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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
166/195

SS166-継がれし少女の血脈(裏)

 ヒトの一生は悠久の時を生きる妾からすれば刹那の瞬きに等しい。しかし、彼奴(あやつ)と共に過ごした日々は大切な宝であることは紛れもない事実である。

 当時は天寿を全うした彼奴と最後を共にしようとも考えが、自分の分まで妾達の子を見守って欲しいと彼奴に言われてはのぅ。断れぬではないか。


 ただの野良狐から妖狐となり、遂にはこの地の土地神となった妾には既に肉体は存在していない。霊体そのものが本体であるし、いつでも好きな時に好きな姿に実体化できるので不便もないのでな。

 それに妾の血を継ぐ子孫は皆、生まれながらにして強い霊力を持っている。彼らを依代とすれば霊力の消耗を抑えて現世を自由に散策できるので実に都合が良い。

 欠点とすれば妾が顕現している間はその強い霊力にあてられて、依代が一時的に意識を失うことか。それも成人となり精神と身体が成長すれば自在に霊力を扱えるようになり、妾とも意思疎通できるようになるはず。それまで気長に待つとしよう。


 ところで話は変わるのじゃが。実は最近、ちょいと面白いことがあったのじゃ。

 狐鳴(こめい)稲穂(いなほ)と言う十数年前に生まれた我が子孫があるのじゃが、こいつがまた妾との相性が遥かに良くてのぅ。歴代の中でも並外れた霊力を待ち、その身体は妾との相性が非常に良い。先祖返りと言っても過言ではないじゃろう。

 故に妾は稲穂に宿り、此奴(こやつ)の五感を介して現代の生活を謳歌しているということじゃ。


「おーい稲穂。生きてるー?」


 思想に耽っていると稲穂の友人、飛鳥(あすか)雲雀(ひばり)の声が聞こえた。どうやら稲穂の人格が気を失ったようじゃ。

 ふむ、稲穂はしばらく起きそうにないか。ならば目が覚めるまでの間、また妾が身体を借りるとしよう。


「あっ、起きた。見た感じは大丈夫そうだね」

「やれやれ。妾の血を引いているのに何と情け無い子じゃ」

「ありゃ、稲穂では無く神様の方でしたか。失礼しました」

稲穂(こやつ)の自業自得だからのぅ。気にするな」


 妾の存在を認識しつつも雲雀には気にした様子は無い。それもそのはず。雲雀、もとい飛鳥家の一族は妾の存在を最初から知っているのじゃ。

 飛鳥家は代々、桜里浜の土地を守護する(しのび)の一族。妾が妖狐だったときは何度か小競り合いをしたが土地神となってからは良好な関係を築き、影として様々な仕事を担ってくれた。

 ちなみにその仕事の大半は声にして言えないことばかりだったのぅ。特に掃除をやらせると恐ろしく早く正確でな。

 何を片付けていたのか。それは聞かない方が身のためじゃ。あの頃と比べれば随分と大人しくなっておるが、その血筋は確かに受け継がれているからな。今も妾の目の前にその末裔が1人おるし。


「えっと、私の顔に何かついていますか?紅葉(もみじ)様」

「うむ。今まで葬った亡者達の返り血がのぅ」

「うそ!?今朝ちゃんと洗い落としたと思ったのに」

「本当にやっておったんかい」


 紅葉(もみじ)というのは妾の名じゃな。(まこと)の名は紅葉之御霊空狐もみじのみたまのくうこという。

 本来なら神をあだ名で呼ぶなど命知らずもいいところじゃが、他ならぬ雲雀じゃからのぅ。妾もその程度で目くじらを立てることはない。

 それに雲雀は良い意味で親しく接しているし、無遠慮に見えて守るべき一線は心得ている。稲穂も良き友に恵まれたものじゃ。


「しかし、うーむ。稲穂の体は妾にも馴染むが、ヒトの姿はやはり窮屈じゃのぅ」


 いくら才能があるとはいえ稲穂はヒト。周りには雲雀しかおらんことじゃし、妾が顕現している間くらいはその体も使わせてもらうか。

 妾は神の力の一端を解放し、稲穂の体の隅々までそれを満たしていく。それに伴い稲穂の髪は美しい黄金色に、瞳は紅葉の名に相応しい真紅に染まっていく。

 ヒトの耳が無くなる代わりに頭から大きな狐耳が生え、同時に自慢である狐の尻尾が一つ現れる。

 本当なら九本の尾があるのじゃが、完全に降霊するのはまだ稲穂の負担になるのでな。今はこれで十分じゃ。

 最後に霊力を身に纏えば、着ていた洋服が解けるように形を変えて巫女装束と成り変わる。稲穂が持っている洋服も良いが、妾はやはりこの姿が一番落ち着くのじゃよ。


「こんなものか」

「自分にもこんな立派なもふもふがあるのにそれを認識できないなんて。稲穂も哀れだね」

「あと数年もすれば妾の存在を認知し、神力も自在に扱えるようになると思うぞ。その頃には妾もようやく酒が飲めるのぅ!」

「稲穂が紅葉様の力を使えるようになったとしても二十歳までは駄目ですよ」

「細かい事を言うでない」

「駄目なものは駄目。あと飲み過ぎも許さないので」

「ぬぅー」


 現代の酒はどれもこれも美味なのじゃが、稲穂の体では飲めないのが難点じゃな。雲雀に咎められるのもあるが、成人になったとしても体質的に合わないようなのじゃ。妾の血を引いていながらなんと情けないことよ。

 

