近されて全身撫でくりまわされたけどね!
「そうだ。お詫びって訳じゃ無いけど今度お前の家に遊びに行かせてくれよ。結局お見舞いには行けなかったし、やっぱりお前の状況も気になるし。諸々を兼ねて顔を見せてくれよ」
「えっ」
会いたいと言われて思わず言葉に詰まる。この様変わりした姿を見せるのか。声だけなら何とも思わなくても、会った途端に半分が狼なんて怖いとか、気味が悪いとか言われたら立ち直れなくなりそう。
いや、いつまでもこんな考えではいけない。少しずつでも変わる努力をすると決めたばかりじゃないか。良介は知らないヒトでは無いし私の事情を理解してくれている。カフェでお客さんに会うより難易度はずっと低いはずだ。
「怖がらないって約束してくれる?」
「何があったにせよ紫音は紫音のままなんだろ。怖い要素なんて皆無だわ」
「ありがとう」
狼「狼ねぇ。ウサギの間違いだと思うんだが」
大狼良介は電話を切ると誰も居ない自室で独りごちる。怒った口調から一転してこちらの様子を伺うような弱々しい声が聞こえたときは不意打ちとは言え心を揺さぶられた。
狼「あいつには申し訳無いけどとても元男とは思えん声だったな。アニメ声優にも引けを取らないぞ」
世界最大と謳われる某同人誌即売会にも足繁く通う程度には漫画やアニメの文化に一通り精通している良介。女子と話す機会はいくらでもある彼が不覚にもときめいてしまった。
自分ことが怖くないのかと言っていた紫音だが、ある意味その心配は的中していると言える。
良介はスマホ保存した画像の1つをみる。一時期ネット全体で拡散された美少女獣人の写真。どういう訳か今はどれだけネットを探しても見つからないそれがまさか親友本人とは思わなかった。
狼「どこかの秘密結社が情報操作した、なんてな。ラノベ小説の読み過ぎだわ」
快活に笑う良介。そんな少し変わった親友がいる意外はどこにでもいるごく普通の青年の家の前に1人の男が立っていた。
訪問営業だろうか。スーツを着込んだ彼は躊躇うこと無くインターホンを鳴らす。
数秒後、彼は世界の裏側を垣間見ることになるのはまた別の話。




