EP-18 なすがままに
「詩音のスマホを買いに行こう」
「いよいよだね」
「長い道のりだった」
家族揃って朝ご飯を食べている席でパパはそう言った。先代のスマホがお釈迦になってもう一月。出かける機会が無いから不便には感じていないけど、やっぱり持っていた方が色々と助かる場面はあったから素直に嬉しい。
ちなみに蛇足になるけど朝ご飯のメニューは目玉が潰れた目玉焼きと足が取れたタコさんウィンナーです。私の処女作は伸びしろしかないね。
「嬉しいけど、やっぱり出かけないと駄目だよね」
「詩音自身が何年も使うものだからな。こればかりは自分の目で見て選んだ方が良い」
「安易に最新機種を選べば良いということも無いからね」
スマホの購入は心待ちにしていた反面、必然に見知らぬヒトと会うことになる。それもすれ違う程度ではなく面と向かって話し合うのだ。ただそれだけの事だけど私にはハードルが高い問題だ。
「契約云々はパパがやるけど持ち主がいない所で色々と決めるのは問題があるからな」
「それはその通りだよ」
服から始まり日用品の買出し。戸籍登録といいこの人達に任せると碌な結果にならない事は痛烈に感じている。やっぱり自分のものは自分で選ぶべきだ。
まさかこんな形で決心するとは思わなかったけどね。
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身支度を整え車に乗り込みあっという間に携帯ショップへ到着した。内臓がブルブルと震える。やっぱり知らないヒトに見られると思うと緊張して仕方がない。
「しー姉ぇ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。けど、行く」
愛音の腕を掴み身を隠すようにくっ付く。一緒に行くと駄々をこねていたときは鬱陶しかったけど、もしも来てくれなかったら私は車から出られなかったよ。私が間違っていました。
自動ドアを通ると店員さんのよく通る声が響いた。
「さすがに歩きにくいよー」
「ご、ごめん」
店員さんとばっちり視線が合い、思わず愛音を盾にする。いま愛音に悪ふざけで逃げられて1人になったらこの場で蹲って泣き出す自信がある。
パパが店員さんに声をかけて契約の話しを始める。購入が決まっている相手だからか店員さんの対応も心なし丁寧に対応している。
「向こうは任せて何にするか選びましょう」
「うん」
ママと琴姉ぇが色々と持ってきては説明するけど正直違いがよく分からない。カメラの性能が良いと言われてもそんなに使ったこと無いし。通話だって話す時間は短いし、なんなら使わない日の方が多いし。
「前に使っていたのと同じで良いかな」
「あれね。でもあまりオススメはできないわよ」
そう言って琴音ぇが持ってきた見本品を手に取る。
って重い!携帯して持ち歩くことを想定しているにしてはかなり重たいよこれ。
「それ画面が大きくて動画とか見るのには良いけど、女子が持つには重いのよ。もう少し小さいやつにしなさい」
「うー、そうする」
アドバイスを聞いた結果、以前のものより小型でバッテリーの容量が大きいものに決めた。もっとも私は希望を言っただけで選んだのは3人だけど。
こういうのってよく使うけど性能に詳しい訳じゃないからなぁ。むしろどうして皆んなそんなに違いが分かるのだろうか。
「パパ、これにする」
「おー、良いんじゃないか」
パパと店員さんに促されるまま契約書にサインしていく。データ容量はそこまで高くなくていいや。セキュリティは高い設定にしてっと。
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遂に手に入れた新しいスマホ。苦労して出かけた甲斐があったというものだよ。とりあえず先代のスマホからデータの引継ぎをしないと。これが意外と手間がかかるんだよね。
でも私は普通のヒトよりは楽だと思う。SNSとかほとんどやっていないし、連絡先も家族の他には数える程度しかいない。
あれ、こうしてみると言うほどスマホを使っていないのではなかろうか。
「詩音、ちょっといいか」
「なーに?」
「今後何かあったら嫌だからさ。GPSの設定だけさせてくれ」
グローバル・ポジショニング・システム。略してGPSと言われるこれは簡単にいうと衛生を用いてその人物の居場所を特定する機能のことだ。
確かに事故に遭ったばかりだから過保護になる気持ちは分かる。プライベートが制限されそうだけど、迷惑をかけた手前文句は言えないよね。
パパにスマホを渡すと僅か数秒で戻ってきた。そんな簡単に設定できるものなんだ。
「それとついでだからセキュリティを強化するアプリをインストールしたぞ。だからといって完璧では無いから見知らぬメールが届いたら開く前に必ずパパに見せるんだ」
「分かった」
「よし。それじゃあパパは洗車でもやってこようかなー」
足取り軽く去って行くパパを見送りスマホの設定を続行する。アカウントとパスワードはこれで合っているはず。
パスワードの入力が無事に終わり機種変更が完了したと同時に通知音が鳴る。私に電話やメールをするヒトなんて家族以外に居ないけどな。まさかいきなり怪しい通知が届いたのか。
「あっ」
送り主の名前を見てその心配は杞憂だったと悟った。それと同時にどう返信したものかと頭を悩ませることになる。
彼の名前は大狼良介。私が友達と呼べる数少ない人物だ。
詩「セキュリティアプリってどんなやつなの?」
父「「eavesdropper」っていうやつ。あまり知られていないけどその性能は保証するぞ」
詩「ふーん」
父「ホーム画面にアイコンが出ないから普段使っていて気になることは無いと思う。何かあったらパパにも連絡がくるようにしているから安心してくれ。それじゃあね」
詩「ありがとう。そう言えば「eavesdropper」ってどういう意味だったかな?」