「仕方ない。酒が駄目なら「こぉひぃ」にするか。最近狐鳴が気に入ってよく飲んでおるし」

「あれはコーヒーを飲みたいというより、詩音ちゃんに会いたいだけですから。あっ、それで紅葉様」

「どうした?」

「前から聞きたかったんですよ。紅葉様は詩音ちゃんのことをどう思っているのか」


 雲雀の口調に緊張が帯びる。成程のぅ。今日の雲雀はいつもと様子が違うと感じていたが、それが聞きたかったのか。

 何せ普段の此奴(こやつ)はもっと遠慮がない。妾は土地神なのに、(うやま)っているとは思えんほど馴れ馴れしいからのぅ。

 して、言ノ葉詩音の件か。あの者のことは妾も気になっておった。紛れもなくごく普通のヒトでありながら姿形、更に性別まで変わるなどありえんからな。

 稲穂のように神の依代なのかと考えたが、そうした気配もない。狛犬(こまいぬ)大口真神(おおくちまがみ)に心当たりを聞いたが知らんらしいし。

 念の為に因幡の兎や龍神、蛇神や神猿(まさる)。他の同胞らにも確認したが結果は同じ。


 神使とは無関係。他に考えられるのは(ことわり)の異なる世の訪問者。現代の言葉に要約するなら異世界からやって来た何者かであること。

 仮にそれが(まこと)とするなら、問題は彼奴がただの来訪者か、この世界を害する侵略者のどちらか分からんことじゃ。後者だとするとちと面倒なことをせねばならん。中々厄介なものが現れたと当時は思ったものじゃ。

 幸いなことに稲穂は自らの意思で詩音に近付き、親しい関係を築いてくれた。お陰で妾も稲穂の視覚を共有し、近くで視ることができた。


 その結果分かったのは、詩音は信じられんほどに人畜無害な善人であるということだけじゃった。

 あまりに素直で良い奴じゃから、存在を隠している妾の方が後ろめたさを覚えたわい。

 害悪では無いことは確かとして、疑問なのは何故かのような存在が現実に在るのかということ。


「彼奴の心は紛れもなく紫音そのものじゃ。しかし肉体の方は違う」

「それはそうでしょうね。もふもふだし、女の子になったって話しだし。もふもふだし」

「もふもふは関係ないわい。と、言いたいところじゃが、それが案外的を射ておるようでのぅ」

「うそぉ!?まさか稲穂の執着が功を奏していたというの?」


 稲穂が数多の動物に触れぬ病を患っているのは強い霊力を持っておるからじゃ。強過ぎる力を幼い体に宿すのは相応の負担がかかる。その代償による症状ということじゃ。

 つまり稲穂が成長するほどに霊力に慣れ、症状は緩和していくことになる。まぁ、この話しは今は余談になるので置いておくとしよう。

 重要なのはその稲穂が詩音にだけは問題なく触れることができるという事実じゃ。詩音には明らかにヒトならざる獣の血が混ざっている。にも関わらず稲穂が彼奴にだけ触れても無事というのはちと都合が良過ぎるじゃろう。


「考えられるのは異なる世からきた存在による影響じゃな。お主らの調べでは狼の因子が混ざっているとのことじゃが」

「はい。担当医の医者がそう言っていました」

「うむ。しかし異界では獣は皆ヒトの姿に変化できる能力を備えているとすればどうなる?特異な力ではなくそれが通常の生態なのじゃ」

「似て異なる種族ということですか。魔法みたいなものがある異世界による干渉。みたいな感じかな」

「簡潔に言えばそういうことじゃ。現に妾も稲穂の体をこうして変化させることができるからのぅ」


 気がかりなのは詩音にそれを施した者が今どうしているのかは分らんことか。少なくとも詩音を除き他に影響を受けた形跡はない故、これ以上何か起こることはないじゃろう。

 護衛は今まで通り雲雀に任せるとして、妾は事の原因を詳しく調べるするか。あのお方なら既に存じておるかもしれんし。


「いずれにせよ、詩音はこの桜里浜(おりはま)に住まう大切な民じゃ。これまでのように彼奴が平和に暮らしていけるよう、手を貸してやってくりゃれ」

「分かりました。それにしても稲穂と詩音ちゃんの2人をみないといけないのかー。くぅー、これは大変だなー」

「ククッ、心にもないことを言いよる。お主なら一人でもその程度余裕じゃろうて」

「まぁね。任せてくださいよ」


 仮に何かあったとして、いざとなれば妾が直々に手を下してやるから心配は無用じゃ。

 かつて大陸全土を混沌に沈め、最凶の妖怪の一柱に数えられた妖狐の力。久しぶりに振るえるそのときを楽しみに待っておるからのぅ。

鳥「ところで紅葉様。お願いですから皆んながいる前で稲穂に降霊するのはやめて下さい」


紅「別に良いではないか。妾だって現代の暮らしを楽しみたいのじゃ」


鳥「紅葉様のことは秘密なんですよ。神様が本当にいるなんて知られたらどんな輩が狙ってくるか分かったものじゃありません」


紅「案ずるな。現代の若者に違和感なく溶け込むなど容易いことよ」


鳥「いや、めちゃくちゃ違和感ありますから。誤魔化すのも大変だし、稲穂が可哀想な子に見られるんです。事実可哀想な子だけども」


紅「そ、そんなに変じゃったか?まぁ、いざというときは邪魔者を祟るなり、皆の記憶を弄れば良いだけじゃ」


鳥「そんなことで神様の力を使わないで下さい」


紅「まぁ、妾は出るまでもなく、毎回お主らが何とかするではないか」


鳥「それはまぁ。何とでもしますけど」


紅「頼もしいのぅ。これからも稲穂のことをよろしく頼むぞ」


鳥「それは勿論。土地神様である前に稲穂は私の親友ですから」

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